大小さまざまな IT 企業が集中するシアトル地域で行われているコンピュータ教育とは? Google で働くエンジニアの今崎憲児さんによる実録エッセイ。
筆者プロフィール:今崎 憲児(いまさき・けんじ)さん(通称:ケンジ先生)
Seattle IT Japanese Professionals (SIJP)スタッフ。現職は Google の Android 部門のテストエンジニア。神戸市生まれ、熊本県育ち。九州大学情報工学科修士課程修了、カールトン大学コンピュータサイエンス PH.D. 卒。シアトルには2004年から在住。その間、Amazon と Google でさまざまな職種を経験。今興味があるのは、子供に対するコンピュータ教育と熊本地震救済活動。公式ブログはこちら。
前回は Google で開催したサイエンスフェア形式の子供向けコンピュータ講座についてお話しました。今回は、筆者が今年6月に日本に一時帰国した際に昨年4月の地震の影響が残る熊本で行った「先輩にきく」講演及び特別コンピュータ講座についてお話したいと思います。
家族や多くの友達が地震の影響を受けた故郷・熊本に少しでも貢献できればと思い、筆者の出身学校である宇城市松橋町豊福小学校の5-6年生と、熊本高等専門学校の4-5年生に、「10年後の日本はどうなるか」をテーマにした講演を行いました(記事)。また、宇城市松橋町豊福小学校の6年生に SIJP で実施している子供向けコンピュータ講座のダイジェスト版を体験してもらいました。
10年後にはなくなる仕事
最初に話したのは、「10年後にはなくなる仕事」について。そのヒントとして、自動運転などの現在のアメリカの最新技術のビデオを次々と見せました(Youtube Playlist)。そのビデオを見ていた時の子供達の真剣な表情がとても印象的に残っています。
小学生たちに感想を聞いてみると、最近ソフトバンクに買収された Boston Dynamics のロボットについて質問が集中。子供はやはりロボットが好きですね。すでに Tesla の車に乗ったことがある子供がいて驚きました。
自動化や人工知能により、一般事務員や秘書、販売員やカウンター接客、施設案内係、乗用車やトラック運転手といった職業がなくなるだろうと話したのは、彼らが大人になる頃には、世の中の仕組みのほとんどが変わっていることを伝えたかったから。比較的田舎の熊本でも、そのような変化は起こると思います。
「10年後にはなくなる仕事」について、小学生の子供達から寄せられた面白い感想をご紹介します。
- 僕はシェフになりたいです。ロボットより美味しい料理を作ろうと思いました。
- 理学療法士(リハビリの先生)になれなかったら、コンピュータでリハビリが完璧にサポートできて温かい心で話せるロボットを作りたいという夢ができました。
- だんだんロボット化が進んでいって、人間の仕事が減っていくと、これからどうしていくのか考えなければいけないと思いました。
- 僕の夢はサッカー選手です。有名になって自動運転の車を買いたいと思います。ロボットがいろいろ進歩していけば安全が増えてくるので、この調子でいけばいけると思うので、Google*でもがんばってください。(*筆者の勤務先)
- 自分達の未来が楽しみです。
- これからの社会が心配になりました。理由は前テレビで地球はロボットに支配されるという予言があったからです。僕はロボットよりも役に立つようになって、その予言を覆したいです。そのためにはまず数学の点数を上げたいと思います。
子供達には、そのような変化に対応する方法の一つとして、STEM(Science, Technology, Engineering, Math)の授業をさらにがんばってほしいと思います。
高等専門学校では、「10年後の日本はどうなっているか」というテーマでグループディスカッションもしてみたところ、次のようなアイデアが出ました。
- 3Dプリンタのさまざまな応用
- パワードスーツなど人間を助ける技術が広まる
- 現金や財布を使わなくなる
- 量子コンピュータの利用が進む
- ウェアラブルデバイスが普及する
高等専門学校ではすでに高等専門教育を受けているので、各チームはさまざまな専門知識を生かした高度なデスカッションをしていました。中には、ファストフード店でのバイトがなくなるかもと心配する生徒も。
高等専門学校の生徒からは、後日、次のような感想をいただきました。
- 楽しく聴くことができました。こんなに楽しい講演は初めてかもしれません。世界の最先端を進む企業に少しでも近づきたいと思うようになりました。そのためにも自分の力を高めて、さまざまな経験を積んでいこうと思います。まずは大学編入試験、がんばります。講演ありがとうございました!
- 面白い技術がたくさんあって心が踊りました。
- 今回の講演で、アメリカの方はかなり技術が進んでいるなと感じた。これから、アメリカに優秀な人が集まり、日本は新しい技術をただ待つしかないようになっていくのかなと思うと少し悲しく感じた。高専を卒業され、アメリカで挑戦し、戦っていらっしゃる今崎さんの実体験を聞いて自分もがんばりたいと思った。
- アメリカの会社の考えが日本とはだいぶ違うとも思った。アメリカで働くことになるかわからないが、そこには気をつけていたい。
海外で働くということ
子供たちに話したことの一つに、筆者がどういう経緯でアメリカの Google で働くようになったかということもありました。
小学生の時にいじめにあったこと。高等専門学校で受験に縛られずのびのびと勉強できたこと。熊本からでも海外で働くという夢を実現できること。小学生にも高等専門学校でも話しましたが、高等専門学校では講演後に数人の生徒の留学の相談も受けました。
チームプレーヤーであることの大切さ
最後に話したのは、IT 企業の通知表について。実はこれが筆者が最も伝えたかったことです。
学校では先生が生徒の通知表を作りますが、Google など最先端のIT企業では peer review といって、同僚からの評価が大きな割合を占めます。最悪の場合、同僚からの評価が悪ければ、解雇にもなりえます。友達と、またはチームと、いかにうまくやっていくか。そのためには、友達の気持ちになって考えること、友達との時間を大切にすることが挙げられます。例えば、友達や先生に質問があるときも、自分でできるだけ調べておくと、友達や先生の時間を有効に使うことができるでしょう。
小学校でのコンピュータ講座
日を改め、豊福小学校の6年生の各クラスの教室で、今度は SIJP で実施している子供向けコンピュータ講座のダイジェスト版を行いました。
- 軍手を使って、2進数を手で数えるアクティビティ
- コンピュータロジック・リズミックゲーム
- 背の順で並ぶソーティング・アルゴリズムゲーム(バブルソートとクイックソート)
授業の後、生徒たちの感想が書かれた冊子をもらいました。「わざわざ僕たちのためにアメリカから来てくださってありがとうございます」なんて書いてくれた生徒もいて、素直に「来てよかった」と感無量でした。
- 難しい授業じゃなくて、ゲームだったので、全員が楽しみ笑顔になることができました。
- 今日作ってくれた軍手は家にいっぱいあるので、何枚でも作って、練習してうまくできるようになりたいと思いました。
- パソコンとはとても難しいものだと思っていましたが、実際やってみたら意外と単純なものなんだなーと思いました。
- コンピュータは0と1の二つでできているということが初めてわかったので、びっくりしました。
- 片手で31まで数えられるなんて本当にびっくりしました。
今回の授業を行って感じたことは、残念ながらデジタル・ディバイド(情報格差)があることが明白であること。筆者が授業を行った小学校では、ICT やコンピュータ教育の導入が遅れています。SIJP が実行できる範囲で、改善策を考えていきたいと思います。
ちなみに、筆者はシアトルで有志と熊本チャリティ活動も行っています。詳しくはこちらでご覧ください。
次回は、講座を通して得たフィードバックを活かす方法についてお話します。
掲載:2017年8月