ベルビュー・チルドレンズ・アカデミー
清水 楡華(しみず ゆか)さん
14640 NE 24th Street
Bellevue, WA 98007
【電話】 (425) 785-8032
【公式サイト】 ベルビュー・チルドレンズ・アカデミー土曜学校
バイリンガル幼稚園、BCA 現地校(英語サイト)
Willows Preparatory School ミドルスクール現地校(英語サイト)
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サンフランシスコで研修があった際、ダウンタウンに住む長男のアパートを久しぶりに訪ねました。一人住まいを始めてからもう10年、なんとかやっているようです。
台所のキャビネットを開けると、シリアルの横に味付け海苔やフリカケが仲良く並んでいました。コーヒーや紅茶の横には、彼の好きな麦茶と玄米茶のティーバッグもあります。
「へぇー、日本の味がここにも」なんて思いながら冷蔵庫を開けると、濃縮カルピスが陣取っていました。昔から熱が出るとカルピスを欲しがって飲んでいた息子です。「三つ子の魂百まで」とは、こんなことかなと思いました。
夫は台所の仕事をしない・できない人だったので、子供たちにはいつも台所を手伝わせていました。興味を持ってくれて、お味噌汁を作ったり、ほうれん草の白和えを作ったり、とんかつのパン粉をつけたり・・・お菓子よりもお惣菜を多く一緒に作っていたような気がします。餃子は食べるよりも作る方が楽しいようで、いつも大ヒットでした。仕事を持つお嫁さんを迎えるかもしれないし、一人でも食べていけるように、健康な食生活ができるように、妹二人も一緒に台所は実験室のようでした。その頃は食育などという言葉はなく、”お手伝い” だけでした。
「アメリカで育つ子供たちが世界のどんな料理でもおいしく食べられるように育てなさい」とは、桐島洋子さんにいただいた子育て訓言でした。ベトナム料理、インドネシア料理、タイ料理、インド料理と外食でお世話になりつつ、わが家の台所ではひたすら日本料理の味の実験でした。ぬかみそは粘土こねのようで、味噌汁の味噌を練るのも 大好きな作業のひとつでした。桐島さんのご主人であった料理評論家の勝見さんが我が家に泊まられた時に、5歳の子の味噌練りを見て褒めてくださいました。当時よほど嬉しかったらしく、息子は今でも “ひげのおじさん” のことを覚えています。
日本料理「和食」が2013年に国連教育科学文化機関、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。「和食」の食文化が自然を尊重する日本人の心を表現したものであり、伝統的な社会慣習として世代を超えて受け継がれていると評価されたのがその理由です。日本政府が挙げた和食の特徴は下記の通りです。
- 多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重:南北に長い国土で海、山、里と豊かな自然に恵まれ各地に根ざした多様な食材が用いられている。また素材の味わいを活かす調理技術、調理道具が発達している。
- 栄養バランスに優れた健康的な食生活:一汁三菜からなる日本料理の基本的な膳立ての食事スタイルは理想的な栄養バランスと言われている。「旨味」を上手に使うことによって動物性油脂の少ない食生活を実現し、長寿と肥満防止に役立っている。
- 自然の美しさや季節の移ろいの表現:食事の場で自然の美しさや四季の移ろいを表現することも特徴のひとつ。季節の花や葉などで料理を飾りつけたり、四季に合った調度品や器を利用し、季節感を楽しんでいる。
- 年中行事との密接な関わり:日本の食文化は年中行事と密接に関わっており、自然の恵みである「食」を分け合い、食の時間をともにすることで家族や地域の絆を深めている。
和食は調理技術や素材にこだわり、「旬」を大切にする料理ですが、調理技術の簡便化や生活の洋風化が進むにつれて、危機的状況にあることが指摘されています。この登録において、日本政府も他の文化芸能の保存と同じように、次世代にむけて和食を守り伝えていく傾向になるでしょう。海外で暮らしている子供たちには、私たち親が文化の多様性を教え、和食を子供たちの舌に教えていかなければなりません。アメリカの生活で慣れた濃い味付けから、和食独自の 旨味からなる健康的な薄味を保守して子供たちに伝えていかなければなりません。短歌や俳句などに織り込まれる日本人の自然に対する思いを食卓で子供たちに伝えるのも、私たち親の腕の見せ所です。
子供たちは台所のお手伝いが大好きです。火や包丁を使って料理する子供の姿はたくましく、「生」を感じさせます。食材に触り、鍋の音を聞き、香りをかぎ、火を使い、五感を体感しながら料理や食の素晴らしさを学びます。私たちの台所もまた「生きる力」を学ぶ、日本の伝統を継承する素晴らしい教室になるのです。
何十年ぶりかに息子と二人で台所に立ち、鰹節と昆布からだしをとった漬け汁とざるそばを作りました。霧に包まれるダウンダウンを見下ろしながらいただく素朴なざるそばは豪華なディナーとなり、「おいしいね」と息子と旨味を分かち合えるのはとても幸せなことだと感じました。この子もいつか父親になり、こんな風に家族と食をとり、「和食の味」を伝えていくのかしらと思いながらの一夜でした。
掲載:2014年6月