4歳から18歳を対象とした、ベルビュー市の公立劇団 『ベルビュー・ユース・シアター(BYT)』。ベルビュー市の Park and Recreation プログラムの一環で、アイヴァンホー劇場を拠点にし、ベルビュー市の住人でなくても誰でも参加することができる公立劇団だ。演劇を学ぶことを通して表現力や創造力を養い、チームワークを通してコミュニケーション力、そして子供の自信や積極性を養うことを目的としている。
BYT の前身は1990年にクロスロード・コミュニティ・センターでの奉仕事業の一環として始められたアート・プログラム。1996年にベルビュー市が全面的に支援することになり、2001年にはベルビュー学区もパートナーとして参加、廃校となったアイヴァンホー小学校を劇場に改装して「アイヴァンホー劇場」とし、現在のベルビュー・ユース・シアターとして活動するようになった。そのプログラムの評価は高く、ワシントン州知事アート賞など数々の賞を受賞し、他州からも視察団が訪れる。わずか12人の参加者で始まったこのプログラムは、現在では年間700人が参加しており、女の子が圧倒的に多く、大人の出演者は参加する子供の親で、主に父親が出演することが多い。また、演技だけでなく、メイクや衣装、照明や大道具など演劇技術も学ぶことができ、1年間に9本の公演で年間7,000人の観客を動員している。
この劇団のユニークなところは、経験を問わずオーディションに来た希望者は必ず役をもらえるところ。劇団の責任者であるジェームス・マクレインさんは、「舞台で演じる機会があれば、どの子供も素晴らしい能力を発揮します」と、舞台に立つことを体験することの重要性を強調する。全ての子供に役を与えるというポリシーは、ジェームスさんがプログラムを始めた18年前から一貫して行っていることである。 ジェームスさんはテキサス州出身で、パフォーミング・アーツの修士号を持つ。中学校の時に教師にすすめられて演劇部に入ったことが、この道に入ることになったきっかけ。当時はとてもシャイで、自分の容姿にも自信がもてず、熱中できるものもなかったという。なかなか役がもらえず裏方ばかりをしていたが、13歳のときに役をもらい初めて舞台に立ったときの感動、観客から拍手をもらった時の喜びと、湧き上がる自信を今でも忘れられないと言う。「この気持ちを、参加している子供達にぜひ経験してもらいたい」 。
1987年にシアトルに移住して現職についたジェームスさんは、プロの劇団に所属せず、子供達に演劇の素晴らしさを伝え、夢を見る力と感動する心を育成することに全力を注ぐ。その思いは、「出演希望者全員を舞台に立たせる」というポリシーに繋がっているが、それはなかなか簡単にできることではなく、監督が演技指導とともに脚本を書き、新しい場面や台詞を創作することによって役の数を増やすことで調整するなどといった細かい作業で実現させているという。著作権がある作品によっては手直しに制限のあるものもある。2005年の夏に上演された 『小公女』 には100人もの出演希望者がやってきた。「5月に上演される 『ロミオとジュリエット』 の場合、舞台を3つのパートに分けて、中央で伝統的な 『ロミオとジュリエット』 を演じる間、舞台の両側に、現代のクラスルームの場面を作って、何人かの生徒役に 『ロミオとジュリエット』 をいろんな視点から面白おかしく解説させます。オーディションに来る子供の特性を全て記憶し、監督がイメージを膨らませながら脚本を修正していかないと、全員が役をもらえるようにはできません」。子供の物語を子供の目線で、出演する子供の力を最大限に引き出せるように脚本作りをするのは言うまでもない。
1回の舞台には平均して45人が参加するという。最初の配役発表からから公演まで、短いもので5週間、長いもので12週間の準備期間を費やす。稽古はアイヴァンホー劇場で行われるが、学校の課題などをきちんとこなせるようにという配慮から週2~3回、午後5時半~7時半に行われるのが通常だが、役柄や上演時期に近づくとその頻度も変わってくる。最初はシーン別に集まり台本の読み合わせに始まり、監督ととことん話し合いながら役作りをしていく。「この場面で、こんなことを言われると君ならどう思う?」、「悲しいって、どれくらい悲しいの?」と、子供に考えさせる。一つ一つのせりふに含まれているニュアンスを汲みとりながら、役への理解をさらに深めていくのだ。そんな過程を経ると、表現方法や舞台での動きも、子供の方から積極的に表現してくるようになるという。具体的な演技指導はその後に付随するものらしい。
今回取材したのは、2週間後に初演を控えた 『ロミオとジュリエット』 の稽古。初めての通し稽古ということで、監督の緊張感が伝わってきた。練習は、輪になって身体をほぐすウォームアップから始まり、発声練習に続く。「途中でトイレに行って、練習の流れを止めないよう、今のうちに行っておくこと!」と、体育会さながらの指示が出る。監督は子供達に媚びるところなどまったく無く、「声が小さい!」、「まだ、ぜんぜん役になりきっていない!」「舞台に出てからじゃダメ。舞台のソデですでにその役になってから出てきなさい!」と、手厳しい。こういったアドバイスをしっかり受け止める子供たちの姿勢には、さわやかささえ感じられる。その厳しさをまだ受け止められない幼い子供達を、年上の子供達がなぐさめたり、励ましたりすることもあるそうだ。こうして一緒に過ごす時間が密であるほど、連帯感もはぐくまれる。「本番でうっかり台詞を忘れたり、小道具が壊れたりするアクシデントがあった時、助けられるのは一緒に舞台に立っている仲間だけですからね」というジェームスさんは、稽古を重ねるごとにチームワークができあがっていく様子が手に取るようにわかるそうだ。こうやって作り上げられた舞台が終わって、仲間達とステージの上で観客から拍手を浴びたときの子供達の達成感と充実感が、どれだけ素晴らしいものであるかは予想できるだろう。「初めて舞台に立ったとき、1つの物を作り上げたという感動で涙が出た」と、出演者の1人は演劇の魅力についてこう話してくれた。「たいていの子供は、2~3度舞台に立つと、人の前にたって演技することへの戸惑いや恥ずかしさを忘れて、自信が出てきます。子供が、そんな表情を覗かせたときが、一番うれしい」と語るジェームスさん。素晴らしいフィナーレを迎えさせるために、周りの大人も協力を惜しまない。「劇場に空席があると、やはり士気が下がってしまいます。チケットが完売したという情報は、子供達にとってもとても重要なことです。ですから、空席が出るようなことのないように私たちスタッフも一生懸命ですよ。もっとも、子供たちの表現力の高さは好評で、上演日には多くの観客が来てくれるようになりました」。本拠地のアイヴァンホー劇場は約100席、定期的に公演を行うメイデン・バウワ-劇場は1,200席だが、ここ2年間は常に95%以上の席が埋まっているという。地域をあげて子供達を大切にしようとしているメッセージが伝わってくる。
「生で観る演劇やミュージカルは、熱気や息づかいまでが伝わってきます。映像の刺激に慣れきっている子供達にとって、観劇をするというのは新鮮な体験になるはずです。BYT の演劇は、低コストで小さい子供から大人まで、家族一緒に楽しんでもらえますよ」と、子供達に観劇の機会を与えることを奨励するジェームスさん。
BYT ではアイヴァンホー劇場も老朽化が進んでいる上、手狭になったため、新しい劇場建設実現に向けてベルビュー市に働きかけている。プログラムへの参加は無料。市税が使われていることから、ベルビュー市住民以外には若干の費用がかかるが、奨学金制度もあるという。詳しくは公式サイトで。
Bellevue Youth Theatre (ベルビュー・ユース・シアター)
【住所】 16051 NE 10th Street, Bellevue (地図)
【電話】 (425) 452-7155
【公式サイト】 www.bellevuewa.gov/BYT.htm
掲載:2008年7月