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サブジェクト・ライブラリアンって!?ワシントン大学東アジア図書館の田中あずささんが著書出版

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図書館

シアトルのワシントン大学で、日本を専門とするサブジェクト・ライブラリアンとして勤務する田中あずささんが、その仕事を日本語では初めて体系的に紹介した『サブジェクト・ライブラリアン: 海の向こうアメリカの学術図書館の仕事』を出版しました。

サブジェクト・ライブラリアンとは、特定の学部・学科のために、蔵書の構築・管理、資料購入の補助金申請・予算管理、レファレンスを担当するライブラリアンのこと。

田中さんの著書では、その歴史や組織の構造、学位や就職にキャリアステップ、日々の仕事、変わりゆく仕事、そして他の分野のサブジェクト・ライブラリアンのインタビューまで、日本には根付いていない「サブジェクト・ライブラリアン」という仕事の実に細かい点まで知ることができるようになっています。この本を執筆した目的、今後の課題などについて、田中さんに伺いました。

― 2015年のインタビューでは「サブジェクト・ライブラリアンについての本を日本語で執筆している」と伺っていました。出版おめでとうございます。まず、執筆のきっかけについて教えてください。
笠間書院の編集者の方から「サブジェクト・ライブラリアンについて書きませんか」とお話をいただいたのがきっかけです。アメリカの大学では、教授が研究や講義に集中できるよう、分業体制にしていることが一般的ですが、「日本では大学教授がそうしたこともやっている。さらに大学に来ない生徒に電話をかけることまで大学教授がやっている。一人の人間が実にさまざまなことをしなくてはならない。そうしたことを今後も続けていけば、日本の教育はだめになる」と。

確かに、学会などで日本に行くと、サブジェクト・ライブラリアンについて、「どうやってなるのですか」「何をしているのですか」「日本では成り立つと思いますか」といった質問をよく受けるんですね。そこで、この仕事について体系的に書いてみる意味があると思いました。タイトルも悩みましたが、日本にはない仕事であることから、あえて「サブジェクト・ライブラリアン」という言葉を使うことに決めたのです。

ワシントン大学東アジア図書館

― アメリカの大学ではライブラリアンも「○○ライブラリアン」と、専門が分かれていますね。
そうですね。それぞれの国の社会には特徴がありますが、日本では一人にすべてが期待される傾向があると思います。企業でもさまざまな部署を数年おきにまわらせ、ジェネラリストを育てて、いつでも代わりがきくようにしていく。それはいい面もあるかもしれませんが、ひいては人間のやる気や生きがいなどを消耗させていくのではないかと。

アメリカでは、基本的に、「どんな人でも何か特別な能力がある」「多くの仕事は専門的なものが必要だ」という考えがあるので、ドッグシッターも大学教授もスペシャリストが求められます。そして、個人が持っているスキルは会社のものではなく、個人のもの。自分で身につけたスキルでキャリアアップしていく。長期的に見て、それが仕事に対する誇り、やる気、自分しかできないことがあるという気概にもつながっていくのではと思っています。

― サブジェクト・ライブラリアンの仕事の醍醐味は。
現在、ワシントン大学には70人のサブジェクト・ライブラリアンがいます。それぞれさまざまな専門分野を持っていますが、仕事の醍醐味は、図書館にあるものを研究者に伝えることに加え、今生きているユーザと未来のユーザのために仕事をしているということではないでしょうか。
例えば、今は単なる紙切れでも、ちゃんとカタログしておけば、それが将来それを見たユーザにとってはものすごく意味がある資料になるかもしれません。

― サブジェクト・ライブラリアンの特質があるとすれば。
サブジェクト・ライブラリアンに備わっているといい特質は、やはり「いろんなことに興味を持てる」ということ。私の専門分野は「日本」ですが、古典から最新テクノロジー、日本庭園から歴史まで、いろいろな研究トピックに対応しています。サブジェクト・ライブラリアンになるための勉強の過程でそうした訓練もありますが、やはりもともと「どれも面白い」と興味を持てる性格なのがすごく良かったと思っています。

もうひとつ、なくてはならない特質は、「これは本当に正しいのか」と、常に疑ってみる思考を持つことです。今はフェイクニュースなどがあふれていて、出ている情報をますます鵜呑みにできなくなっている状況ですが、それでなくとも、常に「これは本当に正しいのか」「これについて違うことを言っている人がいるのではないか」と、自分で調べてみる必要があります。

― これからのチャレンジは何でしょうか。
今、わくわくするチャレンジは、やはり自分の知識のなさですね(笑)。まだまだ知らないことが多いなと思うと、わくわくします。
もうひとつのチャレンジは、人文科学の研究にどのようにテクノロジーを利用するかということ。歴史研究者でも文学研究者でも情報をインデックスカードに書いて整理し、保存してきましたが、それをデータベース化できれば、特定の条件で並び替えたり、検索もできたりします。文章であれ、地図情報であれ研究資料をコンピュータに入れるところまで行けば、調査研究のスピードも一気に加速できると思います。そこでは、人間がテクノロジーを理解することがチャレンジになりますが、それができれば、物事の理解や整理がこれ以上にないスピードで進んで答えが出せるはずです。

例えば、ある文豪の行動を日記や資料から抜き出して書き取り、研究している人がいます。そういう研究においてサブジェクト・ライブラリアンがする仕事は、まさにその日記や資料を見ないとわからない、手を加えられていない情報を集めること。元来は、情報は紙で集めてアーカイブしておけば済んだのですが、これからは、こうした情報をデジタル化して生データで提供することが大切です。生データであれば、研究者がデータに起こさずとも、コンピュータでのプロセスに進むことができるからです。こうした生データを使って、情報をデータベース化できれば、どの文豪がどの文豪といつどこで会っていたかなど、人間同士の交流の研究がすごく進むと思います。

もう一つ、実はもっと(?)面白いものがあります。CARTO という地理情報を可視化させてくれるプログラムを使って、ワシントン大学図書館で所蔵している第二次世界大戦中に日本軍が作成していた軍事地図(外邦図)100枚の地図情報をデータ化し、地図上で可視化してみました。これによって、ワシントン大所蔵の外報図が、いつ、どの地区で作成されたものかがわかります。

日本軍が作成した地図は何万部にも渡るはずで、100枚程度のサンプルでは実際の様子はわかりませんが、例えば、何万部ものデータを CARTO でプロセスさせることができれば、日本軍がどの地域でいつ頃どのような地図を作っていたのか見当をつけることができます。このようなプロセスは、研究課題を考えたり、あるいはその回答を出すことに役立ちます。最近のサブジェクトライブラリアンは、このようなツールを使ってコレクションを理解したり、宣伝できるスキルが必要です。またこうしたプログラムを使った研究を利用者に紹介する立場でもありますね。

― 日本研究では資料のデジタル化がこれまで以上に求められますね。
2015年にお話した時点ですでに、日本の資料は紙が多く、デジタル化されているものが少なく、アクセスがしづらいことが海外での日本研究において大きな問題となっていました。日本の国会図書館でもデジタル化されているものは多いのですが、それが館内の端末でしか閲覧できないものもあります。私たちアメリカのライブラリアンや、ヨーロッパのライブラリアンが嘆願書を書いて公開を求めたりしていますが、日本国内でもこれは問題視されるようになっていて、国のレベルで対策が話し合われる機会は出てきているようです。

2018年の今、紙のものをどんどんデジタル化し、テキスト化するだけでは、日本国外の研究者が日本に興味を持ってくれても研究が思うように進みません。デジタル化を進め、さらには、データをオープンアクセスで提供する国々の研究に取って代わられ、日本研究は完全に置いていかれてしまいます。

研究に必要な情報を探して提供するサブジェクト・ライブラリアンとして、そういった状況も踏まえ、今後の日本国外での日本研究に尽力していきたいと思っています。

― ありがとうございました。

ワシントン大学東アジア図書館

田中あずさ 略歴

京都生まれ。日本の大学で英文学を専攻するが、シアトルで行われた短期英語留学で韓国人留学生と出会ったことがきっかけで、日本帰国後に大学で韓国人留学生と歴史勉強会を行いながら、韓国や在日韓国人について学び始める。卒業後にシアトルのワシントン大学(University of Washington: UW)に留学し、2005年に韓国学修士号、2008年にシラキュース大学で図書館情報学修士号を取得。セントルイスにあるワシントン大学(Washington University)の東アジア図書館での約4年半の勤務を経て、2013年7月から UW の東アジア図書館にて現職。

掲載:2018年2月

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