多くの方が、「リファレンス(Reference)」という言葉を一度は耳にしたことがあると思います。ある人は、リファレンスを依頼される企業側の立場として。また、ある人は自身が就職を希望する企業からリファレンスの提出を求められ立場として。
しかし、大手人材派遣会社ロバート・ハーフ社の調査によると、上級管理職で「職種に対し適切でない候補者を採用した」と感じている人は76%、「不適切な採用による悪影響がコロナ禍前よりも深刻になった」と感じている人は64%を占めています。これはまさしくミスマッチ事情を反映した調査結果と言えるでしょう。
面接回数を増やしても、多くの「優秀な」候補者は常に自身のベストを体現し、採用側が一度ポジティブな印象を持った後の面接は形骸化する傾向にあります。そう考えると、採用に失敗した多くの企業が、リファレンスとなる前職から候補者の情報を得ることに興味を持つのは当然ですが、多くの場合、この目論見は失敗に終わってしまいます。なぜでしょうか。
今回は、The Great Resignation (超退職時代)後も多くの退職と転職が繰り返される、アメリカのリファレンス事情について取り上げます。
アメリカのリファレンス事情
1)リファレンスへの回答は、企業ポリシーによって異なる
採用を検討している企業が「候補者の前職での客観的評価を知ることで採用精度を上げ、ミスマッチを防止したい」という考える一方、リファレンスの依頼を受ける元雇用主のガードは年々固くなっています。それは、多くの質問に正確に回答することで、リスクを負うことがあるからです。
「上司とそりが合わなかった」「遅刻や欠勤が多かった」といったマイナス評価や、「パフォーマンス不足で解雇された」といった情報が元で不採用となった場合、名誉棄損で訴訟を起こされる可能性が考えられます。
また、たとえ好意であっても、事実と異なる回答をし、それが理由で入社後にトラブルが起きた場合、元雇用主に対し、新しい雇用主が訴訟を起こす可能性も否定できません。
つまり「リスクを冒してまで、詳細に回答する必要があるのか?」と考える雇用主が多いのが現状なのです。
2)限定的情報しか開示しない企業が多い
1で説明したような事情から、企業がリファレンスで開示している情報は、雇用期間と職種の2点が圧倒的多数です。これはもはやリファレンスチェックではなく雇用証明 (Employment Verification) です。
もちろん、すべての会社がこの2点しか回答しないとは限りませんが、ここで注意したいのは、このように企業がリスク回避をする中で、あえて詳細に回答した人は本当にリファレンス担当者なのかという点です。リファレンスの依頼を受けた際、本来のリファレンス担当者ではなく、仲の良かった元同僚や、面倒を見た元部下が、候補者に頼まれて有利な回答をするケースは以前から耳にします。
従って、リファレンスを依頼する場合、元雇用主の担当者の職種や役職について充分に確認する必要があり、「過度に詳細な回答」や「極端に好意的な評価」には、むしろ、注意が必要です。
3)リファレンスを自動化する動き
大手企業を中心に、リファレンスチェック対応の外部委託や自動化が増えています。特定の電話番号やウェブサイトを指定され、候補者の氏名や社会保障番号などを入力すると、雇用期間と雇用されていた職種が出力される仕組みです(有料)。このような企業の場合、残念ながら、期待するようなリファレンスは得られませんが、ここで入手した情報、例えば勤務期間や職種・役職名などが応募書類の記載と異なっていた場合、本人に事実確認をした上で、経歴詐称として内定を取り消すことも可能です。
リファレンスに関する法的制限
あまり知られていませんが、雇用主が元従業員のリファレンスに関して、「話して良いこと・悪いこと」は法律で制限されていません。
一方、多くの州はリファレンス情報を提供する際、雇用主に適格な免責を与える法律を制定しています。つまり、リファレンスで悪意のある情報や虚偽の情報を提供しない限り、そのリファレンスによって問題が起きても免責となる可能性が高いです。
リファレンスを依頼する企業としての対応
上述の通り、多くの企業が極めて限定的な情報しか開示しないことはあらかじめ理解しておく必要があります。また、日系企業から日系企業へ転職する人も多く、日系企業にリファレンスを依頼することを躊躇する人がいるかもしれません。このような場合は、多くのバックグラウンドチェック会社がリファレンスを代行しているので、このような第三者機関を利用した方が公平性もあって無難です。
リファレンスの依頼を受ける企業としての対応
・リファレンスの依頼に対応する部署・担当者を、あらかじめ決めておく
まず、自社の就業規則を確認し、記載がない場合は、後述の内容と共に追記することを推奨します。一般的には人事が担当しますが、人事部がない場合もマネジャー以上の特定の人が担当します。
・回答可能な質問や開示情報はあらかじめ決めておき、それ以外の質問には回答しない
現在は雇用期間と職種のみを開示する企業が増えているので、この点を考慮して回答範囲を決定します。
・リファレンスの依頼に回答する前に、依頼主に開示同意書(Disclosure and Authorization Form)を提供してもらう
悪意ある人間が元従業員の情報を取得しようとしている可能性も否定できませんので、これを確認しないと、正当な依頼なのかどうかの判断がつきません。回答する前に必ず確認が必要です。
・回答は口頭でなく書面で行う
電話でのリファレンス依頼は、想定外の質問に思わず回答してしまうこともあります。また、回答が異なったニュアンスで解釈されるようなトラブルを避けるため、電話でのリファレンス依頼に対しては、メールで送信してもらい、回答を返信する方が良いです。
・リファレンスのルールを社内に周知徹底する
大きな組織であれば人事主導で徹底されているかもしれませんが、小規模な組織や人事部がない企業は、徹底されていないことが多いです。特に、マネジャー等の中間管理職はリファレンスを依頼されることが多いので、好意や責任感で回答したことが後のトラブルに発展しないよう、就業規則以外にもルールの周知徹底させる必要があります。
・「日系コネクション」による依頼は要注意
狭い日系社会では、「懇意にしている社長からの依頼」や、「取引先担当者からの依頼」など、コネクションを使ったリファレンス依頼があるかもしれません。しかし、情報を提供した企業と情報を得た企業、そして対象となる候補者(元従業員)それぞれの信頼関係を損なう危険があり、公平性や一貫性の観点からも問題があります。このような場合は、自社のリファレンスポリシーに則り、本来のリファレンス担当者に引き継ぐべきです。
総合人事商社クレオコンサルティング
経営・人事コンサルタント 永岡卓さん
2004年、オハイオ州シンシナティで創業。北米での人事に関わる情報をお伝えします。企業の人事コンサルティング、人材派遣、人材教育、通訳・翻訳、北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。
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