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撮影:藤井良泰
2021年に史上139人目となる地球一周単独飛行を成功させた前田伸二さん。長年にわたり航空業界にさまざまな形で貢献してきたことが評価され、今年2月、世界最大級の民間航空団体 AOPAのチャールズ・E・マギー准将航空インスピレーション賞を受賞しました。
チャールズ・E・マギー准将(1919-2022)は、米軍初の黒人航空部隊タスキーギ・エアメン(Tuskegee Airmen)の元隊員で、准将まで務めた人物。その名前を冠したチャールズ・E・マギー准将航空インスピレーション賞は、世界最大級の民間航空団体である航空オーナー・操縦士協会(AOPA)が授与する名誉ある賞で、航空分野において顕著な貢献を果たし、航空関連のキャリアや情熱を追求するインスピレーションを与えた個人を称えるものです。
今回の受賞について、前田さんに電話でお話を伺いました。
– 今回の受賞の知らせを受け取った時、どのようなお気持ちでしたか。
受賞の連絡は電話で受けたのですが、まさか自分のこととは思わず、電話をかけてきてくださったAOPAの方に「理解してないかもしれないが、伸二、君が受賞したんだよ」と言われました。それで、「世界最多の会員数を誇るAOPAが、アジアの、それも日本から来た有名人でもない僕に、なぜ?」と驚きました。2021年に世界一周をして、「世界にはこんなに元気な国がたくさんあるんだ」と肌で感じたからこそ、「アジアの、しかも日本から来た片目が見えないパイロットにこんな名誉ある賞を与えて、本当にいいのか」と思ったのです。
でも、AOPAはこの賞の名前にもなっているマギー准将の遺族にも確認を取り、推薦してもらったと教えてくれました。また、私の恩師でパイロットのエイドリアン・エイコーン(Adrian Eichhorn:これまでに前田さんと同型機で世界一周飛行や北極横断飛行に成功)もAOPAに以前から僕を推薦してくれていたと知りました。知らず知らずのうちにそういう応援団ができていたことに、感謝しかありません。
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– 2021年の18カ国・22000マイル単独世界一周飛行など、これまでのことを振り返って、何を思われますか。
2021年の単独世界一周飛行はコロナ禍にあった世界初の試みでもあり、本当に大変でした。なので、僕の活動を見ている人には、「もっと目立ったほうがいい」と言われます。「そうするともっとお金も入るだろうから」と。
でも、僕がやっている小さな非営利団体エアロジパングは、僕が目立つためにやっていないんです。事故で片目の視力を失い、いくらお金を積んでも元には戻らないと18歳の時に言われて以来、自分なりのやり方で夢を実現するためにやってきました。「どうやったら自分の夢や目標を実現できるか」「どうやったら自分の思いや考えが伝わるかな」ということを考えてきました。スポンサーの企業や個人の皆さんも、僕が「夢を持ち続ける大切さと、その難しさ」を行動を通して伝えたいということに賛同してくれているからこそ、サポートしてくれています。
– DEI推進政策の撤回を進める現政権になってから、
年齢も肌の色も関係なく、個人を評価する。これが本当の多様性だと思います。僕は2003年からアメリカに住んでいますが、この国は現政権になっても、その根本的なところは変わっていないと僕は思っています。確かに、今の政権はDEI(※1)の方針変更を進めていますが、それはこれまでとは違う形のDEIにしようということで、これからいろいろと落ち着いていくのではないでしょうか。
※1 Diversity、Equity、Inclusion:多様性・公平性・包括性
僕は、片方の目が見えないからといって特別扱いを求めることはしませんでしたし、政府の援助を得ずにここまでやってきたという自負があります。ですので、この賞をいただいて「どうだ、すごいだろう」となるのではなく、僕を育ててくれたこの国の社会がどうなろうと、このチャールズ・E・マギー准将が歴史を作ってくれたように、この賞に恥じないよう、これからも活動を続けていきたいと思います。
– ありがとうございました。
授賞式は、3月19日に首都ワシントンDC近郊のロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港で開催されます。詳細はAOPA公式サイト参照。また、前田さんは今年8月に恩師でパイロットのエイドリアン・エイコーンさんと日米友好フライトをユタ州で実施することが決定しています、詳細はエアロジパング公式サイト参照。
前田伸二(まえだ しんじ)略歴
1979年生まれ。北海道出身。米国非営利団体NPO「エアロ・ジパング・プロジェクト」代表。アースラウンダー。 日本大学理工学部航空宇宙工学科への入学から2ヶ月後に交通事故で右目の視力を失う。大学卒業後、2002年にICCコンサルタンツ主催のIBPプログラムに参加。2003年にエンブリ・リドル航空大学大学院で航空安全危機管理研究を開始し、在学中に隻眼のパイロットとして自家用操縦士免許を取得。2005年に卒業後、航空機メーカー新明和工業(カリフォルニア支社)を経て、米国の大手民間航空機メーカーへ。ワシントン州の飛行訓練所の教官も兼任。 2008年より講演活動を行い、2018年にNPO設立。2019年から中部大学の非常勤講師も務める。2021年、1933年以来139人目の地球一周単独飛行に成功。また、世界で初めて予備の燃料を積まずに地球一周単独飛行を成功させたパイオニアとなった。新型コロナウイルス、パンデミック中での安全確保、飛行技術の高さ、航空普及活動だけでなく広く人々を勇気づけたことが評価され、2022年9月に米国ボナンザ協会最高位のABSエアマンシップ賞を受賞。著書に『単独世界一周フライトを成し遂げた 隻眼のパイロットが語る「夢を実現するための方程式』(2022年出版)がある。
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