MENU

第10回 アールデコ様式とシアトルにまだ実在するアールデコ様式建物

  • URLをコピーしました!

筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。

10_1

写真1:クライスラービル(マンハッタン、ニューヨーク州)Photo by Leena Hietanen

ニューヨークにあるクライスラー・ビル(写真1)に象徴される「アールデコ様式」と言われる建築様式をご存知の方も多いだろう。ここ20年以上、建築様式の世界的主流は「ミニマリストモダン」と言われる、外壁を透明なガラスで覆い、内部は極端に装飾の少ない無機質な様式だ。

シアトルの街を見渡してもこの10年ほどですっかりガラスの塔(オフィスビル)が目に付くようになった。街の景色がこれらの無機質なガラスの塔でだんだんと変化していく中、1950年代に「過去の悪趣味な装飾主義」とさえ言われたこの「アールデコ様式」の建物をシアトルの街中で探してみた。

10_2

写真2:シアトルタワー(1218 3rd Avenue, Seattle)

もともとこのアールデコという言葉は、1925年にパリで開催された「現代装飾美術、産業美術国際博覧会 – Exposition Internationale des Arts Decoratifs et Industriels moderns」の略称、アールデコ博に由来している。1920年代から40年代まで世界中で人気のあったこの様式の特徴は、1910年代まで人気のあった有機的・植物的なモチーフを持つアールヌーヴォー様式とは対称的に、とても幾何学的またはパターン化した幾何学形が多用され、直線的で左右対称的であることだ。

また、アールヌーヴォー様式が富裕層に好まれた様式だったのに対し、アールデコ様式は常に一般大衆に受け入れられた様式であった。その背景には第一次世界大戦直後の不景気時期から脱出し、蓄えた富を表現できる様式を多くの人が求めていたことによるところも大きい。

また、他の特徴は光沢の強い仕上材(アルミニウム、金、銀、ステンレス、漆等)の多用、その当時多くの人たちが利用し始めた自動車や飛行機を思わせる機械的なデザイン・モチーフ、また当時ヨーロッパで流行した、考古学発見熱によって発見されたエジプトやアステカの歴史的建造物のモチーフ、当時ヨーロッパを中心に興味を持たれていた他の建築様式、新古典主義、構造主義、キュービズム、未来主義の影響であろう。

10_3

写真3:エクスチェンジビル(821 2nd Avenue, Seattle)

10_4

写真4:エクスチェンジビル内ロビースペース

ダウンタウンにあるベナロヤ・ホールの南東角にある27階建のシアトル・タワー(Seattle Tower)(写真2)は1929年に竣工した。一見して古代メソポタミアのジグラットを想像させる煉瓦外壁のこのビルはもともとノーザン・ライフ・タワー(Northern Life Tower)と呼ばれ、生命保険会社の本社ビルであった。外壁は27種類の煉瓦が布の生地のように幾何学的に縦横斜めに組み込まれ、西側の入口からエレベーターのあるロビーに入ると、眩しいくらい明るい黄金の天井とあちこちに見られる細かな装飾があり、このビルがこのノースウェストで最もエレガントなアールデコ様式の建物と言われることに納得する。

そこから Second Avenue を少し南に下ると、22階建のエクスチェンジ・ビル(Exchange Building)(写真3/4)がある。シアトル・タワーと同時期に建てられたこのビルは、どちらかというとマヤ文明の神殿のようで、非常に強い左右対称性とまっすぐ屋上まで伸びた凹んだウィンドウベイの線がアールデコ様式の特徴を現している。エレベーターのあるロビーは一見すると、アールヌーヴォー様式のようだか、その文様をよく見てみると、アールデコ様式の特徴である山形紋や星型紋が見られる。

ビーコン・ヒルの丘の上にそびえる16階建のアマゾン・ドットコム本社ビル(Amazon.com)(写真5)は、もともと米国海兵隊病院として1933年に竣工した。エクスチェンジ・ビルと同様に、この建物の特徴は、南北の線と軸とした左右対称形、屋上まで伸びるウィンドウ・ベイの線、外壁と入口周りに散りばめられた山形紋の装飾模様だろう。

10_5

写真5:アマゾンドットコム本社ビル(1200 12th Avenue South, Seattle)

この時期、アールデコ様式の影響は建築に限らず、インダストリアル・デザイン、視覚芸術、工芸、ファッションに及んでいる。ここで注目したいのは、アールデコ様式のユニークさは、近代工業の発達によって可能になった大量生産が生み出した新しい装飾美が、今まで縁がなかった一般大衆の手に届いたということかも知れない。

しかしながら、皮肉にも第一次世界大戦の物資不足から抜け出して始まったこの様式は、次の大戦中(第二次世界大戦)の物資不足を機に影を潜めてしまい、戦後は「装飾は悪である」というモダン様式にとって変わられてしまうことになる。

掲載:2011年3月

  • URLをコピーしました!

この記事が気に入ったら
フォローをお願いします!

もくじ