筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。
シアトル市内の住宅街を歩きながらまず気が付くことは、新築の家が極端に少ないことだろう。築後70年から100年近く経った家でも室内改築・修復が繰り返され、現在でも現役のものが多く見られる。また、よく見るとシアトルは小さな街でありながら、かなりの数の建築様式の家が混在している。今回は数ある建築様式の中で第2次世界大戦前に人気のあった4つの様式を紹介してみよう。
ネオクラシカルリバイバル様式
20世紀の半ばまで主に富裕層に人気のあったこの様式は19世紀末に英国から伝えられた。大きな特徴は玄関ポーチのデザインであろう。古代ギリシャ神殿を思わせる2階分の高さのある古典的柱が玄関のポーチのキャノピーを支え、所々にギリシャもしくはローマ神殿に使われたデンティルと呼ばれる歯状の装飾がちりばめられている。建物を正面から見ると、窓・屋根の配置が左右対称であることも特徴の一つだ。この様式では屋根は勾配屋根、窓は縦長のシングルハングが多く、建物の壁面から浮き出した装飾用のピラスターと呼ばれる飾り柱も多く見られる。室内の装飾にもこのモチーフが繰り返し使われることが多い。シアトル市内ではキャピタルヒル地区にまだ多く見られる(写真1)。
チューダーリバイバル様式
16世紀のイギリスチューダー朝時代に始まるこの様式は、19世紀末アーツアンドクラフト運動にともなって、チューダー復興(リバイバル)様式として、アメリカでも人気を得るようになった。チューダーリバイバル様式の最も大きな特徴は屋根の形式だろう。一般的にその勾配はきつく、ほとんどの建物の屋根が切妻屋根になっている。また、外壁の仕上げはスタッコ、煉瓦張り、木のサイディング、梁、柱、筋交いの骨組みが外にむき出しになって、その間はスタッコが充填されたハーフチンバーになっていることが多い。窓の形状はどちらかと言うと縦長の観音開きのものが多く、入口の扉も長方形ではなく、上部にカーブを持たせたものが多く見られる。少々威圧的でかしこまった新古典主義様式に比べ、イギリスの田園地方を思わせるメルヘンチックなこの様式は、中産階級から富裕層まで幅広く人気があったためシアトル市内のあちこちでまだ見ることができる(写真2)。
クラフツマン様式
俗にバンガロー・スタイルと呼ばれるこの様式は、グリーン・アンド・グリーン建築事務所の設計を中心に、南カリフォルニアで20世紀初頭に多く建設されたが、シアトルでも人気が高く、1930年頃まで建設された。バンガローという言葉がイギリス殖民地時代のインドはベンガル地方の簡素な一軒屋に由来している通り、この様式の建物は一階建もしくは一階半建てのものが多い。特徴としては、屋根の勾配が低く、軒が通常の家より長いこと、また玄関に面した大きなポーチとその上にある切妻屋根を支える柱の形状だろう。バンガロー・スタイルは日本の古来の屋根構造や寺社仏閣のディテールの影響を強く受けており、日本人にとっては何となく親しみを感じる様式ではないだろうか。また、この様式は他の様式に比べ内部がよりオープンで、特にリビングルームとダイニングルームがほとんど隔離されていないことも特徴とも言える。中産階級に人気があったこの様式の住宅はシアトル市内のあちこちでまだ見ることができる(写真3)。
フォースクウェアー様式
またの名を「シアトルボックス」というこの様式は、1920年代までキャピトル・ヒルからマドローナ、ウォーリングフォードからクィーン・アン地区にまたがって多く建設された。建物2階のそれぞれの角に4つの寝室を配置したためにつけられた名称だが、建物を正面から見ると、必ず少し大きめの同じ大きさの窓が左右対称に建物の両端にあることが特徴だ。その窓の間にはクローゼット用の小さな窓があることが多く、屋根は勾配の低い寄せ棟屋根が大半となっている。室内の装飾は1900年ごろまではビクトリア様式だったが、それ以降は上記のクラフツマン様式に近い間取りなったようだ(写真4)。
職業柄、シアトル市内のこれらの古い住宅に住む施主から改装設計の依頼を受けることが度々ある。その都度感銘することは、シアトルに住む人の頑固なまでにも古い住宅を壊さず再利用する姿勢だ。だからこそシアトルの住宅街の街並みは歴史の重みを感じさせる魅力的な街と言えるのではないだろうか。
(2011年9月)