離婚のプロセスとは、簡単に言えば財産を分けることです。子どもがいる場合は、親権について決める作業が加わります。どちらも法的な取り決めですからビジネス上の取引のようなものと考えて論理的に取り扱うのに適した事柄です。
こうした取引には交渉が絡んできます。交渉とは双方が問題を解決し、合意に達することを目的とした話し合いです。日常生活において、人は自分の欲しいものを得たり、自分の望む条件を通すために他人とさまざまな交渉をします。人は幼い頃から周りとの関係を通して交渉の仕方を見聞きして学び、実践しながら身につけていきます。
交渉の技術
交渉の技術にはいろいろありますが、相互の関係を重視し、お互いの得になるような友好的な方法から、自分にとっての利得を追求するあまりに相手に損害を与えることも辞さないような、相互の関係に有害となる方法もあります。どの方法を使って交渉するかはその人の経験・人柄・価値観によって変わります。離婚の交渉はこじれればこじれるほど、双方にとって金銭的・心理的な負担が大きくなります。子どもがいる夫婦の離婚は離婚後も共同の子育てを通じて関係が続いていきますから、できるだけ友好的に合意を得たいというのが健康的な考え方と言えますが、それを実現するには双方が建設的な交渉の仕方を実践する必要があります。では、建設的な交渉の仕方とはどのようなものでしょう。そしてこちらが建設的な交渉を試みているのに相手が破壊的な交渉法を貫く姿勢を見せる場合はどう対処するのが良いのでしょうか。
交渉の種類
交渉者の種類は大きく分けると(1)威圧的で手ごわい交渉者(2)巧妙で操作的な交渉者(3)利口で打算的な交渉者(4)賢く協力的な交渉者、となります。長期的に見て、最も健康的かつ建設的なのは4番目の賢く協力的な交渉法です。あなたが相手との将来の友好的な関係を維持しながら互いに利のあるところで合意に達したいと考えるなら、この方法をとるよう努力することをお勧めします。しかし、こちらがいくらこの方法で交渉しようと努力しても、相手が別の戦略で交渉を進めようとすることは大いに考えられます。その場合、残念ながら相手の行動を変えることはできません(※ページ下部参照)。そのため、交渉に臨むにあたり、まずはじめに相手が上記の4つの方法のどれを使って交渉に臨んでいるのかをできるだけ正確に見極めることが大切です。見極めがついたら、それに的確に対処する必要があります。
威圧的な交渉者
威圧的な交渉者は何が何でも自分の欲しいものを手に入れる姿勢をとり、自分が相手にどれだけ勝てるかに焦点を合わせます。威圧的な交渉者の心理的背景には、恐れ、怒り、失望感、強欲さ、強い権力欲、わがままな部分がありますが、このタイプの人たちは、自分が勝つために攻撃的な方法を使うことを辞さない傾向にあります。その攻撃方法には論争、対立、毒舌、嫌がらせ、いじめ、非難、脅し、話し合いの拒否、受動的攻撃(例:問題の解決に取り組まない、返事を要する大切な事柄について返事をしてこない、わざと能率を悪くしたりする、など)などが含まれます。結果は交渉の行き詰まり、双方に不利な状況、相手への怒り、憎しみ、恨み、復讐心で、この状態が続くと双方に強い不信感と失望感が生まれます。相手が威圧的なタイプかどうかを見極めるには脅しをかけてくるかどうかで判断できます。威圧的な態度は怒りか恐れの表れです。相手の感情が鎮まるのを待つ、または恐れや失望感への理解を示し感情を鎮めるように助言をしてみるのも手ですが、このタイプに対等な立場で対抗するにはこちらが相手と同等か相手に勝る力を持っていことが前提です。こちらの力が相手に劣る場合は黙って相手の要求に従うか、早々にその場を去るかのどちらかの選択を迫られるでしょう。
巧妙な交渉者
巧妙な交渉者は嘘、見せ掛け、ごまかし、相手にとって大切な情報の保留、計略の隠匿、強引さ、根拠のない保障や約束、早急な決断の要求、などの手を使います。巧妙な交渉者は、相手の感情が高ぶっていて論理的思考ができなくなっている間に自分が望む通りの結果になるよう、早々に決着をつけようとします。言いくるめられた相手はその場では合意しているわけですが、後で冷静になった時に自分にとって不利な条件を飲んでしまったと気づき、相手の欺きに対する怒りとみすみす欺かれた自分に対する怒りを感じます。その結果、双方の関係は友好的でなくなります。巧妙な交渉者は一見余裕がありそうに見えますが、実は心の中は切羽詰っていることが多いのです。巧妙な交渉者に対抗するには話に乗りながら、常に新しい情報を集め続けることです。相手の提案を常に冷静に評価しながら、大切な詳細について詳しい説明を求め、相手の情報の信頼性を確かめます。相手が早急な合意を求めてきたら、逆に時間をかけて様子を見ます。相手が何かを隠した状態で交渉を進めたがるようであれば警戒し、怪しいと感じたら合意するのは控え、いつでも交渉から身を引く構えでいましょう。
利口な交渉者
利口な交渉者は駆け引き、価格交渉、譲歩などの手を使い、双方の妥協点を見出すことを狙います。利口な交渉者との交渉の結果合意に達した時、多くは合意に達したという満足感がありますが、このタイプの交渉者は自分の欲しいものをできるだけ安い値段で手に入れることが目標ですから、相手に手の内を見せることを嫌います。そのため、賢い交渉者との交渉とは違って、交渉する人間関係においての信頼関係、オープンさ、清清しさというものは感じられません。利口な交渉者は自分の情報をできるだけ相手に知られないようにしながら、相手の情報をできるだけ得ようとします。そして利口な交渉者は自分が欲しいものをいくらで手に入れるつもりなのかを理解しており、相手が何をいくらで欲しいと思っているかについても目星をつけています。そして自分のゲームプランを相手に知られないようにしながら、相手のゲームプランを予測して交渉を進めます。利口な交渉者との交渉では自分が損をしないような合意点を見出すために相手のプランを把握するように努めることです。相手が何をいくらで手に入れたいと思っているのかを理解し、必要以上にこちらの情報を提供しないことです。そしてここでもいつでも交渉から身を引く構えでいましょう。
賢い交渉者
賢い交渉者にとって、交渉とは勝ち負けを争う場ではなく、未解決の問題を解決するための話し合いの場です。このタイプの人は長期的なビジョンを持っており、相手と将来再び付き合う可能性があることを考慮し、関係を友好に保つことを重視しながら、短期・長期の両方の視点から双方に利益がある解決策を見出すことに焦点を合わせます。そのため、賢い交渉者は自分の要求をオープンにし、相手の要求にも純粋な関心を寄せます。このタイプの人と交渉する際には、力関係の不平等さを感じることがない上に、合意に達した時点で両者が互いに得をする結果となるため、お互いの信頼関係がより深まります。
なお、気をつけるべきなのは、賢い交渉者のふりをして実はそうでないタイプに引っかからないようにすることです。相手が大切な情報を保留しているということがわかったら、賢い交渉者ではないと判断し、交渉の戦略を変えることが賢明でしょう。
参考文献:www.lgsa-plus.net.au/resources/documents/Negotiation_Notes1.pdf
※相手の考えや行動をこちらの意向通りに変えることができないという事実を受け入れることは、多くの人にとって難しいことです。特に「自分のやり方が正しく、相手のやり方が明らかに間違っている」と確信している場合、相手を説得することに多くの時間とエネルギーを費やしてしまい、次の段階に進むのが難しくなってしまいます。明らかに相手のやり方に納得がいかない時は、「どうして相手はこんなことをするのだろう?」「私だったらこういうことはしないのに!」と、悶々としてしまいがちですが、残念ながらこうした考えは自分の気分を害すだけで、事態を好転することにつながりません。このような心理的問題は悩んでいる本人が考え方を変えることによって解決します。また、その解決が自分をより深く理解し、より生きがいを感じられる人生を送ることにつながるでしょう。しかし、離婚はひとつのクライシスです。そしてその手続きは長引くと双方にとってダメージが大きくなりがちです。離婚争議中はとりあえず臨機応変に事態に対処していくことに神経を集中させるのが賢明でしょう。
戸村 みゆきさん PhD, Psychologist
臨床心理学者。1998年、シアトル大学心理学科卒業後、2002年に同大学の心理学科修士課程卒業。2010年、セイブルック大学の心理学博士課程卒業。専門は心理療法とペアレンティングエバリュエーション(Parenting Evaluation/離婚訴訟時の子育て能力審査)。日英両語で、個人、家族の諸問題に幅広く対応。豊かな人間関係を育みたい、自己の可能性を広げたい、健やかで充実した人生を送りたいと望むあなたの心の旅をサポートします。
【住所】 3035 Island Crest Way, Suite 108, Mercer Island, WA 98040
【電話】 (425) 429-2069
【メール】 miyuki@islandtherapy.net
【公式サイト】 www.islandtherapy.net
掲載:2012年4月
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