毎年8月になると思い出すのは、マウント・セント・ヘレンズを登頂したこと。
「高い技術がなくても登れる山」
トースト・マスターズ仲間がマウント・セント・ヘレンズ(Mt. Saint Helens:MSH)に登ったことについてスピーチするのを聞いたとき、何かが私の中をピピッと走ったのでした。
「私にもできるだろうか・・・」
大噴火が起こったことで有名なマウント・セント・ヘレンズの展望台へは行ったことがありましたが、自分で頂上まで登れることは知りませんでした。噴火の際に山頂が吹き飛んでクレーターができたなんて、興味深いではありませんか。富士山に登ってちょっと自信がついたので、やってみようと決心しました。
そして、大冒険は2月に始まりました。
パーミットの確保
マウント・セント・ヘレンズの頂上に登るには、パーミット(許可証)が必要です。その年のパーミットの発売日は、毎年2月の第1月曜午前9時。大人気の8月・9月の週末は、あっというまに売り切れてしまいます。
シアトル付近のトレイルで「きつい」と言われている Mount Si(マウント・サイ)で往復8マイル(約12.2km)、標高差3,150フィート(960m)、最高地点3,900フィート(1,188m)。Mailbox Peak で往復6マイル(約9.6km)、標高差3,821フィート(約1,164m)、最高地点4,841フィート(約1,476m)。でも、マウント・セント・ヘレンズは往復10マイル(約16km)、標高差4,500フィート(約1,372m)、最高地点8,365フィート(約2,550m)。
比べてみると、マウント・セント・ヘレンズ登頂がどんなにきついかがわかりますね。
実はこの計画、2年越しになってしまいました。
まず最初の年、まったく基礎知識がなかったため、何の根拠もなく「独立記念日あたりはどうかしら」と、7月の第1土曜のパーミットを確保。それに向けてトレーニングにと地元のハイキングトレイルを歩き出したのですが・・・が、が、が、6月中旬になっても、マウント・セント・ヘレンズの雪がまったく溶けず、ハイカーのためのトレイルヘッド、Climbers Bivouac が閉まったまま。なので、かなり遠回りをしないと頂上まで行けないとのこと。6月後半にやっとゲートが開いたものの、登っている人の写真を見ると、みんなスキーを担いで登っているではありませんか。かなりの距離を雪の上を歩かないと頂上は無理。この調子では7月初旬でもあまり状況は変わらない。初挑戦の私達、何事も安全が一番ということで泣く泣くあきらめて次の年にもう一度挑戦することに。
翌年は8月のパーミットをゲット。今度こそ!
ホテルの予約
が、みなさん、パーミットが取れたからと安心してはいけません。
パーミットを確保したら、すぐに Lone Fir Resort のホテルを予約してください。
I-5 を下りてからマウント・セント・ヘレンズまでさらに1時間近くかかりますが、Lone Fir Resort はその中で唯一、途中経路にあるホテル。ここの予約が取れないとなると、次に近いホテルは、I-5を下りてすぐのウッドランド市(Woodland)になってしまいます。
そのうえ、マウント・セント・ヘレンズに登頂する人は、宿泊者でなくても、まず Lone Fir Resort で登頂のチェックインをしてパーミットを受け取らないといけないので、余計な時間がかかってしまいます。
私達はパーミットをとったことだけで安心してしまい、かなり時間がたってから Lone Fir Resort に電話したら、すでに満室で予約できず、結局遠いホテルに泊まる羽目になってしまいました。午後の暑い時間をなるべく避けて、朝早く出発したいマウント・セント・ヘレンズ登頂は、Lone Fir Resort に泊まれた方が断然楽です。
持参するもの
ここでマウント・セント・ヘレンズ登山に持っていくものについて少し書きたいと思います。
マウント・セント・ヘレンズの公式サイトに掲載されている持ち物をご覧ください。
私たちが驚いたのは、ここに書いてある「水 4リットル」。普通のハイクで1リットル以上の水を持っていくことはあまりありません。なのに、ここには4リットルと書いてあるではありませんか。4リットルの水をかついでただ歩くだけだって大変。本当にそんなにいるかなあと半信半疑でした。でも、直射日光を受けながらのハイクで水がなくなったらと考えただけで怖いので、ウェブサイトの勧めどおり4リットル持っていくことに。それを決めたときから、トレーニング・ハイクでは飲まないとわかっていても4リットルの水をバックパックに入れて歩く訓練をしました。結局持っていた4リットル中、3リットル半の水を飲み干したので、やっぱり公式サイトの情報は正解でした。
それから、ハイクには7時間かかると予測したわけですから、3、4食分ぐらいの食べ物を持っていかないと心配です。ホテルに泊まったので、いつもハイキングで食べているおにぎりが作れません。なので、エナジー・バーを3本も持っていたのですが、結局1本も食べませんでした。持って行ったもので食べておいしく感じたのはゼリー・タイプのエナジー・フード。
あとは、おせんべいやグミなどのお菓子、ブラウニー、トレイル・ミックス。それに行き帰りに何度もほおばったチョコレート味のキャラメルは、本当に力をくれました。このときばかりはカロリーのことなど考えず、暑くてだいぶ疲れているときに自分が一番食べたいものは何かをトレーニング・ハイクの時にいろいろ試して、自分にあったものを探し出しましょう。
いよいよ、出発
当日、ホテルを朝6時過ぎに出発。まずは Lone Fir Resort に寄ってチェックイン。ここですでに午前7時を回っていました。登頂のパーミットを受け取り、受付のおじさんに雪がないことを確認できてちょっと安心。
Lone Fir Resort から Climbers Bivouac まで車でまた20分弱。Climbers Bivouac に車を停めるには Northwest Forest Pass が必要です。
この Climbers Bivouac 入口には、パーミットを持っている人が泊まれるキャンプ場もあります。キャンプが得意な人ならここに泊まるのがいいでしょう。
午前7時45分。いよいよ出発。
ここまで送ってくれたハイキング・パートナーのご主人に見送られ、今までの人生で一番厳しい山を、今までで一番重い荷物をかついで登ろうとしている私たち。ちょっと心細くなるものの、この日のために2年越しでトレーニングを重ねてきたわけですから、もう後へは引けません!目標は7時間で戻ってくること。
いよいよ頂上に向けての big チャレンジの始まりです!
トレイルの状態
マウント・セント・ヘレンズ頂上までの10マイルは、大きく分けると3つに分かれます。
最初の2マイルはまだまだ簡単。普通のハイキング・トレイルのように、木に囲まれた森の中を歩きます。この森の終わりに最後のトイレがありますので、かならずここで行っておきましょう。
そして急に木がなくなり、オープン・スペースに出ます。1980年の噴火による爆風で倒れた枯れ木が転がっているのが見えます。
そして、ここからが試練の始まり。岩です。大きな岩がごろごろしているところをまるでロック・クライミングのようにひたすら登っていきます。お日様をさえぎってくれるものがまったくなく、暑い日には直射日光が攻めてきます。岩と岩の間に立っているポールについている赤いリボンをたどると横道にそれないで頂上に上がることができるはずですが、一つ岩を登って、また次のリボンはどこだと上を見上げても、一つ一つの岩があまりにも大きすぎて、次のリボンがどこにあるのかが見えない!
余談ですが、私達が行く前に一番気になっていたのが、トイレをどうするかでした。いつものハイクでは木陰に隠れて済ませることができましたが、マウント・セント・ヘレンズはほとんどがオープン・スペースになっていて、2マイル目のトイレを通り過ぎた後は、隠れる木がないのです。でも、実際に登ってみると、この岩の部分で一つ一つの岩がかなり大きいので、岩の陰に隠れたら大丈夫。登っている間は、この広くて長いトレイルに100人しかいないわけですから、ほとんど人に会わない状態で、ちゃんとプライベート・スペースが作れます。結果的には、あまりの暑さのせいか、たくさん水を飲んだにかかわらず、一度もトイレに行かずに済みました。
ここでびっくりしたのは、もう登頂し終わって下山中の人たちとすれ違うこと。私たちも午前7時45分に出発してるわけなのでそんなに遅くないはずなのですが。聞いてみると、パーミットは午前12時からなので、夜中に出発して日の出を山の上で見たそうな。もちろん蛍光灯も持っていたけど、月の光でまわりはびっくりするほど明るく、足元はよく見えたとのこと。頂上で見る朝日、さぞかしきれいでしょう。もしも次回があるのなら、ぜひ私も見てみたい。
ついに頂上へ!
そして、最後は灰の部分。火山を登るときの特徴ですね。富士山を登ったことのある人はこれを経験していると思います。まずはピーチを歩いているところを想像してみてください。歩きづらいですよね。そのビーチがかなりの急斜面で横にではなく上り坂になっているのを上がっていく感じを想像してみてください。それがこの3つ目の部分です。3歩上がると、ずーずーっと2歩下がる。ここもまったくのオープン・スペースなので、遠くにではあるけれども目指すべき頂上が見えているのに、どんなに歩いてもまったく前に進んでないような気持ちになってしまいます。
疲れも大分たまってきて、体力的というよりも精神的に一番つらくなってくる部分です。自分に、「もうちょっと、もうちょっと」と言い続け、ちょっとづつちょっとづつ上がっていくしかありません。それを何百回か繰り返して・・・はっと気がつくと、目の前に急に広がるパノラマ景色!
やった!
やっと頂上に到着!
午前11時40分。
さすが頂上ではたくさんの人がくつろいでいます。
なんと美しい景色なのでしょうか。私達は完全に雲の上。少し風が強いですが、そんなことはあまり気になりません。マウント・レーニア、マウント・アダムス、マウント・フッドが目の前に全部並んで見えます。
頂上からクレーターの中を覗くと、小さいながらも煙が上がっているのが見えます。さすが活火山。この景色は写真なんかじゃ同じ迫力は味わえない。本当に来てよかった・・・。
が、もうすでにお日様は完全に昇り、かなり暑くなっていました。疲れもかなりたまっていて、登りきることを目標にしていましたが、下りはもっと大変なこともわかっています。頂上というのは、実はまだ半分しか終わってないわけですからね。そして、午後12時20分に名残惜しくも頂上を去ります。
下りは暑く、足が棒になるというのはこのことを言うんだなあと実感する程に足が疲れ、口数も大分少なくなりましたが、まだまだ気は抜けません。やっと森の部分に戻ってきて、入口近くで迎えに来てくれた友達とも会うことができ、午後4時に無事に戻ってこれました。
合計8時間15分。予定よりちょっと長くかかりましたが、まったく問題なし。やり遂げた充実感で胸が一杯でした。
そんなに大変なのに、なぜ登る?
さて、これを読んでくださった人の中には、「そんなに大変なのに、なぜ高い山に登るの?」と、疑問に思う人もいるかもしれません。
「それはそこに山があるからさ」
なんていうのは冗談で、私の場合をちょっと考えてみると(人によって意見が違うと思いますが)、高ければ高い山ほどきれいな景色に出会えるのがうれしく、登るのが大変な山であればあるほど、自分の中に大きなゴールができ、それをやり遂げたときの達成感も大きく、一生の宝物と言えるくらいの思い出ができるのです。山に登ったことのある人だったら、きっと同感してもらえると思います。
富士山に登って人生が変わったなんていう人のブログを読んだこともありますが、そこまで大げさではないにしても、人生と一緒で、目標を立てて、それを達成したいという願望なんです。それがかなったときのフィーリングを味わうと、病みつきになってまたやりたいと思ってしまうのです。もしも今年の挑戦で辛すぎて途中であきらめても、またそれが次の年の目標になり、できるまで何度でもチャレンジしてみようと。それはそれで、登りきったときのうれしさも倍増することでしょう。やり終えた自分は、体力的にだけではなく精神的にも強くなったような気がします。
最後に、普段のハイクは一人で行くことも多い私ですが、マウント・セント・ヘレンズ級のハイクをするのだったら、気の合うハイキング・パートナーを探すことをお勧めします。想像を超えるきついトレイルを、励ましあいながら助け合いながら登っていけるパートナーがいれば、本当に心強いものです。私は幸運にも素晴らしいハイキング・パートナーにめぐり合い、二人で励まし合ってがんばったからこそ、マウント・セント・ヘレンズをやり遂げられたと思っています。この経験を通して、彼女とは一生の友情をも築くことができたわけで、頂上を制覇したのと同じくらい素晴らしいことでした。
「今年は無理無理。2、3年後かなあ」なんて思ってるあなた。Life is too short!
マウント・セント・ヘレンズは活火山。先送りにしていると、また噴火して結局登れなかったなんてこともありえますよ(笑)。
大変だけど、一生の思い出になるはず。
先送りにせず、ぜひともみなさんトライしてみて!
Happy Adventure!
マウント・セント・ヘレンズは、毎年死者が出るほど難易度の高い山。事前に調査・準備をするのはもちろんですが、どのような山でも、どれだけ準備をしていても、想定外の事態が発生することはあり得ます。素晴らしい思い出を持ち帰れるよう、できる限りの安全対策を講じて臨みましょう。