「産地や農家が異なる同じブランドのお米を混ぜたものではない、一つの農家で栽培・収穫された、本当においしいお米を食べてもらいたい」と、2022年春に日本の米どころとして有名な山形県庄内平野の鶴岡市からシアトル地域に輸入され始めたお米があります。それは、江戸時代から400年以上続く農家サンエイファームが栽培・収穫した、日本を代表するトップブランド米『つや姫』、山形県の認定農家のみが栽培できる『雪若丸』、そして山形県の気候や風土を計算して開発された『はえぬき』の三種類。シアトル郊外のケント市に倉庫と精米工場と構え、日本からのお米の産地直送を始めたグレート・ライス社のヒルマン理恵さんにお話を伺いました。
グレート・ライス社を夫婦で経営するヒルマン理恵さんによると、夫のルークさんが高校生の時に1年間日本に交換留学した際、このサンエイファームの経営者である工藤さん宅にホームステイしたのが、そもそもの始まり。ルークさんはさらに3年間にわたり工藤さん宅にホームステイし、高校卒業後も工藤さん夫妻と連絡を取り、理恵さんと結婚してからは何度も一緒に山形に行き、家族ぐるみの付き合いを続けているそうです。
今回、お米の販売をシアトル地域で始めてはどうかと思いついたのは、理恵さんが兄を癌で亡くしたこと、二人娘が大学入学や就職で巣立ったこと、さらにパンデミック宣言が出されたことが重なった2020年。「気持ちがとても落ち込んでしまいましたが、このままではいけない、何か自分にできることがあるはずと考え続け、工藤さんのお米をこちらで売るというアイデアが浮かびました」。山形に長期滞在した際、作付けから刈り取りまでの半年に加え、残りの半年をかけて土壌を作るという大変な作業を見て感動したことも、強く記憶に残っていたそうです。工藤さんに相談したところ、「やろう」と即答してもらい、輸入業という未知の世界に飛び込むことになりました。
「みなさんもよくご存じのとおり、コーヒーやワインと同じで、お米もどんなものでもおいしいというわけではなく、日本産ならどれも同じようにおいしいというわけでもありません。私も夫も以前から工藤さんのお米は本当においしいと思っていたので、それをもっとたくさんの人に食べてもらえるようにしたいと思うと、元気がわいてきました」
米の輸入について一から調べ、方々に質問し、さまざまな壁にぶち当たりながら、会社を設立したのが2021年3月。ケント市の倉庫の賃貸契約を完了し、日本から精米機を取り寄せ、工藤さんのお米がコンテナで到着したのは、思いついてから約2年後の2022年4月でした。受注から精米、発送まですべて夫婦で行い、すぐに完売。食にこだわっているシアトルの日本食レストランでは『Sushi Kashiba』『Taneda Sushi in Kaiseki』『Ltd Edition Sushi』の3軒でも使われるようになりました。
「今の値段はお米の代金とコンテナの輸送費と倉庫の賃貸料のみで計算したもので、何も上乗せしていないので、儲けはありません」と理恵さん。「でも、一度食べてもらえたら、絶対においしいことがわかってもらえる ― そんな気持ちから、5月は送料も弊社が負担し、キング郡・スノホミッシュ郡のお客様であれば夫婦で配達しました。食べ物を注文する人は、食べたいから注文するわけですから、私が注文する側だったら、すぐにそれが届けられたらどんなに嬉しいかと思って」。
現時点では、燃料費の高騰などにより、コンテナの輸送費がパンデミック前の5倍に跳ね上がっていますが、今後は輸送費が下がり、同社の販売価格も下がる可能性があるとのこと。また、円安の今、海外に米を販売したいという日本の農家は少なくなく、日本の米の輸出拡大を期待している日本政府からも連絡を受け、すでに何度か話し合いの機会を設けたそうです。
今後について伺ってみると、アメリカでの市場拡大はもちろんのこと、サンエイファームの敷地内に滞在型の施設を作る計画があるという返事が返ってきました。サンエイファームのお米と山形のおいしい海の幸を味わってもらいたいという思いから生まれたもので、シアトルを含む西海岸では一般的になっている言葉「Farm to Table(農場から食卓へ)」を、日本でも体験することができるようになるかもしれません。
「日本の米農家さんは高齢化による後継者不足などで減少しています。でも、日本の本当においしいお米を世界に広めることができ、米農家さんがきちんと報われるようになれば、”世界に誇れるものを作っているんだ” と思ってもらえるかもしれません。日本人として米を誇りに思っていますし、サンエイファームに行くたびに、その気持ちを新たにしています」
聞き手:オオノタクミ