略歴:
大阪府八尾市出身。大阪経済大学で経営学を専攻。2004年に渡米し、サウス・シアトル・カレッジのキュリナリー・アーツ・プログラムに入学。在学中にシアトルを代表するフレンチシェフ、ティエリ・ロートゥロー氏が経営していたレストランなどでのインターンシップをし、卒業後にロートゥロー氏が新たに開店したカジュアルなフレンチ『Luc』のオープニングスタッフとして1年に渡り勤務した後、Spring Hills、Harvest Vine、RN47、そして惜しまれて閉店した Book Bindery などで経験を積む。2017年3月にシアトルのマウント・ベーカーに『Iconiq』を開店。
Iconiq アイコニック
【住所】 1421 31st Avenue South, Seattle (地図)
【電話】(206) 568-7715
【公式サイト】www.iconiqseattle.com
フランス料理で日本の良さを表現することに挑戦
ダウンタウンやインターナショナル・ディストリクトなどに近く、I-90からアクセスしやすい、シアトルのマウント・ベーカー地域。大阪出身の川合敏之さんが今年3月に開店した『Iconiq』は、閑静な住宅地の隠れ家的なレストランだ。
小さな間口だが奥行きがあり、奥の大きな窓からは、ダウンタウンのビル群が見える。オープンキッチンに面したカウンター、二人がけのテーブル、四人がけのテーブル、以前はバーとして使われていた小さなカウンターをあわせて45席。川合さんとスーシェフの男性の二人でキッチンを切り盛りし、サーバーとマネジャーが三人で注文から会計を担当している。
「特に勉強が好きなわけではなく、中高とゴルフ部でゴルフばかりやっていました」という川合さんが料理に興味を持ったのは、渡米する直前、母親に教えられながらスパニッシュ・オムレツを作った時。「母はずっとケーキやパンを作ってくれてましたが、僕はそれまで米すら炊いたことがなかったんです。でも、母がシアトルのホームステイ先では料理をしないといけないと言うのでやってみて、初めて "面白い" と思いました」。
渡米後、ホストファーザーに「料理が好きなら」と 勧められたサウス・シアトル・カレッジのキュリナリー・プログラムに入学。料理の基礎から学びながら、シアトル市内のイタリア料理レストランやフランス料理レストランのメニューを見、作り方がわからなければ店に頼んでキッチンで働かせてもらい、自宅でその味を再現したり、自分なりのアレンジを加えてみたりする学生生活を送る。
上司の言う通りに料理を作りながら、頭の中では常に「自分の店ならどうするか」と考えていたが、卒業してレストランで働くうち、「フランス料理をベースとしながら、できるだけ油やクリーム、バターを使わず、日本の味も取り入れ、素材の持ち味をいかすのが、日本人である自分の料理」と気づく。独立するにあたって、自分の考えを打ち出すメニューを作り、小規模ワイナリーから甘みを抑えたワインや日本酒を揃えるようにした。
女性からの注文が多いという野菜のテリーヌは、いろいろな花が一度に満開になったような、美しい一品。芯を削ぎ叩いて柔らかくしたちりめんキャベツを包みにし、じっくりローストしたビーツや生のオクラ、湯通しした蕪などをハーブをたっぷり使った野菜のブロスで固め、トマトのパウダー、ベビーキャロット、チャイブ、セロリとレモンの3種類のピューレ、赤しそのシャーベットをあしらい、いろいろな食感と風味が楽しめる。
チーズクロスで包んで白味噌などに漬けパンフライしたキンキの西京焼きは、柚子胡椒やねぎ油を隠し味に使ったパルメザンチーズのリゾットの上に乗せ、黒い丸皿に刷毛で塗ったレモンソースに、蕪、春の赤玉ねぎ、セロリの浅漬け、自家製のハーフドライトマトをあしらう。「漬物御前をイメージしてみました。本当は金目鯛を使いたいのですが、季節が終わってしまったのでキンキにしています。他の店でも食べられる魚は出さないようにしたいので」。
デザートには、ふんわりとした舌触りを出すためホイップクリームで作ったアイスクリーム。赤ワインなどで煮た季節のベリーの上に乗せ、丸い大きなガラス皿でラズベリーのパウダーをあしらってサーブする。ベリーの酸味で口の中がサッパリ。盛り付けにもシェフの個性が出るが、フランスと東京の料理を紹介する本や写真を見ながら、「もっと美しく盛り付けたい」と工夫しているという。
オーナーシェフとなって変わったのは、「自分が一番働いて、みんなについてきてもらう」という意識を持つようになったこと。歩いていてふと見つけるという流れが難しい住宅地にあるため、まず存在を知ってもらえるようメディアやブロガーなどと関係作りをし、地域住民にネイバーフッド・レストランとして受け入れられるようにしていくことを意識している。「近所の人たちが誕生日やアニバーサリーとか特別な日に来店してくれて、本当に嬉しいんですよ」。
目標は、ユニークさを意識し、全米で評価されるシェフになること。「フランス料理がベースですが、どんな感じに日本を融合させて日本の良さを表現できるか考えるのが、これからの挑戦です」。
掲載:2017年5月 文・写真:編集部