– 持ち歩きやすい小型本なのに、植物の写真と説明はもちろん、写真、歴史的なことまで盛り込まれていますね。さまざまな情報を取捨選択して掲載するのは大変だったのではと想像します。
<この本は、できれば植物だけの図鑑にはしたくなかったのです。植物が私たちの生活や文化、動物のくらしとつながっていることなどを少しでも感じてもらいたいなと思って作りました。それで、本の表紙も、人と熊と植物を描いてもらいました。ちなみに表紙の男の子のモデルは、私の息子です。ただ、フィールドで植物を実際に見た際に図鑑として使える本にもしたかったため、それぞれのページに入れこむことができる情報には限界もありました。ですが、反対に、単なる名前や植物の特徴だけでなく、それに関わる様々な事柄を知ることができて、それこそ自分が一番勉強になりました。
– 月並みな質問ですが、どういったところに一番苦労されましたか?
今回の本の構想を思い立った時、3年間かなりたくさんの写真を撮影し、植物を同定(その名前であることを調べあてること)してありましたが、書籍として印刷するには不十分だったため、改めて撮影に行かなくてはならなかったことが大変でした。四国の半分ほどの大きさにあたる総面積9000平方キロの園内で、場所と開花時期をぴったりあわせて、その植物を見つけ出すのは至難の業です。特に、イエローストーン国立公園は高地にあるため、花の開花期はとても短く、また撮影に行っても花がすでに終わってしまっていて、翌年に持ち越すことになったものもありました。
– かつて咲いていたとしても、また咲いている、行った時に咲いているとは限らないわけですね。
例えば、昔、火山が噴火し、今は岩がごろごろしている標高3千メートルぐらいのところで、1メートルぐらいある大きな岩にしがみつくような感じで生えている直径3mmほどの小さな植物を改めて撮影するために、またそこまで登らないといけなかったこともありました。生えている場所は知っていても、必ず今年も生えているとは限りませんし、撮影できるほどの天候に恵まれるとも限りません。その日は午後になってから天候が悪くなり、「わざわざ登っても、いい写真が撮れるかどうか」という状態でしたが、幸いにも花が咲いていて、それほど小さな花でもなんとかピントが合うだけの自然光があったので、なんとか撮影することができました。
– 植物は似たようなものがたくさんありますが、どのように判別するのですか?
植物の特定には、地面から掘り取った標本を顕微鏡で確認する方法などが最も確実です。でも、イエローストーン国立公園内では植物の採取は禁止されていますので、撮影した写真のみに頼って特定することになり、これもとても難しいです。その植物を最も正確に表すのはラテン語の学名なので、今回の本にその学名を掲載するにあたって間違いがないように、判別にはかなりの時間を費やしました。
植物というのは、正確な判別が非常に難しいものです。「あれかな」と似たようなものを思い浮かべてわかった気持ちになることはできます。また、英語では同じ名前でも、違う植物というのもよくありますから、正確な判別にはラテン語での学名を知る必要があります。学名は属名と種小名という二つの部分で成り立っていて、属名が同じだと近似種であるといえます。つまり、「デルフィニウム(Delphinium)」という属名が同じでも、その次に続く種小名が異なれば、「デルフィニウム属の仲間であることは間違いないが、違う種類」と判別することができます。
植物を調べ始めた最初の頃は、知った気分になりやすかったのですが、知れば知るほど難しくなりますね。知らなかった時、知っていると思い込んでいた時の方が楽でした(笑)。年月を経ると簡単になると思っていましたが、その逆です。かつて教わった植物の先生が植物を判別する時、「わからないわ」とすぐに言う方で、私は「なぜ先生はわからないと簡単に言うのだろう」と思っていたことがありました。今振り返ってみると、植物の判別にはものすごく細かく確認しないといけないことがあるので、その先生は「そこまで確認するまでは確実には言えない」という意味で「わからない」と言っていたのではないかと思うのです。まるで人生経験のようですね。
– イエローストーン大生態系で見られる植物の中に、ワシントン州でも見られる植物があるそうですね。
この本に掲載したすべての植物を調べたわけではありませんが、ロッキー山脈の植物として、モンタナ州でもワシントン州でも、少なくとも近似種のものがたくさん見られると思います。
例えば、日本人にも馴染みのあるカタクリの花は、ラテン名は「Erythronium japonicum」ですが、USDA の Natural Resources Conservation Service によると、その近似種で、英語では一般的に Glacier lily と呼ばれる Yellow avalanche-lily(Erythronium grandiflorum)、そして White avalanche-lily(Eythronium montanum)は、ワシントン州にも咲いているという記録がありました。
– この書籍の制作で、外山さんにとって一番楽しかったこと、やりがいを感じたことはどんなことですか?
一番楽しかったのは、自分がその植物について深く知るにつれて、自分がいかに無知であったかをさらに思い知り、非常にいろんなことを学ぶことができたことです。また、家族、息子と一緒にイエローストーンのあちこちの野山を歩き回り、多くの植物(そして、数えきれないほどのバイソンや熊などにも)に出会えたこともあります。息子も一緒に学び、大きくなりました。おかげで、植物といえば、風景写真的なものではなくマクロ写真を撮影するのがふつうだと考えるようになりました(笑)。イエローストーンを訪れるお客様に「日本語の植物図鑑を作っている」と言うと、「そんな図鑑がでるならぜひ購入したいから、早く作って!」と背中を押されたこともあります。そして、大学院時代の植物の先生や、日本での植物の先生と、今回の出版を通じてさらに深いつながりを持てたこともありがたく思っています。
―ありがとうございました。
『Thumbs Up Yellowstone!!』
価格28ドル(日本国内2800円)
米国での購入方法:アドベンチャーイエローストーンに小切手を送付し、郵送してもらうことができます。
Adventure Yellowstone, Inc.
PO Box 746, Bozeman, MT 59771 USA
Phone/Fax: (406) 585-9041
SeeMontana@aol.com
www.national-park-tours.com
外山万由さん(とやま・まゆ)略歴
幼少のころより植物の好きな母、写真の好きな父とともに日本各地の山を歩き、植物を観察、図鑑で名前を調べるなど、自然に親しむ生活を送る。大学卒業後、しばし普通の会社員生活を送った後、日の当たらないビルの中で毎日を過ごす一生を送ることに疑問を持ち、学生に逆戻り。ランドスケープや植物生態学などを学び、卒業後は公園での勤務を経て渡米、大学にて植物教育の準修士号を取得する。最近は好奇心旺盛な息子とともに植物の写真を撮りながら野山を歩いたり、熊をはじめとする野生動物の生態が専門の夫とともにアドベンチャー・イエローストーン株式会社にてこれまで培ってきた植物の知識を生かし、自然の面白さ、不思議さ、すばらしさを少しでも伝えようと、お客様を案内する日々を送っているが、実は自分が一番大自然から教えられ、目からウロコの日々を過ごしている。2018年3月にイエローストーン大生態系では初の日本語での植物図鑑を出版。
掲載:2018年6月