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文字・文学・茶道を通じて春の訪れを満喫 『さくら会』 レポート

ワシントン大学の中庭 『The Quad』 のソメイヨシノ

日本を象徴する花、さくら。

その美しさ。
その散る様。

日本文化のいたるところに登場するさくらに、私たちはあらゆる場面で幼いころから親しんできました。日本から遠く離れたここシアトルにも、いたるところにさくらの木が植えられ、春の訪れを告げてくれます。

なかでも名門ワシントン大学のソメイヨシノの並木は気品にあふれ、毎年たくさんの人が花見を楽しむ場として愛されてきました。

ワシントン大学のポール・アトキンス准教授

去る3月8日、その木の下で春を満喫する催しを、ワシントン大学のポール・アトキンス准教授・アジア言語文学科科長・日本古典文学専攻、書家・文字文化文筆家の宇佐美志都さん、East-West Chanoyu Center の佐川明美さん・清水こうさんと協力し、開催することができました。

(左から)宇佐美志都さん、清水こうさん、佐川明美さん

前日まで雨が降ったりやんだりの天気が続き、当日も朝から曇天で一段と寒く感じられましたが、幸いにも開催直前には雲の合間から日が差し始めました。

午前中のワシントン大学の中庭は相変わらずたくさんの人が行き交っていましたが、宇佐美さん、佐川さん、清水さんのあでやかな着物姿に、ふと立ち止まって声をかける人、写真を撮影する人が。宇佐美さんがさまざまな表現で書いた39種類の「さくら」の短冊を木からつるし、野点の準備が整うと、「何が始まるんだろう」と不思議そうな表情の人たちがたくさん集まりました。事前に Twitter や Facebookで知って参加した方も多く、広がりを感じます。

ワシントン大学のポール・アトキンス准教授が開会の言葉を述べた後、和歌に見られる春の表現について解説。桜を詠んだ和歌は多く、さまざまな心情が桜の様子を通して伝えられています。

ポール・アトキンス准教授

ひさかたの光のどけき春の日に
 しづ心なく花の散るらむ
 (古今和歌集 紀友則)

空蝉の世にも似たるか花桜
 咲くと見しまにかつ散りにけり
 (古今和歌集 読人知らず)

面影に花の姿を先立てて
 幾重越え来ぬ峰の白雲
 (新勅撰和歌集 藤原俊成)

宿りして春の山べに寝たる夜は
 夢のうちにも花ぞ散りける
 (古今和歌集 紀貫之)

日本人なら、学校で習った記憶が呼び覚まされます。それを、アメリカの大学の庭に大きく枝を広げ、こぼれんばかりに花を咲かせたソメイヨシノの下で、アメリカ人の教授の口から聞くことになるとは、人生とは不思議なもの。人間の心のうつろいはこれらの和歌が詠まれた頃とそう変わらないかもしれません。しかし、自分の心や自分を取り囲む自然と真摯に向き合い、細やかな変化を俯瞰することの大切さを、これらの和歌が改めて気づかせてくれたようです。

続いて、書家・文字文化文筆家の宇佐美志都さんによる、日本語ならではの表現と、文字が生み出した文化についてのお話。かつて「花が咲く」と言うと、「さくらが咲く」という意味として通じていたほど、さくらは日本人の心の大きな部分を占めていたそう。さまざまな表現で「さくら」を書けるのは日本語のひとつの特性であり、誰かに伝えたい気持ちが言葉を生み、後世に伝えたいという願いと努力が文化を育だ、と宇佐美さん。「花はひとつひとつ違いますね。さくらは、日本の心であると共に、ひとりひとりの個性を尊重し、大きな木となるアメリカに住む私達の姿のようにも感じます。あなたの人生にも、あなただけのさくらが咲きますように」。

シアトルでは茶道も盛んで、さまざまな教室がありますが、ふと通りがかって茶道の実演を目撃することはまれ。佐川さんが英語で「茶道は静穏の美。過去も未来も忘れ、今を楽しみましょう」と声をかけ、亭主としてお点前を披露し、正客の清水こうさんがお茶を味わう間、中庭にはさまざまな音があふれつつも、催しの空間だけは別世界が広がりました。着物姿のお二人の流れるような所作はもちろんですが、お点前を終えた後に、気軽に質疑応答に応じてくださったおかげで、茶道がぐんと身近になった気がします。

ツイッター @junglecity を見て参加したという日本人女性は「毎年このワシントン大学のさくらを見にきますが、今年はこの会のおかげでもっと満喫できました」とのこと。また、ベルビュー・カレッジに留学中という日本人女性は、「想像以上に癒されました。和歌について、書道について、そして茶道についての話を聞いたり、見たりして、改めて日本人としてのアイデンティティが呼び起こされたような気がしています」と話してくださいました。

大きな枝をさまざまに広げ、気品を感じさせるソメイヨシノ。文字・文学・茶道を通じて春の訪れを満喫するこの催しを、今後も開催していきたいと思います。

撮影:サリーン香也子

掲載:2016年3月

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