シアトル地域を含む米国北西部では日本関連の祭りやイベントで常連となっている和太鼓。趣味としても人気が高く、愛好家グループの数は10にものぼる。その一方で、和太鼓のプロが舞台芸術として披露するパフォーマンスを見られる機会は少ないのが現状だ。
そこで、「太鼓の魅力を伝え、言葉と文化を越えて楽しく集える場所を創りたい」と、2009年に『太鼓の学校』を創立しクラスを開講しているプロの太鼓奏者、立石鈴太郎さんと立石あさこさんが、ベルビュー初の太鼓フェスティバルを企画。約1年をかけて作りあげた舞台とワークショップのプログラムは完売し、10月18日・19日の2日間で約900人の観客を動員することに成功した。
フェスティバルの幕を開けたのは、日本を代表する太鼓集団の今福座。かつて鬼太鼓座で活動をともにし、舞台形式の和太鼓演奏の基盤を作った太鼓の第一人者として知られる今福優さん、そして末長愛さん、堂本英里さんによる3名のユニットで、ユーモラスな石見神楽が会場を一気に別世界に引き込んだ。続くベルビュー高校とチヌーク中学校のブラスバンドと和太鼓とのコラボというユニークな演目は観客と学生たちの双方にとって面白い体験となり、会場は温かい拍手に包まれた。
鬼太鼓座のアーティスティック・ディレクターとして、カーネギーホールをはじめとする世界各地の劇場で公演を行い、7年にわたりウォルト・ディズニー・ワールドなどでも演奏を行っていた鈴太郎さん。そして、太鼓・津軽三味線・篠笛・琴の演奏者として、そして日本でトークショーや MC、イベントの企画コーディネートのキャリアを積んできたあさこさん。2人のこれまでの活動がすべて実を結んだ形となったこのフェスティバルは、鈴太郎さんとあさこさん、そして息子の颯春(そうしゅん)君が今年結成したプロ集団『ちきり』の正式デビューの場にもなった。鈴太郎さんが作曲した2曲も披露され、今年中学3年生の颯春君は、少しのアドバイスだけでほぼ一人で組み立てて練習したという演奏で会場を沸かせた。秋祭りやパーティなど、今までもたくさんの演奏をしてきた颯春君だが、今回は演奏することに特別な責任を感じていたという。「今回の演奏を終えて趣味で楽しくやってきたものが “生きる道” になったようにも感じた。拍手をもらったときには、”無事に自分のパートを終えることができた” と嬉しかった」。
休憩を挟んで始まった第2部は、和太鼓の真骨頂を体験する「本番」。今福座による太鼓にあわせて大蛇が縦横無尽に動き回るかと思えば、面をつけた奏者が笑いを誘う。そして、舞台中央に登場した大太鼓。今福さんが強烈な存在感を放つその大太鼓に向かって構えた次の瞬間、澄んだ音が響いたかと思うと、激しい連打が一気に展開。変幻自在のその音は、強弱を変えながら巨大なうねりのように会場を駆け回り、聴く者に息をつかせない。それは大太鼓の向こう側で連打する堂本さんと、こちら側の今福さんの息がぴったりあってこそだが、今福さんに重なって堂本さんの姿がほとんど見えないため、あたかも今福さんと大太鼓が一緒に奏であっているかのよう。「プロの太鼓の音は違う」と聞くが、その演奏はまさに太鼓が喜んでいるようで、鳥肌が立つ。出演者全員による『打つ八丈』のそろい打ちのフィナーレでは、その激しさ、そして緊張の中にもユーモアを忘れない今福座とちきりのメンバーに熱い拍手が沸き起こり、スタンディング・オベーションとなった。
あさこさんのもとには、来年の開催を希望する声が早くも届き始めている。「たくさんの方々のご協力と、太鼓の無邪気な魅力、そして二つ返事で飛んできてくれた今福座のおかげ。自分たちの今までの経験を信じて進んできて良かった」。今後の目標は、日本の太鼓を軸にして、世界中の太鼓を組み合わせていくこと。「太鼓は、体力にも精神力にも限界のある生身の人間がたたくからいい。人間の力でしかできないことがあるということを、子供たちにも伝えていきたい」。
このフェスティバルに寄せられた協賛金とチケット代の一部は震災で楽器を失った東北のコミュニティに、世界的に有名な石川県の浅野太鼓を提供する資金に充てられる。
掲載:2014年11月