在シアトル日本国総領事館の山田洋一郎総領事が約3年の任期を終え、次の赴任地に向かわれることになりました。この広大で多様な国が直面している前例のない状況におけるシアトルとワシントン州の対策と変化を目の当たりにしてこられた山田総領事に、メディアリテラシーについて、そしてこの状況で一人一人ができること、日本語メディアのあり方などについて伺いました。
※メールで質問をお送りし、ご回答いただきました。
在シアトル日本国総領事館の管轄地域であるここワシントン州でも、今年に入ってから新型コロナウイルスの感染拡大が続いています。さらに、5月末からは警察による人種差別・暴力に対する抗議活動が続いており、前例のないことが次々と起きる状況です。そんな中で、メディアリテラシーの大切さと、その育み方についてどうお考えでしょうか。
新型コロナにしても、BLM の抗議活動にしても、テレビやネットを見るといろいろな情報と解説が出回っていて、本当に何を信じていいのか分からない状況です。アメリカではこれから大統領選挙が山場を迎える中で、2016年の時と同じように、様々な狙いをもった情報が次々と発信されることでしょう。テレビや新聞や雑誌しかなかった昔は、誰が情報発信の責任を持っているのか明確でした。ところが、インターネットの時代となった今は、少しグーグルで検索すると、根拠も乏しいのに専門家のようなコメントをする個人のブログが山ほど出てきます。中には悪意ある巧妙な情報操作すらあります。ネットの場での誹謗中傷やいじめの問題も、規模こそ違いますが根っこは同じです。
こういう社会にどう対処するかですが、結局のところは、情報を消費する我々が個人として、批判的な観察眼と健全な常識を持たなければならないのだと思います。これが英語のメディアリテラシーという言葉の意味だと思います。ですが、情報の海の中で方向性を失わずにいるのは容易なことではありません。自分の関心事項に合うような記事が沢山送られてくるので、ネットばかりを見ていると、気づかないうちに視野が狭くなってくる危険があります。子どもへのネットの影響は特に心配ですね。
私は、やはり家族や友人と日頃から何でも話をすることが大切だと思います。政治問題や社会問題などもタブー視せずに、家族の中で子どもも一緒に考えながら話し合うことが、子どもが健全な判断力を養う上で大切なことだと思います。アメリカの学校ではそういう問題を正面から議論することを奨励していますね。日本社会には昔から、厄介な事柄から目を背けて議論をしないという事なかれ主義的な風潮が見られますが、タブーなく色々なことを語り合える雰囲気を社会の中に作っていくことが重要だと思います。
この地域に住む一人としてそれぞれができることにどういったことがあるでしょうか。
「自分がなぜアメリカのこの地域に来ているのか」ということに応じて、それぞれ出来ることがあると思います。ボランティアや寄付はとても有効な社会貢献の一つですが、身近な人間関係を大切にするだけでも十分な貢献になると思います。企業の駐在の方ならビジネスの相手との取引上の信義を大切にしたり、近所に住んでいるアメリカ人と挨拶や声がけをするなどのことです。そのような小さなことが積み重なっていくことで、アメリカ人の間に日本人に対する好印象が生まれますし、そこから日本人の学生のホストファミリーになろうかなどと思う人も現れて、交流と信頼の好循環が生まれていきます。一人一人の誠実な振る舞いが、日米関係を支える厚い信頼関係を作っていくのだと思います。
この地域での日本語メディアの今後のあり方についてご意見があればぜひ。
ジャングルシティは私もよく目を通しています。社会問題のほか、食事、観光、歴史など広い話題がカバーされているので、シアトルを知る上でとても参考になります。ソイソースやライトハウスも、大変重宝して読ませていただいています。先ほど触れましたように、アメリカに住んでいると、多くのアメリカ人が社会問題を率直に議論したり行動を起こしたりしていることを肌で実感します。日本語メディアに期待したいことは、アメリカの抱える問題を報道するなかで、アメリカ社会に特有の率直さや行動を起こす勇気といった視点にも焦点を当てることで、日本の読者にインスピレーションを与えていただくことです。
次の勤務地に向かわれる前に、この地域の日本人在住者に伝えたいと思われることは。
この3年間にいろいろな経験をしたことで、日本やアメリカを見る視野が広がり、様々な大切なことを学びました。計画している行事を実現するために企業や個人の方々にご協力をお願いしたことも何度かありましたが、皆様が快く応じてくださったことに心から感謝しています。想い出を挙げればきりがありませんが、その幾つかは総領事館のホームページに掲載している私のブログ 『総領事の見聞録』 の最終回に書く予定ですので、よろしければご覧下さい。
アメリカと日本の関係はきわめて良好ですが、関係が緊密なだけに新しい課題も生まれています。日本人移民とその子孫の方々が戦前からモットーとされてきたように、我々は皆「お互い様」の関係の中で生きています。イベントがあれば参加したり、困っている人がいれば力になったりして、自分のできる形で協力し合うことが、住んでいる場所や時代を問わず、生活の安心と充実につながる英知だと思います。
ありがとうございました。
山田洋一郎総領事 略歴:1984年外務省入省。東京大学で学士号、コロンビア大学で行政学修士を取得。モスクワ、ブリュッセル、ワルシャワ、ニューヨーク、ナイロビで勤務し、ケニヤ公使とベルギー公使を歴任した後、2017年4月に在シアトル日本国総領事に就任。趣味はゴルフ、碁、ピアノ。
掲載:2020年7月