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【シアトル発】世界で評価される理由 – 是枝裕和監督インタビュー

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作品が世界各国で高い評価を得ている。映画マニアの多いシアトルでも名前が知られている。そんな是枝裕和監督は、何を意識して映画を制作し、どう世界を意識しているのか。現在開催中の第43回シアトル国際映画祭でシアトルを訪れた是枝監督は、「自分のキャリアを振り返るようになったら終わりだよな」と苦笑いしながらも、これまでの作品や次作のエピソードも交えて語ってくれた。

是枝裕和監督

- 世界各国の名だたる映画賞を受賞し、これまでさまざまな評価をされてきたと思いますが、ご自分ではどこがウリだと?

うーん、自分自身のウリは聞かれたことないな(笑)。身近な出来事がテーマなので、誰もが親近感を感じられるところですかね。

自分の母親を色濃く反映させた作品 『歩いても歩いても』 を最初に観たフランスのエージェントには、「ローカル過ぎて理解されないだろう」と言われたのです。しかし、母親役の樹木希林さんの演技力によるところが大きいと思いますが、実際に上映されるとどこの国でも「あれは自分の母親だ」などという反応がありました。

それで、国際的な作品にしようと意識しなくても、自分にとって強い思いを丁寧に描けば、普遍的なものになるのだと思いました。それからは、どうしたら伝わるかは一切考えずに、自分が作りたいものを作っています。今回の上映作 『海よりもまだ深く』 も、100%伝わっているとは思いませんが、それは日本人にしても同じですから。

Mr. Holmes

『海よりもまだ深く』

- では、その作りたいものとは?

何だったのでしょうね(笑)。『海よりもまだ深く』 の場合は、「台風の後の団地の芝生はきれいだよ」という映画にしたかったです。ラストは「何も解決しないけど芝生はきれい」にしようと、そこだけ決めていました。

- 監督ご自身が実際に暮らしていた団地で撮影されたそうですが、ご自分の記憶の中にある風景から生まれた映画だと?

そうですね。『そして父になる』 の場合は、凧揚げです。自分に娘ができて、あるお正月に、近くの公園で凧揚げを見た娘が「やりたい」と言ったのです。その時初めて、僕は凧が揚げられないということに気づきました。

凧揚げは、基本的に父親に教わるものです。大人の男が揚げた凧の糸を、子どもが手にして一緒に引くものなので。しかし、僕は自分の父親と仲良く遊んだ記憶がなく、凧を揚げたこともないのです。それで、娘に「あれは女の子の遊びじゃなく、そんなに楽しくもないよ」と適当なことを言ってごまかしたのですが、たまたまその場にいた友達のお父さんが誘ってくれて、その家族とともに娘が凧揚げをして喜んでいて‥‥。その時に、やばいと思いました。凧が揚げられない父親に育てられた僕は、父親になった時にも凧が揚げられない、これは DNA のように連鎖していくことだと重く考えて(笑)。

『歩いても歩いても』 は、天ぷらを揚げる音でした。天ぷらが大好きなのです。おじいちゃんやおばあちゃんがいる三世代の大家族で、みんなで食べると美味しい料理だと思っています。でも現代の家庭ではあまり揚げません。油を片付けるのが面倒臭いので、少人数の食卓に天ぷらは合わないのです。そうなると、家庭の天ぷらは今はほとんど見られない光景という寂しさが感じられます。それも、ある種の、日本人以外にしか伝わらない話なのですが、例えばインド人にはインド人にとっての同じようなイメージの家庭料理があると思うので。

是枝裕和監督

シアトルのエジプシャン・シアターで開催された上映会での Q&A

- ご自分の転機となった作品をあげるとしたら?

オリジナルの脚本で最初に撮影した 『ワンダフルライフ』 と、まだ20代の頃にデビュー作のつもりで脚本を書いた 『誰も知らない』 は、自分の中でのスタートだと思っています。『歩いても歩いても』 は母親が亡くなった後に作った映画で、自分のキャリアの方向性が見えてきた作品ですし、次作 『三度目の殺人』 は、これまでと違うアプローチをしているのでまたエポックになると思います。

- 『三度目の殺人』 は法廷ものですよね?

撮影してみたら法廷シーンがあまりなく、刑務所での接見室の場面が圧倒的に多いです。「人と人が向き合って話す」、そういう映画です。「日本で、殺人に至った理由は関係なく、二度殺人を犯すと死刑になる」というシステムが、意外と単純だと思ったところから生まれました。

最初は「一度目は憎くて殺し、二度目は誰かを愛して殺し、しかしはたから見るとただの殺人犯」という話にしようかと思っていたのですが、撮影は終わりましたがまだ編集中なので、最終的にどうなるかはわかりません。6月末に完成します。

是枝裕和監督

ワシントン大学で開催された対談にて

- 監督の書いた脚本は、撮影現場でどんどん変わっていくそうですが、編集段階でも変わるのですか?

編集中にテーマが微妙にシフトすることはよくあります。また、編集は撮影中に始めるので、撮影し、編集しながら脚本を書き直し、また撮影というように、3つを同時進行で行うことになります。

『海街 diary』 は原作があるけど、原作者が「現場で思いついた面白いことはどんどん取り入れてもらって構いません」と言ってくださったので、同じように撮れました。現場で発見して、良いと判断したことは間違いないという自信があります。ただ、僕が一行変えるだけで現場スタッフは右往左往しますから、そこを見極めながらやっていく作業がなかなかスリリングです。

原作、撮影、編集を一人でやるのは大変ですがメリットが多く、僕にしてみれば圧倒的に面白いです。僕は起きている時間の8割ぐらいは仕事をしているので、楽しくなかったらやっていられないとも言えますが。

- 今回のシアトル訪問でも映画祭や大学での講演などびっしり詰まったスケジュールの合間に、このようにインタビューに対応していただいていますが、その8割の仕事時間に組み込まれる宣伝活動なども楽しいと言えますか?

宣伝自体が楽しいわけではないですけど(笑)。人に説明することで、整理できることがあります。「撮り終わって、しゃべって、決着をつける」、そこで初めてこの作品が自分にとって何だったのかがわかります。特に海外で、外国のプレスと話していると鍛えられます。

「自分のウリは何か」「そこが日本人であることとどうつながっているのか」など、外からくる質問は日本の中にいるとまったく気づかないものなので。『海街diary』に関して、ヨーロッパで「時間の流れが円環だ。そこが小津に似ている 」と言われました。最初よく意味がわからなかったのですが、よくよく聞いてみると、小津安二郎の映画は「一周回ってちょっと違うところに着地するのが人生」という面があって、そこに「時間が円環に流れている」と感じるようです。確かにそれは『海街diary』の原作にも通じるところがあります。

では、ヨーロッパの人にとって時間はどう流れるのかと問うと、「過去から未来にまっすぐ直線で流れるものだ」と言われました。 僕の中でも時間は円環に流れているイメージがあるのですが、それが日本人であるからかはわかりませんが、質問されて初めて気づかされたことです。

- ありがとうございました。

是枝裕和(映画監督/テレビディレクター)
東京生まれ。1987年に早稲田大学(第一文学部)卒業後、番組制作会社テレビマンユニオンに参加。2014年に制作者集団「分福」を立ち上げ、独立。作品に、ベネツィア映画祭「金のオゼッラ賞」を受賞したデビュー作『幻の光』(1995年)をはじめ、『ワンダフルライフ』(1999年)、主演の柳楽優弥がカンヌ国際映画祭史上最年少で最優秀男優賞を受賞した『誰も知らない』(2004年)、『歩いても歩いても』(2008年)、カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した『そして父になる』(2013年)、カンヌ国際映画祭正式出品『海街diary』(2015年)、カンヌ国際映画祭正式出品『海よりもまだ深く』(2016年)などがある。最新作『三度目の殺人』が2017年9月全国公開予定。
【公式サイト】 www.kore-eda.com

『海よりもまだ深く (After the Storm)』
売れない小説家で興信所で働く篠田良多(阿部寛)は、いつか売れる作家になることを夢見ながら、賭け事に金を使ってしまう情けない男。それが原因で妻(真木ようこ)に離婚され、一人息子とも月に一度しか会えない。しかし、ある台風の日、良多の母親(樹木希林)が一人で住む団地に、”元家族” が集まり・・・。夢見た未来と、少し違う今を生きる大人たちを描く感動作。監督は是枝裕和。出演は阿部寛、樹木希林、真木ようこ、小林聡美、リリー・フランキー、池松壮亮、橋爪功。主題歌と音楽はハナレグミ。
【作品公式サイト】 gaga.ne.jp/umiyorimo/

インタビュー:2017年5月 取材・文:渡辺菜穂子

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