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Music of Remembrance 役員会副会長・田口恭子さん「それぞれが次世代に歴史を伝えることが急務」

ホロコースト時代の音楽を再発見し演奏するとともに、悲劇・勇気・インスピレーションのストーリーを語る、30を超える新作を今日の著名な音楽家に委嘱・初演してきたMusic of Remembrance(ミュージック・オブ・リメンバランス)。『Voices of Witness』 と題された創設20周年にあたる今シーズンは、広島と長崎の原爆の犠牲者を偲ぶ坂本龍一と藤家渓子、戦時中の日本人・日系アメリカ人の経験にインスピレーションを得たクリストフ・シャニャールの作品を発表します。

2004年から役員会副会長を務めている田口恭子さんに、ミュージック・オブ・リメンバランスの活動の目標、歴史を知り、次世代に語り継ぐことがなぜ大切なのかなどについて、お話を聞きました。

mor-2017

Out of Darkness (2016)
May 26, 2016 | San Francisco Conservatory of Music
Jake Heggie, composer | Gene Scheer, librettist
Commissioned by Music of Remembrance
Catherine Cook, mezzo- soprano; Caitlin Lynch, soprano; Michael Mayes, baritone; Robert Orth, baritone; Ava Pine, soprano
Mikhail Shmidt, violin; Walter Gray, cello; Laura DeLuca, clarinet; Jonathan Green, double bass; Jessica Choe, piano; Joseph Mechavich, conductor
Out of Darkness is MOR’s fourth commission with Jake Heggie and Gene Scheer
Photo © Cory Weaver Photography

– 田口さんが MOR の活動に役員会副会長(Vice Chair)として参加することになったきっかけについて教えてください。

実は、「子が親を連れてくる」という形でした。MOR は David Tonkonogui Memorial Awards(※)というシアトル地域の若い音楽を学ぶ子供たちに対する賞を出しておりまして、5年ほど前に私の息子が当時通っていた音楽学校の先生から「音楽的にも社会勉強にもとても役立つ賞なのでぜひ検討しては」と勧めていただき、初めてこの団体のことを知りました。
※2017年の締め切りは9月30日

普通は音楽の賞はただ上手に弾ければ良いことが多いのですが、MORの場合は、申し込みの時点で「ホロコースト音楽についてのエッセイ」が要求され、オーディションに受かると、弾き終わった直後にホロコーストと音楽についてインタビューされます。そのインタビューを担当するのは、ホロコーストの影響を直接的あるいは間接的に受けた方々が大半で、応募者がどれだけ真摯にこの問題を考えているかが評価されます。応募者がホロコーストのことを知り、理解し、社会正義について考え、自分の言葉でインタビューに答える準備をさせるだけでも大きな意義があるだろう、と親の立場で感じました。

その後、運よくオーディションに通った息子が MOR のステージで演奏するたび、MOR の真摯さ、コミットメント、人種や民族を超えて音楽で平和を推進する彼らの活動の意義深さにますます心を打たれました。実は私の祖父は第二次世界大戦でインドネシアで亡くなっており、戦争がもたらす悲劇について考える機会は幼い頃から何度もありましたが、実際にその過ちを起こさないように何かできないかと考え続けていたこともあって、3年前に MOR 側から役員に就任しないかと打診された時にすぐ承諾しました。役員会副会長になったのは昨年で、通常の役員としての活動に加え、芸術監督のミナ・ミラーが長い間温め続けていた日本人・日系人をテーマとした今シーズンのプログラムのサポートを行っています。

– ホロコースト、そして日系人強制収容については、多くの人が理解し、知識があると思われますか?

民族や人種による差別は、当事者にどれだけ近かったかによっても人々の理解度やアングルに差があると思いますので概論するのは難しいのですが、私個人の経験から言うと、日本でもアメリカでも自分の頭と心を使って深く考えることを学校で促されるトピックではなかったように思います。

ただ、実は調べてみるとここシアトルでも、図書館の本やビデオ、映画などは言うに及ばず、DENSHO というオンラインでの記録保存活動、パイク・プレース・マーケットにある日系人の農家の歴史が描かれたアート作品グレーン・レイクでの灯篭流し折り鶴の禎子の像ホロコースト博物館など、ホロコーストや日系人強制収容を含む日系アメリカ人の歴史について学んだり考えたりする機会はたくさんあります。それに、ジャングルシティのような日本人の方によく読まれているメディアでも素晴らしい記事や関連イベントが紹介されています。

今年は特に、日系人強制収容を定めた大統領令9066号を当時の米国政府が出してから75周年の節目にあたるため、さまざまな団体による素晴らしいイベントが多く開催されています。これらの悲劇を現在起こっていることに照らして "歴史から学ぶ"、良いタイミングだと思います。

– ホロコースト、そして日系人強制収容についての人々の理解や知識は、この20年でどういった変化がありましたか?

一つ共通して言えることは、生き証人の方々の数が日ごとに少なくなっているため、起こったことを語り継ぎ、その悲惨さを伝えるという次世代への義務が刻一刻と大きくなっているということです。

例えば、MOR の委嘱作品にある、ナチスのテレジン収容所を舞台にした 『Vedem』(収容所の若者たちが秘密で発行していた回覧誌)はシアトルですでに複数回上演しているのですが、2010年5月の公演では、テレジン収容所の生存者で 『Vedem』 の編集に実際に携わった方々4人がコンサートに駆けつけてくださいました。でも、2016年の公演の際は、その方々はすでにお亡くなりになったか、健康上の理由で、ご参加いただくことができませんでした。

日系収容所については、事情はさらに複雑で、親子間の家庭内断絶(日本人の親対日系アメリカ人の子供)や、日本の恥の文化的なものもあるのか、我が身に起こったことを語りたがらない方も多かったと聞いています。実は、今回何人かの方々にインタビューを打診したのですが、「あの時のことはあまり語りたくない」とおっしゃる方が複数いらっしゃいました。

“Farewell, Auschwitz” from Out of Darkness (2016)
May 26, 2016 | San Francisco Conservatory of Music
Jake Heggie, composer | Gene Scheer, librettist
Commissioned by Music of Remembrance
Catherine Cook, mezzo- soprano; Caitlin Lynch, soprano; Michael Mayes, baritone; Robert Orth, baritone; Ava Pine, soprano
Out of Darkness is MOR’s fourth commission with Jake Heggie and Gene Scheer
Photo © Cory Weaver Photography

– 時間がたつにつれ、生き証人も減り、社会情勢が変化し、各自が歴史を学び続ける大切さがますます実感されます。生き証人が一人もいなくなる将来、今の子供たちに事実を伝え、「歴史は繰り返す」を防ぐために、どのような活動が必要だと思われますか?

教育が果たす役割は大きいと思いますが、すべてを学校だけに押し付けるのではなく、私たち大人がそれぞれに当事者意識をもって、家庭やコミュニティ単位でできることをまずやっていくことが必要だと思います。

歴史教育は「誰かがやるだろう」という意識でいたら、時の流れとともに歴史の記憶を風化させてしまうのは時間の問題です。元プロ野球選手で野球解説・評論家の張本勲さんが「戦争で亡くなった方々は『犠牲』なのではなく『私たちの身代わり』になってくださったわけで、他人ごとにしてはいけない」という内容の発言をされていますが、まさにその通りだと思います。「なぜ」を知り、語り伝え、二度とこのような過ちを起こさないようにすることが、亡くなった方や苦労された方のおかげで今の平和や反映を享受している私たちの次の世代に対する責任だと思っています。

また、その方法も、それぞれの受け取り手の心に響きやすい方法(例えば、本、写真、音楽、美術、映画、講演会など)の多様性が望まれます。例えばアウシュビッツ収容所の線路の先に恐ろしい建物が口を開けて待っている古い白黒写真を見たことがある方は多いと思いますが、実際にユダヤ人虐殺が行われたのは、白黒で時の止まった世界ではなく、青い空の下で、花が咲き、鳥が歌っていた、今と変わらないような日々でした。音楽は、そのリアルさを歌詞やメロディにのせて、「今、ここ」の臨場感を持って私たちに語りかけてきます。このプロジェクトを進める中で多くの方にお会いしましたが、その中で「日系収容所の映画や本はたくさんあるけれど、音楽は今までなかったような気がします。がんばってください」とおっしゃって下さった日系人の方のお言葉は忘れられません。

ホロコーストや日系人強制収容などの悲劇は、たった一人の人間が引き起こしたことではありません。繰り返しになりますが、その人を取り巻く普通の人たちが実行してしまったという事実をしっかりと心に刻み、古い写真の中の過去としてではなく「今、ここで起こりえること」として私たちの世代が引き継ぎ、当事者の方々の努力によって今の平和を享受していることを思い出しつつ、それぞれの家庭やコミュニティで語り継ぎ、その子供たちがさらに下の世代に伝えていくようにすることが急務だと思います。

– 坂本龍一さんに作曲を委託することになった経緯はどういったものだったのでしょうか。

初めて坂本龍一さんにお会いしたのは、坂本さんが数年前にシアトルで映画音楽のレコーディングをしていらっしゃった時で、個人的な音楽関係の繋がりを通してご挨拶をさせていただきました。その時は喉頭ガンの闘病から復帰された直後でしたので、MORのために曲を書いていただこうという考えは少しもなく、一ファンとして「ご回復おめでとうございます」と申し上げたかったのです。その後、当時日本でいろいろな社会活動や、平和のための活動、また東北大震災で被災した若い方々のサポートをされていることなどを知り、感銘を受けました。

それと前後して、MORの芸術監督であるミナ・ミラーから「20年目のシーズンはホロコーストからテーマを広げて原爆や日系人の強制収容所などに取り組みたいけれど、どう思うか」と相談を受けていたため、ある時、この二つが頭の中で「もしかしたら」とスパークしたのです。

もちろん、MORは規模の小さな非営利団体ですし、坂本龍一さんもインタビューなどで「限られた自分の命を本当にやりたいこと、自分にしかできないことに使いたい」と話していらっしゃるのは存じていました。でも、「だめもと」で事務所にご連絡を取ってみたところ、数週間後に「ぜひやりましょう」とお返事を下さったのです。最初は嬉しいというよりも驚いてしまい、事実だと実感するまでに少し時間がかかりました。もはや仕事というよりは、人生が豊かになる素晴らしい経験をさせていただいています。

11月のコンサートでは、坂本龍一さんや藤家渓子さんによる原爆をテーマとした作品の他にも、ホロコースト時代にナチスの収容所で書かれたユダヤ人作曲家による珠玉の作品も演奏されます。人類の共通の平和への願いが浮かび上がるようなコンサートになるよう奏者を始め、関係者一同、心を込めてがんばっておりますので、どうぞご期待ください。

– ありがとうございました。

Music of Remembrance
音楽を通してホロコーストの惨禍に思いを馳せ、信仰・民族・性別・性的嗜好によって除外・迫害されたすべての人々を称え、私たちの記憶に残すため活動中。ホロコースト時代の音楽を再発見し演奏するとともに、悲劇・勇気・インスピレーションのストーリーを語る、30を超える新作を今日の著名な音楽家に委嘱・初演しています。公式サイトはこちら

掲載:2017年9月

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