ウォール・ストリート・ジャーナル紙やシアトル・タイムズ紙に寄稿するシアトル在住のフード・ライターで、2010年に出版した 『Hungry Monkey: A Food-Loving Father’s Quest to Raise an Adventurous Eater』 によって料理好きの子煩悩な父親として知られるようになったマシュー・アムスター=バートンさん。そんなマシューさんが8歳の娘アイリスちゃんと妻のローリーさんの3人で1ヶ月にわたり東京・中野に滞在した経験をつづった 『Pretty Good Number One: An American Family Eats Tokyo』 が、4月の出版早々から Amazon.com のアジア旅行部門書籍で堂々1位(※)になるなど人気を呼んでいる。
娘のアイリスちゃんが4歳だった時、ふと東京の話をしたのがそもそもの始まり。東京に行ったことはなくとも日本食が大好きだった父娘はそれから2年にわたり計画を練って旅費を貯め、2人だけで初の日本旅行を実現する。わずか6日間の滞在だったが、日本に夢中になるには十分だった。シアトルに戻ってきた2人は日本の思い出を語り続け、ついに妻のローリーさんに、「いいわ!そんなに東京がすばらしいところなら、アパートを借りて1ヶ月滞在してみましょうよ」と言わしめてしまう。「待ってました」とばかりにこの "挑戦" を受けてたったマシューさんは、2012年7月、世界最大のメガシティ東京の中野に確保したアパートを目指して、親子3人でシアトルを飛び立った。
「シアトル在住のアメリカ人夫婦が、8歳の子供と一緒に、東京の中野に1ヶ月滞在する。」
突拍子のない設定ではない。一見して「すごい冒険だ!」と言える出だしでもない。だが、そのおかげで、「暮らすように旅することができる」日本の日常が浮かび上がってくる。
出版おめでとうございます。最初から最後まで、大変楽しく拝読しました。ソフィア・コッポラの映画 『Lost in Translation』 を思い出させる箇所もありますが、一般的な日本人が暮らしている日本、つまりたいていの外国人旅行者は体験することがないような日本の日常がとてもよく伝わってきます。でも、日本を褒めてばかりではなく、町の景観やスーパーマーケットでエンドレスで流れるテーマソングなどに対する正直な気持ちもきっちりと書いている。それでいて、日本に対する優しさが全編を通じて感じられる。そういった視点はどのようにして生まれたのでしょう。
ありがとうございます。実は、今回のジャングルシティによる取材には、ちょっとナーバスになっていました。日本語媒体でご紹介していただくと、日本人の方々に「1ヶ月しか滞在していないのに、偉そうに本を書いて!」と思われるのではないかと(苦笑)。でも、とても好意的なコメントをいただけて嬉しいです。私がこの本を書きながら自分に言い聞かせていたのは、「1ヶ月しかいない自分には、日本の社会を批評する権利などない。」1ヶ月しかいない白人男性の旅行者だった私は、いろいろな面で見逃してもらったことがあります。例えば、日本語力や社会的な習慣の理解不足などですね。銀座の茶屋でうっかりテーブルに腰掛けてしまったこともそうです(苦笑)。でも、そんな自分がこの本を書いたのは、東京をもっとたくさんの外国人に体験してもらいたいという思いがあったからなのです。残念ながら、東京は世界の人々がこぞって訪れる場所ではなくなってしまっています。ネオンサインが並び、ハイテクなものが溢れ、クレイジーな髪型やファッションの人が歩く、エキセントリックな東京がある日本。そして、京都などに代表される寺や日本庭園といった伝統的な日本。でも、その狭間にある日常の体験がいかにすばらしいものかを伝え、たくさんの人々に東京に行ってみようと提案する必要があると感じました。
そもそも日本に興味を抱いたのは、どういうきっかけがあったのでしょう。
以前にシアトル・タイムズ紙で日本酒に関するコラムの執筆を頼まれ、資料を探しに図書館に行ったところ、漫画 『美味しんぼ』 の英語版を見つけました。英語版が出版されたばかりの2009年のことです。食に関する漫画があるなんて思いもよりませんでした。そして、『美味しんぼ』 にのめりこみ、日本への興味が強くなりました。
中野を選んだのはなぜですか?
1ヶ月滞在する場所についてはいろいろ調べて検討しましたが、最終的に長年の友人が薦めてくれた、中野の外国人向け短期滞在型アパートに決めました。中野に行ったことはありませんでしたが、地図で見ていたとおり、とても便利なところですね。観光の「目的地」にはなりえなくても滞在にはぴったりです。周辺には生活に必要な店もおいしいレストランもあるし、新宿もすぐ。娘も一人でおつかいに行ったり遊びに行ったりと、シアトルではできないことをやってのけました。
中野での1ヶ月間の典型的な一日はどのようなものでしたか?
いい質問ですね。私たちが滞在したアパートは300平方フィート(約28平方メートル)もない小さなものだったので、基本的に起きるのも眠るのも3人一緒。朝食はたいてい私がヨーグルトやシリアルなどを用意しましたが、たまにミスター・ドーナツに行きました(笑)。あそこのカスタマー・サービスはすばらしいですね。そして、昼食は中野の店で食べて、午後は中野のスターバックスで原稿を書いたり、博物館や観光名所をめぐるなど観光らしいことをしました。夕食は外食するか、近所のデリで買ったいろいろな惣菜を並べて自炊もしました。
基本的にシアトルにいてはできないことばかりの日常でしたが、たいていの人が期待するほどの大冒険をしたわけではありません。でも、日本はとにかく快適な場所です。とても機能的で、カスタマー・サービスは最高です。店員たちは仕事としてやっているのでしょうが、言語の壁を越えて、心から歓迎されているように感じました。もちろん、その一部は明らかに私が外国人だからですね。外国人であることで、ルールに従えなくても許される部分があります。でも、日本に住んでいる外国人は、私とは異なる経験をしているようですが。
文中で日本の食べ物や習慣についてわりと細かく説明している箇所がありますね。今も玄関で靴を脱ぐことや日本食について英語で説明する必要があると感じておられるのでしょうか。
実は、私が日本についてよく聞かれるのが、そういう食べ物や習慣に関することなんですよ。家族や友人に日本で育った日本人がいない場合は、よく知らないのが現状だと思います。一方、日本でよく聞かれたのは、「シアトルの人は日本食を食べますか?」という質問です。シアトルではまだまだ寿司が主流と言うと、逆に驚かれました。「なぜ?日本にはこんなにいろいろな食べ物があるのに」と。確かにそのとおりですね。
アイリスちゃんは1ヶ月の東京滞在を終えてシアトルに戻ってから、どんなふうに日本のことを見ていますか?
アイリスにとって、東京はある意味でもう一つの家になっているようです。ちょっと使い古された言い回しかもしれませんが、"Tokyo gets into you."(東京に夢中になる)という感じでしょうか。東京は彼女にとって居心地の良い場所。シアトルとは少し違う自分になるようですが、東京での時間を楽しんでいます。
文中ではよく「アイリスと僕は」という主語が見受けられましたが、奥様のローリーさんはそんな時はどこにおられたのですか?
いい質問ですね。彼女は博物館や美術館が好きで、そういったところに出かけていました。また、丸の内ビルなどの歴史ある建物もよく見に行っていましたよ。「手ぬぐい」も大好きで、いろいろ買い込んでいました。また、当初は日本食をそれほど好きではなかった彼女が、滞在の終わりごろには「どうして今まで日本食をそこまで好きじゃなかったのかわからないわ」と言ってくれたのは嬉しかったです。彼女は刺身に対しても典型的なアメリカ人の反応をしてしまっていましたから。いや、日本は実にさまざまな食が楽しめる国です。
東京に子供連れで行く外国人におすすめしたい場所を教えてください。
最も好きなエリアは浅草。昔の浅草を知っている人は「もう変わってしまった」と言いますが、それでも私にとっては歴史を感じられる、とても素敵なエリアです。東京に初めて行く人にはおすすめですね。その他にはジブリ美術館。少し離れたところにありますが、電車で簡単に行けます。そしてお台場のレゴランド。また、温泉まで行く時間的余裕がなければ、大江戸温泉物語も、アメリカでは体験できないものとしておすすめです。
また日本に行きたいと思いますか?また行くとしたら、今度はどんな滞在をしたいですか?
この本の表紙に蛸を描いてもらい、文中でもたこ焼きについて触れているのでお気づきかと思いますが、私はたこ焼きが大好きなんです。なので、今度は大阪を中心に滞在してみたいですね。でも、1ヶ月、またはそれ以上滞在するのであれば、いろいろと気になることがあります。例えば、オーガニック食材やサステナブルなシーフードの流通、そして喫煙など。それから、今度は夏以外の季節に行ってみたいです。家族の中で日本の蒸し暑さに最も弱かったのは私で、無数にあるドリンクの自動販売機のありがたさが身にしみました(笑)。
ありがとうございました。
Amazon.com: Pretty Good Number One
※ Amazon.com のアジア旅行部門でのランキングは5月31日現在で2位。
マシュー・アムスター=バートンさん 公式ブログ | Twitter
掲載:2013年5月31日