1989年にイーストサイドでは初めて設立された合気道の道場 『合気道イーストサイド』。日本でもっともメジャーな 『合気会』 に所属し、子供30人を含む70人の会員を誇るこの道場は、五月女貢の直弟子であるジョージ・レドヤード先生(6段)が経営し、週に数回にわたって子供向けのクラスが開催されています。
合気道は、植芝盛平(うえしば・もりへい)(1883~1969)を創始者とした日本の現代武道。その大きな特徴は、勝負を争う「試合」という形式をとらないこと。練習する技は、相手からの攻撃を制するもので、自分から攻撃を加えるものではありません。海外普及も盛んで、フランスなどは日本国内の合気道人口を上回るそうで、国際的な武術として広く知られています。アメリカでは開祖・植芝の直弟子である五月女貢(さおとめ・みつぎ)が1975年に渡米し、フロリダで道場を運営しながら普及活動を行っています。
『合気道イーストサイド』 で子供部門の指導にあたるのは、ディレクターのジェフ・ストランド先生。まっすぐに伸びた背筋と、お辞儀や歩き方などの立ち振る舞いがすがすがしく、その袴姿は違和感を感じさせません。「日本に在住歴があるのか、相当の日本語力のある日本通か」と尋ねると、日本に行った経験はなく、日本語も稽古で使う技の名前や挨拶以外は話せないそう。日本に過剰なあこがれがあったわけでもないというストランド先生が、合気道の世界に吸い寄せられた経緯は非常に自然なものでした。
ワシントン州ベリンハムで生まれ、幼い頃をオレゴン州で過ごしたストランド先生は、13歳から再びワシントン州ウディンビルに住むようになり、間もなくして以前からぼんやり興味をもっていたマーシャル・アーツ(武術)を習い始めます。近所にあったからというテコンドーの教室には7年間通い続け、幼い子供達の指導などを手伝っていましたが、テコンドーは蹴りワザなど攻撃が中心の武術で、ケガも絶えません。競技会や試合で勝つことだけがゴールという教室の風潮に自分自身が考える武術との違いを感じて疑問を持ち始めていた矢先、友人の紹介で合気道と出会います。武術をベースにしながらも、力による勝ち負けを否定し、技を通して敵との対立を解消するという合気道の理念に大きく心を動かされ、入門を決めました。
「レドヤード先生に出会って、合気道の持つすばらしい精神性と、競技会が全てではなく自己鍛錬に無限の可能性を見い出すという、自分が求めていた武術がここにあったと気付いた」というストランド先生。1996年から 『合気道イーストサイド』 に所属して稽古を重ね、乾いた砂に水がしみこむように、合気道の哲学を理解したそうです。2004年に有段者となってからは、ディレクターとして、同道場の子供部門の指導を任されることに。「それでも、いつかは日本に行ってみたいです」と、はにかみながら控えめに語るストランド先生からは謙虚な人柄が伺えます。
今回取材したのは、12歳以上を対象とした子供の部。1時間のクラスは、まずウォームアップから始まります。練習に参加していた11人が、最初は肩と腕を軸にしての後転を、ボールが転がっていくように何度も繰り返します。その後ストレッチをして、さらに体がほぐれたところで、稽古が始まりました。
まず、一つの技の手本を先生が見せ、その技の体捌きや力の使い方を説明します。先生の前で一列になって正座し、食い入るように見つめていた生徒たちは、今度は2人一組になり、「取り」(技を掛ける側)と「受け」(技を受ける側)の役を交互に繰り返します。先生は道場内を巡回して、それぞれのペアのところに行き、腕の位置、曲げる角度、重心の置き方などを事細かに指導し、ある程度時間が経過して生徒達がその技を習得できてきたら、次の技の練習を始めます。
毎回その繰り返しで、1回のクラスで3~5個の技を稽古します。技の稽古が終わると輪になって集まり、その日の稽古や、先生が気がついたことなどを総括して話します。最後に開祖の写真と先生に向かって礼をしたら、ぴんと張り詰めた緊張がほどけ、生徒達はなごやかな表情で道場を後にしていきました。
見学していて印象的だったのは、生徒達がみな、とても礼儀正しいこと。武道は一般に、「礼に始まり、礼に終わる」と言われますが、まさにその通りで、道場に入場するときはもちろん、壁にかかった開祖の写真を前に正座をして一礼し、道場の中心に向かってまた一礼。さらに、指導を受ける前後に、先生に向かって礼をするのはもちろんのこと、練習で組み合う相手とも礼を交わします。稽古の間中、何度礼をしているか数え切れないほどで、その度に相手に敬意を示し、気持ちが改まることにより、緊張感を生み出す効果があるように感じられました。
生徒たちがこの道場に通い始めたきっかけは、「親が合気道をやっていた」「たまたま近くにあったから」などさまざま。「戦うためのものではなく、試合もない」というところが、空手や柔道などの他の武道とは違うところで、安全に習得できる武術・護身術として選ぶ親もいます。もちろん、護身術として実用的に使えるようになるまでには相当な鍛錬が必要とされますが、年齢・性別・体格・体力に関係なく相手を制することが可能という心得があるだけで、子供達の自信に繋がるといいます。
また、稽古を重ねるにつれ、護身の心構えも強化されていき、一連の動作の中で、自分の体をコントロールする方法も身についてきます。そして、1時間の練習でもかなりの運動量になるのも魅力。また、同道場でも段級位制を取り入れており、先生から認められ昇級する際にはベルトの色が変わることが、練習の成果を表し、子供達の励みになっています。
夕方4時から始まる5歳~11歳を対象としたクラスも、基本的には同じ流れで稽古が進みますが、年齢的なことからゲーム的な要素も取り入れています。稽古は1回1時間で、週に3回(月・水・金)。合気道を始めるに必要な道着は同道場から購入できます。スケジュールなど詳しくは公式サイトで。