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「医療現場は疲弊し、人手不足の状態」バージニア・メイソン病院 感染症科指導医 千原晋吾さん

バージニア・メイソン病院 感染症科指導医 千原晋吾さん

救急・消防など第一対応者に対してバージニア・メイソン病院が
感謝のメッセージを掲げてから約2年

新型コロナウイルスのパンデミック宣言が出されてから約2年。アメリカでは2020年12月にワクチン接種が始まった後、昨年9月にブースター接種、同年11月に5~11歳のワクチン接種がそれぞれ始まり、新たな治療薬も承認され、少しずつ前進していると言えます。しかし、デルタ変異株による波に続き、昨年11月に南アフリカの科学者が報告した、さらに感染力の強いオミクロン変異株による新たな波が来ており、このパンデミックは新たな局面を迎えました。ジョンズ・ホプキンズ大学の集計によると、10日時点で世界の死者数は累計で549万人を超え、アメリカの死者数は84万人近くに達しています。ここワシントン州では、ワシントン州保健局が6日、死者数が累計で1万人を超えたと発表しました。こうした現状をどのように理解し、どのような対策を続ける必要があるのでしょうか。シアトルのバージニア・メイソン病院で感染症科指導医として勤務している千原晋吾さんに、メールでお話を伺いました。

– パンデミックの確認から約2年が経過し、ワシントン州では今、オミクロン変異株が主流となっています。新規感染者数は1日平均2000件以上、入院件数も増え、市中感染が拡大の最中にあります。ワシントン州、そしてキング郡での感染の傾向を教えてください。オミクロン変異株による感染はピークに達したと言えるのでしょうか。

新規感染者数はワシントン州でもキング郡(※)でも増え続けています。検査も足りていないので、実際には報告数よりずっと多くの患者さんがいるはずです。ピークは1月中に来るだろうと多くの研究者は予測しています。南アフリカの経験から言えば、ピークを迎えると急激に新規感染者数が減ってくると考えられています。ただ、感染者数のピークより少し遅れて、入院件数のピークと死亡件数のピークがやってくるので、感染者数のピークを迎えても、医療現場が大変な状況はその後しばらく続きます。これは、感染してから具合が悪くなるまでにタイムラグがあることと、重症化した場合、入院から退院までに数週間から数か月かかるために起こります。
※キング郡は州内最大の人口を有する郡で、シアトルやベルビューなどが含まれます。

– オミクロン変異株については「デルタ変異株よりも感染力は強いが、ワクチン接種を受けていれば症状は軽い」という理解が一般的だと思いますが、現在わかっている特徴を教えてください。

オミクロン変異株はデルタ変異株よりも感染力が強いことがわかっており、そのため、ワシントン州でも感染者のほとんどがオミクロン変異株に置き換わっています。最新の米国の研究によると、オミクロン変異株の患者はデルタ変異株の患者と比べ、重症化率は半分くらいだろうと言われています。ただ、実際に医療現場で入院患者を診ていると、オミクロン変異株と思われる患者でも非常に重症です。これだけ多くの人が感染すると、たとえ重症化率が半分でも、結構な数の人が重症になり、入院することになります。ワクチン接種をしていれば症状が軽くすむ傾向がありますが、特に高齢者や基礎疾患のある人などは重症化する場合があるので、注意が必要です。
参考:重症の説明が書かれた CDC 公式サイト『When to Seek Emergency Medical Attention

– これから数週間ではどのようなことが予想されているのでしょうか(日常生活、医療機関への影響増大、新規感染者・濃厚接触者の増加など)。

おそらく、数週間でピークが来るのではないかと私は思います。ただ、医療現場への影響はもうすでに大きくなってきています。今回のオミクロンの波より前から、長引くパンデミックで医療現場は疲弊し、医療従事者が辞めていくために、人手不足に陥っていました。さらに、オミクロンの波が起きている現在、病院でもクリニックでも医療従事者の病欠が増えています。また、働ける医療従事者たちは、仕事量の多さに参っています。病院によっては、緊急でない手術の延期を始めています。同じようなことは学校でも起こっているかもしれません。パンデミックの間、学校の教職員・代理教員やスクールバスの運転手の人手不足が言われていますが、これにさらに病欠が増えたら、学校によっては一時的にオンライン学習に戻ったり、課外活動が中止になったり、ということが起きるかもしれません。

– パンデミックの初期と異なり、ワクチンもあり、治療薬もあり、感染をできるだけ予防する方法、感染しても重症化を防ぐ方法がわかっていることのベネフィットは大きいですね。そもそも新型コロナウイルスは自分が自然に持っている免疫だけで防げる感染症ではないことがわかっています。これが「ただの風邪」になるには、どのようなことが必要なのでしょうか。現時点では、接種対象であればワクチン接種とブースター接種を受け、そして、高機能のマスクの着用、こまめな手洗い、換気の改善、集まることを避ける・延期するといった対策を続けることになるでしょうか。

このウイルスの社会への影響が少なくなるには、人口のほとんどがワクチン接種を完了するか、ウイルスに感染することにより、免疫を獲得する必要がありますが、ワクチン接種を完了することのほうが理想的です。なぜなら、感染すると、重症化や死亡、合併症や後遺症のリスクがあることと、新型コロナウイルスに感染するよりも、ワクチンを接種したほうが、より強い免疫が獲得できることが研究でわかっているからです。また、新型コロナウイルスの一つの変異株に感染して回復しても、別の変異株に感染した場合に重症化することがあることも報告されています。ですので、それまでは、おっしゃるような、あらゆる対策が必要となるでしょう。また、科学者たちは現在、ウイルスの別の部分をターゲットにした、将来の変異株にも対応できるようなワクチンを開発中です。

– 正式な検査によって新型コロナウイルス感染が確認されたわけではないにも関わらず、「あの時のあれはおそらくコロナだったのだろう。でも病院に行かずに回復したということは、私の自己免疫は普通の人よりも十分に強いか、一度感染して抗体ができたことになるはずだ。だからワクチンを接種しなくてもいい」という意見の人もいます。

CDC は、新型コロナウイルスに罹った人にもワクチン接種を推奨しています。新型コロナウイルスに感染するよりもワクチンを接種した方が、より強い免疫がつくことが研究でわかっているからです。また、新型コロナウイルスの一つの変異株にかかっても、別の変異株にかかって重症化することがあることも報告されています。

– 千原先生は、どのような対策をされていますか。

病院では、ゴーグル、手袋、N95マスクといった PPE を常に着用しています。私は未だにワクチン接種の有無がわからない人のいる集まりには行ったことがありませんし、人混みも避けています。もう2年以上、飛行機に乗っていません。基本的にバスで通勤していましたが、感染者数が増えた時や、感染力の強いオミクロン変異株が広がり始めてからは、車で通勤するようになりました。

– CDC は、濃厚接触者(close contact)の定義を「感染者から6フィート未満の距離で24時間の間に合計15分以上いた場合」としています。例えば、屋内で6フィート未満の距離で会った人から、翌日に「検査を受け、陽性が判明した」と連絡を受けた場合、どのような行動をとるべきなのでしょうか。

検査で陽性になったら、隔離(isolation)をし、他の人にうつさないようにしなければなりません。また、一般的に、上記の定義で濃厚接触者となった場合、10日間にわたり、症状が出ないかモニターする必要があります。ワクチン接種が終わっている場合(18歳以上は適応があればブースター接種も必要)、隔離(quarantine)は必要ありません。しっかりフィットするマスクを10日間つけ、症状が出なければ、最後の濃厚接触から5日後以降に、可能であれば、検査を受けてもよいでしょう。症状が出たら、その時点で隔離し、検査を受けるようにしましょう。

ワクチン接種が終わっていない方は、最低5日間の隔離(quarantine)が必要になり、症状が出なければ、しっかりフィットするマスクを10日間つける必要があります。症状が出たら、その時点で隔離を継続し、検査を受けるようにしましょう。

ただし、学校などや大きなアウトブレイクの場合は、各学区や郡政府の接触追跡の指示に従ってください。

参考:CDC『Quarantine and Isolation
CDC『Steps for Determining Close Contact and Quarantine in K–12 Schools

– 米国では、医療現場の負担が大きいことが報じられ続けています。ワシントン州でもそのように発表されていますが、千原先生の働いておられる現場ではどのようなことが起きていますか。

医療現場では特に、看護師の不足が深刻です。このため、病院やクリニックで診ることのできる患者さんの数には限りがあります。さらに、サプライチェーンの問題と検査技師の不足のため、できる検査数にも限りがあります。これは新型コロナウイルスの検査のみならず、あらゆる検査で言えることです。

– シアトル公立学区は、新学期の授業を開始する前の2日間にわたり、教職員と生徒の希望者に集団検査を行った結果、約4%が陽性判定を受けました。集まる前や旅行の前後など気になる時に家庭用検査キットを使った検査や、こうしたスポット検査を行うことは、その時点で検査を受け陽性が判明した教職員と生徒を隔離して感染拡大を抑制し、隔離しなくてはならない教職員が発生することで代理教員を確保するという目的以外に、どういった効果があるのでしょうか。検査をすることの意味と効果について改めて教えてください。

検査で陽性になったら、隔離(isolation)をし、他の人にうつさないようにしなければなりません。しかし、家庭用検査キットで使われる抗原検査の感度はあまり高くなく、必ずしも正確ではないのと、現在は感染のスピードが速く、今日陰性でも明日陽性になるかもしれないので、それだけに頼ることはできません。一度の検査だけではなく、できれば毎週検査をする、よくフィットしたマスクをしっかりする、学校の換気を良くする、疑わしいときなどは学校に行かない、ワクチン接種を受けていない人はこれから受ける、ブースター接種資格のある人はブースター接種を受けるなど、多くの対策を組み合わせることで、ある程度、感染の拡大を防ぐことができると思います。検査で陽性になったら、隔離(isolation)をし、他の人にうつさないようにしなければなりません。

– 米国小児科学会によると、2021年12月30日時点で全米の新型コロナウイルス感染者の17.4%は子どもとなっています。2年分のデータが集まったことで、子どもの感染についてわかった事実は何でしょうか?

子どもの感染の多くは軽症ですが、米国では800人以上のお子さんが新型コロナウイルス感染で亡くなっています(1月6日時点で、0~4歳で250人、5~18歳で573人)。また、中には多系統炎症性症候群(MIS-C)という重症な合併症を起こすお子さんがおり、米国では6000人以上のMISC-Cの小児患者が報告されています。これは、新型コロナウイルス感染の数週間後に起こると考えられています。

重症化した子どもが受けられる治療は限られており、例えば治療薬の中には、12歳以上で体重40kg以上でなければ使えないものもあります。総合して考えると、子どもでも重症化やMIS-Cといった合併症、死亡を予防するために、ワクチン接種が推奨されます。

参考:The American Academy of Pediatrics『Summary of Findings (data available as of 12/30/21)
CDC 『Provisional COVID-19 Deaths: Focus on Ages 0-18 Years
CDC 『COVID Data Tracker

– パンデミック前と同じ何かをするために毎回リスク計算をすることに「そろそろ疲れてきた」という人も多いと思います。今の対策は "Living with COVID"(ワクチン接種や治療薬の使用を進めて新型コロナウイルスと共存する)であって、"Zero COVID"(新型コロナウイルスの完全な消滅)は目指していないという理解であっているでしょうか。

今の対策は "Living with COVID" だと思います。もう2年もパンデミックが続き、人々のメンタルヘルスや社会・経済への影響が大きい中、"Zero COVID" は難しいと考えられています。また、感染力が強く、感染のスピードの速いオミクロン変異株では、"Zero COVID" の有効性も明らかではありません。長いこと "Zero COVID" を行ってきたニュージーランドやオーストラリアも方針を切り替えています。

– 千原先生は、2022年はどのような年になると予想されていますか。

理想的な形ではありませんが、オミクロン変異株の発生により、ワクチンを接種した人も、接種していない人も含め、多くの人が感染し、この変異株にある程度の免疫を得るのだと思います。ただ、新型コロナウイルスは新しいウイルスなのでわかっていないことが多く、将来の変異株からさらなる脅威となるものが出てくるのかどうかは、まだ誰にもわかりません。一方、今年はよりよいワクチンの開発や、よりよい治療薬の開発、使用も進むのではないかと思います。なので、あまり悲観的にも楽観的にもならずに過ごしたいです。今年は何年も行っていない日本に一時帰国できたらよいな、と考えています。

– ありがとうございました。

千原晋吾さん(ちはら・しんご)
バージニア・メイソン・メディカル・センター 感染症科指導医
日本、プエルトリコ、ニュージャージー州で幼少時代を過ごし、山梨医科大学に入学。卒業後、横須賀海軍病院インターン、飯塚病院初期研修、コネチカット大学プライマリ・ケア内科プログラムのレジデント及びチーフ・レジデント、ラッシュ大学・John H Stroger Jr Hospital of Cook County 感染症科フェロー、ユタ大学臨床微生物学フェロー、獨協医科大学感染制御・臨床検査医学教室講師。2011年に再々渡米し、南イリノイ大学感染症科講師を務めた後、2014年3月よりバージニア・メイソン・メディカル・センター 感染症科指導医。2016年7月のインタビュー記事はこちら

掲載:2022年1月

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