ワシントン州で最初の新型コロナウイルス感染者が確認されてから4カ月以上が過ぎた5月31日時点のアメリカ感染者は181万人を超え、死者は10万5000人を超えました。アメリカでは早くに自宅待機命令を出したワシントン州の感染者は6月1日時点で22,157人、死者は1,129人となっています。そのワシントン州で最も感染者と死者が多いキング郡のバージニア・メイソン病院で感染症科指導医として勤務している千原晋吾さんに、現在の状況についてお話を伺いました。
– ワシントン州、そしてバージニア・メイソン病院の現在の状況について教えてください。
ワシントン州は、州知事が自宅待機の命令を良いタイミングで出し、シアトル地域は患者が急増して医療機関が対応しきれないというような状況にはならず、全体的に対策がだいたいうまくいったと思います。例えば、アラバマ州モントゴメリのように「ICUに1床しか残っていない」というような状態は、シアトルでは起きていません。
2月から3月に集団感染が起きたナーシングホームの近くにあるカークランド市のエバーグリーン病院は一時は大変だったという話ですが、バージニア・メイソン病院は ICU が満床になるまではいきませんでした。
最近、私の行動範囲のシアトル地域でまた交通量が増えてきている気がしないでもないですが、ニューヨーク市などと比べると、人口が少なく、人口密度も低いことも、感染者が爆発的に増えていないことにつながっていると思います。
でも、病院のベッドはあいていても、問題になるのがマスクやガウンなどの PPE(個人防護具)、検査に必要なスワブなどの不足です。これはワシントン州だけではなく、他の州でも同じ状況で、特に大変だった3月頃は州の間で取り合いになっていました。なので、州知事の命令で病院では緊急でない手術(elective surgeries)は3月から一時中止にする(5月下旬に再開)、マスクを何回か再利用する、患者のいる病室に医療従事者が入らなくてもいい状況であれば(病室に入るには PPE が必要なので)、透明のビニール袋に入れたタブレットを双方が使ってフェイスタイムのようなプログラムを通じて話すなどして、PPE をできるだけ節約しています。
日本では院内感染が起きているニュースがありますが、アメリカの場合、ナーシングホームでの感染は報じられているものの、病院内で集団感染というのは聞かないですね。医療従事者は、院内はもちろん、院外でもマスク着用が義務付けられていて、毎日健康状態を確認していますし、勤務開始時には発熱していないか検査を受け、患者さんを直接診る場合はゴーグルもしています。現在では、バージニア・メイソン病院では PPE が充足しており、安全な診療を行っています。
– 新型コロナウイルスについて耳にし始めたのはいつ頃ですか。これまでのワシントン州の対応について、どのように考えていらっしゃいますか。
情報として流れてきたのは1月中旬ぐらいでした。「中国のある場所で原因不明の肺炎が多いらしい」というところから始まり、それがコロナウイルスらしいという話が1月。その後、最初の症例が確認されたのがワシントン州で、1月21日でした。
でも、1月はまだその1例だけだったので、市中感染が起きているかどうかまで実感できていませんでした。その一つの理由としては検査体制が広がっていなかったということがあります。最初に検査できたのはワシントン州保健局や疾病管理予防センター(CDC)だけでしたし、検査対象になる人も限られていました。また、最初は渡航歴のある人のみが対象でした。
2月の終わりごろにナーシングホームで最初の死者が報告され、そのナーシングホームで集団感染が起きたことで、渡航歴のない人の間で、予想以上に感染が広まっていることが明らかになりました。しかもナーシングホームの入居者は基礎疾患がある人ばかりで重症例が多くなりました。その後、感染力が強いこと、症状が出る前から実はまわりにウイルスを広げている可能性があることがわかってきました。最初の頃、アメリカでマスクをしているといえば医療従事者でしたが、そういう感染力や無症状でウイルスを広げるという情報が出たことで、マスクをする人が多くなってきました。CDC は検査キットの件でミスをしましたが、信頼できる組織だと思いますし、今はマスクをするよう呼びかけていますね。症状が出る前から周りにウイルスを広げているとなると、自覚症状だけに頼ることはできませんから、やはりマスクをする必要があります。
3月になって自宅待機命令が出ました。医療従事者としては良いと思うのですが、経済への打撃がものすごい。バランスが難しいですよね。
5月になってワシントン州で経済活動の再開が始まりました。再開が進んでいる郡がありますが、今になって症例数が増えてきている郡もあります。例えば、農業や食肉加工業もエッセンシャルワーカーになっているので、そうしたエッセンシャルワーカーの多いヤキマ郡では感染が拡大しています。
– 治療薬やワクチン開発について、わかっていることは。
ワクチン開発に関してはまだまだという感じですね。(アメリカ国立アレルギー・感染症研究所所長の)ファウチ博士が「早くて12月」と言っていましたが、「早くて」ですから。だいたいは1年ぐらいはかかるので、できるのは2021年の春などになると思っています。
治療薬に関しては研究が増えてきています。最初は中国で使われていたのが抗マラリア薬のヒドロキシクロロキン(Hydroxychloroquine)、抗HIV薬カレトラ(Kaletra)が使われていました。でも、試験管内ではウイルスの増殖を抑制できたのですが、実際臨床治験をしてみると効果があまりないという結果になりました。
そして、最近行われたのが、ギリアド・サイエンシズが開発したレムデシビル(Remdesivir)という薬の臨床治験です。これは10日間投与するもので、先日また研究結果が出ましたが、回復にかかる日数が減るということでした。また、死亡率も減る傾向にあるということです。副作用も少なくて、少し肝機能以上が出るかもしれないというというぐらいなので、対応可能です。
ここバージニア・メイソン病院でもレムデシビルの臨床治験を行っているので患者さんに使えていたのですが、ギリアド・サイエンシズはレムデシビルをすべて連邦政府に渡して分配をまかせたということで、連邦政府は臨床治験をしていない病院に最初に配る計画です。近いうちに臨床治験は終了する予定です。薬の絶対的な数は足りないと言われています。
もう一つが、Convalescent plasma therapy(回復者由来血清療法)です。新型コロナウイルスに感染して回復した人の血清を患者さんに投与する臨床治験の一環で、全米で行われています。でも、コンセプトでは効果があるのですが、実際どのぐらい効果があるのかはまだわかっていません。
ここまでは、ウイルスをターゲットにする方法ですが、もう一つは、過剰な免疫反応を抑制する方法があります。ウイルスと戦おうとする白血球やサイトカインはまわりの組織に及ぼす炎症反応により、臓器にダメージを与える場合があります。その炎症反応をやわらげるため、Tocilizumab などの抗サイトカイン薬を使ったりする方法があります。もともとは自己免疫疾患に使っている薬です。すべての患者さんに必要になるわけではなく、過剰な免疫反応が起きているときに検討する治療法です。
あとは、人工呼吸器を使って、うつぶせにすることも採用されています。うつぶせにすると肺で酸素の交換がうまくいきやすくなる場合があり、酸素がうまく体内に広がりやすくなることがあります。でも、ずっとうつぶせにはできないので、12時間うつぶせにし、次の12時間はまたあおむけにする。点滴などがつながっている一人の患者さんを、大人が3-4人で動かします。
このように、いろいろ治験の段階です。これをすればもう大丈夫というものはないですね。でも、どの治療法でも、早めに治療するとより効果が得られると考えられています。
– セカンドウェーブ(第2波)に対し、バージニア・メイソン病院はどのように準備されていますか。
自宅待機をやめていくにつれて、感染者が増えてくるとは思います。でも、1回目と違うのは、今は感染が疑われたら検査できるということ。さらに、郡政府の保健所やワシントン州保健局が接触追跡をちゃんと実行できれば、今回ほど悪くならない可能性はあります。
でも、現時点ではワクチンもありませんし、特効薬もありません。なので、検査キットがある、以前より早めに検査が受けられる、保健所や保健局が介入できる、感染が確認されたら隔離する。それによって拡大を抑えるしかありません。でも、広がっていることは広がっているので、感染者は増加するでしょう。
今言われている集団免疫(herd immunity)とは、全人口のある割合の人が免疫を獲得したら、感染症が広まりにくくなるという概念です。免疫は、感染症に罹るかワクチンを打つことで獲得できる。疾患によってこの割合は異なります。今回の新型コロナウイルスですが、免疫がついている人たちが結構少ないんですね。ニューヨークで抗体検査をしたら20%の人が陽性だったと言われていますが、集団免疫の獲得には人口の7割以上の人が免疫を獲得する必要があると言われています。集団免疫ができるとしても、それだけの人が感染しないと免疫ができないとしたら、第2波が来ると思います。
– 新型コロナウイルスの感染拡大を機に進んだことは。
テレヘルス(遠隔医療)ができるようになったことが大きいですね。始まってすでに数カ月たっていますが、何らかの症状を感じた場合や質問がある場合、バージニアメイソンでは病院やクリニックの医師とオンラインでつながって、お互いの顔を見ながら診察が進められます。
緊急事態の人が行くERは別ですが、普通のクリニックや病院はマスクやゴーグル、防護服などで予防対策を徹底していますので、病院に来る必要があるのであれば、来ても大丈夫、安全だということを知っていただきたいですね。スーパーマーケットはマスクをしてる人がいなかったりしますが、病院では全員がマスクをしています。消毒も徹底しています。数カ月おきにチェックしたほうがいい糖尿病などの基礎疾患があるのに「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)になるのが怖いから病院に行かない」と言って容体が悪くなってから来るより、普通に来院してもらう方がいいのです。また、学校が始まる前に予防接種も必要になってきます。空気感染する麻疹(measles)は広がりやすい病気ですが、これは良いワクチンがあるので、予防接種をしてもらわなくてはなりません。
ワクチンにマイナスイメージを持っている人もいますが、、ワクチンを接種することは、「シートベルトをするようなものだ」と、私は説明しています。交通事故によっては、シートベルトの効果がなかったりするケースもありますが、基本的に交通事故を起こしたとき、している方がいいですよね。ワクチンも同じです。100%効果があるわけではないですが、感染したときに抗体がある程度できていて、重症化しないほうがいいのではありませんか?
– 毎日情報が多く、どの情報源が正しいかもわからないことも。何をフォローしておくべきでしょうか。
基本的に、CDC とワシントン州保健局は信頼できると思います。また、さまざまな数値では、陽性率とその傾向を見ることが大切ですね。また、州政府が経済活動再開の判断に使用している数値も見ておくといいでしょう。
掲載:2020年6月
千原晋吾さん(ちはら・しんご)
バージニア・メイソン・メディカル・センター 感染症科指導医
日本、プエルトリコ、ニュージャージー州で幼少時代を過ごし、山梨医科大学に入学。卒業後、横須賀海軍病院インターン、飯塚病院初期研修、コネチカット大学プライマリ・ケア内科プログラムのレジデント及びチーフ・レジデント、ラッシュ大学・John H Stroger Jr Hospital of Cook County 感染症科フェロー、ユタ大学臨床微生物学フェロー、獨協医科大学感染制御・臨床検査医学教室講師。2011年に再々渡米し、南イリノイ大学感染症科講師を務めた後、2014年3月よりバージニア・メイソン・メディカル・センター 感染症科指導医。2016年7月のインタビュー記事はこちら。