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「ワシントン州の人口は2040年までに約910万人に」
青山学院大学経済学部 井上孝教授

青山学院大学経済学部の井上孝教授

産業の多様化と人口の急増で街全体が急ピッチで変化しているシアトル。これからもこの流れは続くのでしょうか。人口学の分野で世界的に知られるワシントン大学で研究中の青山学院大学経済学部の井上孝教授に、人口学から見たシアトルについて伺いました。

人口地理学におけるワシントン大学

人口地理学は、人口の移動や分布の変化を地域的な視点から調べたり、その変化から地域構造を調べたり、その将来を予測する学問で、地域人口学とも呼ばれます。

ワシントン大学は、地理学の人口地理学でも地域人口学でも世界的に有名ですが、1960年代頃に起きた計量革命の発祥の地の一つなんです。この計量革命というのは、コンピュータで計算をし、データを使って地理学的な空間分析を行う手法で、1960年代にワシントン大学の地理学から始まり、アメリカ、そして世界に広がりました。

現在、ワシントン大学には人口学、地理学のほか、社会学、生態学などを横断的に結ぶ先進的な組織があり、多様な専門を有する教員と学生のコミュニティであるCSDE(センター・フォー・スタディ・イン・デモグラフィ・アンド・エコロジー)が活動中です。ここには30~40人の教員が所属し、GIS(ジオグラフィカル・インフォメーション・システム)をはじめとして世界最先端の研究を行っています。他の学問と同様、人口学の研究の中心はアメリカ。研究の資金も規模も研究者の人数も圧倒的で、世界一流の研究者が集まってきますね。

人口統計から見たシアトル

シアトルでの研究の目的は、ワシントン州の将来人口推計を行うこと。州都オリンピアにあるワシントン州政府の協力も受けながら進めています。

まず、人口というと、どの範囲に定めるかを最初に決める必要があります。一般的に都市人口は下記のように分割します。

アーバナイズド・エリア(Urbanized area:都市部)
メトロポリタン・エリア(Metropolitan area:大都市圏)
アウトサイド・エリア(Outside area:大都市圏よりも外の地域)

シアトルの場合、シアトル市の行政自治体がアーバナイズド・エリア(都市部)、それに郊外をあわせたものがシアトル・メトロポリタン・エリア(シアトル大都市圏)で、人口を見る場合は、このメトロポリタン・エリア(大都市圏)を見ることが多いです(以下、人口はすべて2015年現在の値です)。

なぜかと言うと、例えば、サンフランシスコ市は人口約85万人で、シアトル市の約70万人より少し多いだけなのに、サンフランシスコ広域大都市圏となると870万人ぐらいになります。シアトル・タコマ・ベルビュー大都市圏は約370万人。ちなみに、東京23区で930万人ぐらい、東京都で1,350万人ぐらいです。

サンフランシスコの例でわかるように、アメリカでは一般に市の範囲が狭いので、市の人口だけでは実質的な人口を表すことができません。ですから、人口統計では大都市統計地域(メトロポリタン・スタティスティカル・エリア:MSA)を設定しています。アメリカには約380のMSAがあるのですが、日常生活ではこのMSA がぴったりなんですね。なぜかというと、中心地に対してほぼ通勤範囲内の一つの経済圏だからです。シアトル・タコマ・ベルビュー大都市圏の人口は約370万人で全米15位。ワシントン州人口の約700万人の半分以上がシアトル大都市圏に集中していることになりますね。

時間的な流れで見たシアトルの人口推移

世界の先進国とされる国々の大都市は、下記の段階を通ります。

都市化(urbanization)

郊外化(suburbanization)

反都市化(counter-urbanization)

再都市化(re-urbanization)

アメリカ全体で見ると、1960年頃までが都市化、1960年代から1980年代が郊外化と反都市化、そして1980年代以降から再都市化の段階が続いています。

シアトルは、自治体としては1960年ごろまで都市化が進んでいたのですが、1960〜1980年代にシアトル市内の人口が郊外へ移る郊外化に入り、市内の人口が減少し続けました。これはほとんどの大都市で起きることですが、アメリカの西部の都市の場合、他の地域の都市と比べるとその度合いは小さいんですね。特にシアトルは郊外化による空洞化や反都市化をあまり経験せず、1980年代から再都市化に入り、その状態が今も続いています。一方、アメリカの東部の都市、例えばミシガン州デトロイトなど五大湖周辺の製造業中心の都市は、都市部の空洞化とスラム化が激しくて、衰退してしまいました。

西海岸の都市でそういう極端な空洞化が起きなかったのは、アメリカの建国以来、人口の中心は西へ、または南西へ移動しており、それに加えて起きた産業の大きなシフトで、その流れがさらに激しくなったからです。かつては鉄鋼・自動車・造船などの製造業が中心で、世界の工場だったアメリカですが、1990年頃からIT産業で世界を牽引し、1990年代は「アメリカの一人勝ち」と言われるようになりました。その後も、アップダウンがありつつも衰えず、特に西海岸はIT産業がずっと強いままで、人口は増え続け、西部や南部は特に人口が増え続けています。そのようなわけで、都市というミクロレベルで見ても、西海岸は人口減少の影響を受けにくく、IT産業が強いシアトルも大都市統計地域として人口が順調に増えているのです。

一方、日本はバブルがはじけてからの経済の落ち込みをずっと引きずっています。都市化から郊外化に移りましたが、その段階は終わり、人口が減少に転じ、地方の人口が減り続けています。ヨーロッパも、移民を受け入れている国は増えていますが、人口が減り始めている国が多く、主に東ヨーロッパが減っていますね。そういったところでは高齢化も問題です。

シアトル・ワシントン州の今後

今回の滞在の目的は、ワシントン州の将来推計人口に関する地図を作ることです。ワシントン州の人口は今、約700万人ですが、2040年までに900万人まで増えることが見込まれています。そして、そのほとんどを、シアトル大都市圏が吸収することになりますね。それから先はまだわかりません。

今は4年計画の2年目なのですが、これから台湾やオーストラリアへも研究に行き、2019年には環太平洋(日本、アメリカ、オーストラリア、台湾)の将来人口推計を完成する予定です。

シアトルはコンパクトでいいですよね。自由な発想を許されるリベラルな雰囲気があり、カリフォルニア州ではそれなりの賃金を払わないと人材を集めにくくなってきていますが、シアトルではまだそれはない。アメリカの治安に関しては相当の覚悟をし、シアトル警察の公式サイトで事件発生地図を見たりしますが、僕自身は普段の生活で危ないと思ったことはありません。人は優しくてフレンドリーですし、アジアに近く、アジア系が多いので、日本人にとって住みやすいと感じます。今年は例年より雨が多いとのことで驚いていますが、それ以外はとても過ごしやすく、気に入っています。

青山学院大学経済学部・人口地理学 井上孝教授
理学博士。日本人口学会にて「GIS チュートリアルセミナー」を主催。地方創生の動きや、地方の人口減少に対応し、地方を支援するべく小地域単位での将来人口推計データを日本で初めて公開。2015年の第8回人口地理学国際会議で「小地域人口統計の推計に関する新しい手法-人口ポテンシャルを用いた試み-」の研究発表で最優秀ポスター発表賞を受賞。共著に『首都圏の高齢化』(2014)がある。青山学院大学公式サイト

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