約3年にわたり改装・増築工事のため休館していたシアトル・アジア美術館が、2月8日(土)・9日(日)に2日間にわたり開催される祝典で再オープンし、新たな時代の幕開けを迎えます。
展示形式を一新して完成した『Boundless:Stories of Asian Art』
シアトル・アジア美術館は、ボランティア・パークに完成したアールデコ様式の建物で「シアトル美術館」として1933年に開館したのが始まり。1991年にダウンタウンに完成した新しい建物にシアトル美術館が移転すると、創設ディレクターのリチャード・E・フラー博士とその家族が1900年代初期から収集していたアジアの美術品を中心としたアジア美術専門の美術館として、1994年に開館しました。
シアトル・アジア美術館が所蔵する美術品は2万4千点以上あり、日本美術だけでも二河白道図(一幅:絹本著色:13世紀:鎌倉時代)、竹林春秋図(六曲一双屏風:紙本金地著色15世紀:室町時代)、鹿下絵和歌巻(一巻:紙本金銀墨書:1610年代:桃山―江戸時代:本阿弥光悦書・俵屋宗達画)、烏図(六曲一双屏風:紙本金地墨画:17世紀前半:江戸時代)など、日本にあれば重要文化財・国宝級の作品を所蔵している、アジア美術を専門としたアメリカでは数少ない美術館のひとつです。
こうした貴重な美術品は、これまでは現在のアジアの国や地域ごとに展示されていましたが、今回の工事を機に、さまざまな文化や時代の傑出した常設美術コレクションが複雑に影響しあいながら文化や言語もさまざまに発展してきた広大なアジアの物語を「非線形の語り口」で伝えるオープニングの展示 『Boundless:Stories of Asian Art』 として一新されました。
『Boundless』は、スピリチュアルな伝統、肉体、神聖な場所と言葉、祭りと祝い、貴重な資料、来世、自然界、ビジュアルアートと文学、色彩と陶磁器、衣類とアイデンティティという13のギャラリーを使ってテーマ別に構成されています。中央のガーデン・コートを中心に2つのウイングに分かれている建物の構造を利用し、北側のギャラリーでは物質的な生活に関連する作品を、南側のギャラリーではスピリチュアルな生活に関連する作品を紹介しています。
中国美術を専門とするフォスター財団学芸員のフー・ピン氏は、日韓美術学芸員のシャオジン・ウー氏、南アジア美術コンサルティング・キュレーターのダリエル・メイソン氏と協力して完成したその膨大な作業について、学芸員としては稀な機会だったと語ります。「一からスタートし、現代の国家の定義に従っていないアジアの芸術形態を探検する新しい方法を模索しました」。その作業の過程で、所蔵している美術品と改めて深く向き合い、新しい研究プロジェクトが生まれたそう。「今後、それはこの美術館に深い影響を与えるでしょう」。
日韓美術学芸員のシャオジン・ウー氏は、「これらの展示作品は、見る人がその作品をよく知っているかどうかにかかわらず、まったく新しい観点から見ることができるので、とてもわくわくします」とのこと。「衣類とアイデンティティ」というギャラリーでは、日本、中国、韓国、東南アジアなどの伝統的な衣類や装飾品が、アイスクリーム店で働きながら南極にいる自分を妄想する女性という韓国人アーティストによる写真の作品(『Bewitched #2』by Jung Yeondoo)が展示されていますが、まったくつながりがないように思える作品が一箇所に展示されることで、さらにその作品について知りたくなり、国や地域の異なる伝統だけでなく、時間の流れやテクノロジーの進化、意識の変化なども考えさせられる効果があることが実感できます。
館内の各所には、インタラクティブな体験ができる画面、スマートフォンを利用したマルチメディアツアー、ギャラリー内のビデオコンテンツも。さまざまな方法でアートを鑑賞したり、作品に込められた考えを学んだりできるようになっているのも、アジアへの理解を深めることにつながります。
また、日本、韓国、中国、アゼルバイジャン、イラン、インド、タイを含む、アジア出身でアジア以外で仕事をした、または現在もしている12人のアーティストが参加する特別展示ギャラリー 『Be/longing:Contemporary Asian Art』 も必見。この展覧会では、シアトル美術館が所蔵する作品や個人が所蔵する作品を通して、アーティスト自身のインサイダーとアウトサイダーの両方としての経験と、国際的な視点を得たアジア人としての思考を探ります。
オリジナルの素材をいかしながら、美術館の中と外をつなぐ
ボランティア・パークとともに米国国家歴史登録材に指定されているこの美しい建物の改装・増築工事を手がけたのは、シアトルに本社のある LMN Architects。3日に行われたメディア内覧会に参加した同社パートナーのサム・ミラー氏は、「このような歴史的建造物に取り組むことは実に光栄であり名誉なこと」と述べました。また、同社のデザイン・パートナーであるウェンディ・ポウツ氏によると、「私たちのデザインでは、アールデコ調のこの建物のオリジナルの素材をできるだけいかすようにしました」とのこと。そうした工夫は、建設当時のハードウッドフロア、色彩と陶磁器のギャラリーの窓など、細かいところに見られます。また、入口の扉に使われていたすりガラスを透明のガラスに取り替えて外が見えるようになったこと、ガラス張りの新しい近代的なギャラリーからボランティア・パークを見渡せるように増築されたロビーは、人間が創造した美術と豊かな自然のつながりを感じさせてくれます。
建物の中心にあるフラー・ガーデン・コートには、シアトル出身でニューヨーク在住のケンザン・ツタカワ・シン氏が再オープンのためにデザインした照明作品『Gather』 が天井に展示されています。日本の伝統的な織物の形を思い起こさせるデザインで、入口から奥に向かって幅が広がり、シアトル・アジア美術館の正面にあるイサム・ノグチの作品 『Black Sun』 と視覚的なつながりを感じさせます。
ギャラリーの下の階には、米国西部では初のアジア絵画コンサベーション・センターが開設されています。同美術館のチーフ・コンサバーターであるニコラス・ドーマン氏によると、アジア美術のコンサベーションやマウンティングの作業が行われるとのこと。また、アジアの絵画の保存、展示、研究に特化し、同美術館の所蔵品だけでなく、この地域の機関や個人のコレクションにも貢献していくそう。コンサベーション・センターの作業は館内で見られるようになっています。このセンターは、アンドリュー・W・メロン財団から350万ドルのチャレンジ・グラントを受けて設立されたもので、これから4年以内に250万ドルのマッチング・グラントを募る必要があります。
同じ階には、さまざまなワークショップやプログラムが提供される教室が完成。地域の幼稚園から高校生までが利用できるよう、プロのアーティストを講師にしたプログラムが企画されています。開放的なデザインの新しい会議室は予約制で利用できます。
また、座席から作り直された劇場では、さまざまなパフォーマンス、映画、アーティストや学者による講演がラインアップ。シアトルの政府機関や地域の団体と提携して実施している 『Creative Advantage』では、シアトル公立学区の生徒全員が質の高い芸術教育を受けられるほか、芸術文化局が運営する一連の無料プログラム 『The Future Ancient』 も見逃せません。
「美術館の扉を開け、みなさんを迎え入れることがこれほど待ち遠しいことはありません」と、ディレクター兼 CEO のアマダ・クルーズ氏。「一新されたギャラリーには、今までに見たことのないコレクションの美術品が展示され、インスタレーションのテーマが共鳴しあい、知的好奇心が刺激されます。また、ボランティア・パークとつながったデザインと眺めは素晴らしい。長く待ち望まれていたシアトル・アジア美術館が再オープンし、さらに成長していくのが楽しみです」。
2月8日(土)・9日(日)のオープニングの週末はすでに1万枚のチケットが完売していることから、期待の高さが伺えます。通常の開館は2月12日(水)から。
シアトル・アジア美術館
Seattle Asian Art Museum
1400 East Prospect Street, Seattle
inspire.site.seattleartmuseum.org