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第31回 シアトルのダウンタウンの建物とその様式

筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。

シアトルのダウンタウンは建築博物館のようだ。一見すると雑多なスカイラインにしか見えないが、建物をひとつひとつよく見ると、それぞれが建てられた時代の様式を思い出させ、150年以上の歴史を持つ街の年輪を感じさせる。

古典主義様式と新古典主義様式

写真1:パイオニア・ビル600 1st Ave Seattle

シアトルで最も古い建物を探すなら、パイオニア・スクエア周辺を歩いてみるのがお勧めだ。1889年の大火事で焼失しなかった建物がまだたくさん残っている。それらの19世紀中ごろに建てられた建物は、一般的に古典主義様式と呼ばれる。

さらに細かく分けると、ギリシャ復古主義と呼ばれるポルチコと呼ばれるギリシャ神殿のような大きな柱と入り口付近の大広間を持つ建物や、イタリア復古主義と呼ばれるイタリアのルネサンス時期の建物思わせるアーチを施した背の高い窓などが特徴と言える(写真1)。

写真2:スミス・タワー 506 2nd Ave Seattle

パイオニア・スクエア周辺で最も目につく建物はやはりスミス・タワーだろう。真白のテラコッタで覆われた38階建てのこのオフィス・タワーは1914年に竣工した。細長いタワーを持つこのビルは、一見とてもモダンに見えるが、近くで見ると随所に古典的建築装飾があるのがわかる。19世紀末期から1930年代までに建てられた建物の多くは新古典主義様式で、前述の古典主義の建物よりさらにルネッサンス時代の装飾を思わせる古典的は装飾が施されていることが特徴だ。これらの古典的装飾の中で特に建物の頂部縁に水平に飛び出た装飾をコーニスと呼ぶ。歴史を遡れば、もともとギリシャ神殿の装飾に使用されたもので、1930年代までに建てられた建物には必ず見られるものだ。スミス・タワーも21階建の基部の屋上近くに豪華なコーニスが見られることから、新古典主義様式であることがわかる(写真2)。

アール・デコ様式とモダン主義様式

写真3:シアトル・タワー 1218 3rd Avenue, Seattle

1920年代に入ると、アール・デコ様式と呼ばれる、古典的装飾を縦と横の線で置き換えた装飾を多様した建物が建てられるようになる(街路樹第10回参照)。それまで使われてきた石の装飾に取って代わって、金属や幾何学的な模様のモチーフを多様した装飾が使用されるようになった(写真3)。

1930年代に入ると、西ヨーロッパを中心に「装飾は悪である」というスローガンとともに古典的装飾を建物の内外部から排除しようという建築運動が始まった。これは一般的にモダン主義様式と呼ばれ、80年以上たった今でも基本的には多くの建物がこの様式で建てられている。モダン主義様式の特徴は、外装に関しては、前出した建物頂部のコーニスがないこと、独立した窓がなく、連窓または全窓であること、アルミやガラスの外装材を多様すること、内装に関しては、同様に古典的装飾を排除し、抽象的な空間が多いと言える。

写真4:レーニア銀行タワー 1301 Fifth Avenue, Seattle

2001年にテロ攻撃で倒壊したニューヨークにあった世界貿易ビルを設計したミノル・ヤマサキが設計した40階建のレーニア銀行タワー(5th AvenueとUniversity Streetの角)は、1977年に竣工した。

高い木の根底部を切り取られたような、俗にビーバー・タワーと呼ばれるこのビルは、当初、建物の地上階部分の面積を縮小することによって、地上部分の植栽面積を増やす目的でこのような特殊な形状になったが、残念ながら植栽が植えられるべき部分は全て商業空間にとってかわられてしまったようだ。世界貿易ビルと同様、70年代モダン主義建築の代表の建物のひとつに数えられている(写真4)。

ポスト・モダン主義様式

写真5:元ワシントン・ミューチュアル・タワー 1201 Third Avenue, Seattle

1980年代に入ると、第2次世界大戦以後続いてきたモダン主義建築に対する反動が起こった。これは、前述の「装飾は悪」「Less is more (少ないことはより多い)」のスローガンのもと、装飾のない無機質な建物が大量に建設されたことに対するアンチテーゼとして始まった様式で、ポストモダン主義様式と呼ばれる。ある意味で擬似古典復古主義であるこの様式はあいにく長続きせず、1990年代に入ると自然消滅してしまった。3rd AvenueとSeneca Streetの角にある、地上55階建の元ワシントン・ミューチュアル・タワーは、コーン・ペダーソン・フォックス設計事務所によって設計され、1988年に竣工した。それ以前によく見られた連窓が少なくなり、個別の窓が増え、随所に古典的な装飾を思わせるディテールが見られる。外壁全体に多用された花崗岩、建物頂部にあしらわれたアーチと勾配屋根などが、ポストモダン主義様式の特徴を現している(写真5)。

21世紀のモダン主義様式

21世紀に入った今、建物の様式はまだモダン主義様式で、やはりガラス材を多用し、空と建物の違いがわからないくらい透き通った建物がトレンドのようだ(写真6)。これらの建物は、ほぼ100年近く前の1922年、モダン主義様式のパイオニアの一人であるドイツの建築家ミース・ファン・デル・ローエが提唱したガラス・スカイスクレーパーを思いださせる(写真7)。当時はガラス技術と鉄骨構造技術がなかったために実現されなかったが、技術力以上に必要だったのは、100年近くかかったユーザの発想の進化ではないかと思う。そう考えると、ダウンタウン・シアトルにある建物の様式の変化を見ることは、人々の発想の進化を見ることのようで面白い。

写真6:ハイアット・ホテル 1635 8th Ave Seattle

写真7:ガラス・スカイスクレーパー Mies Van Der Rohe 設計

掲載:2014年10月

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