筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。
最近、キャピトル・ヒル周辺で変わった建物が見られるようになった。建物の基部である1階から2階分は歴史的なレンガやスタッコのピラスターと呼ばれる幅の広い柱や、コーニスやアーチを残したまま、その上には3階から5階くらいの集合住宅が載っている建物だ。
基部である1階また2階部分は商業空間として使われている場合がほとんどで、歴史的な建物に比べ、窓枠や扉が新品のアルミ製なので、古さの中に新鮮さを感じさせる(写真1)。これらは、歴史的な建物を保存しつつ、新しい開発を推奨しようとするシアトル市が考えだした法律によって生まれた、新しい形態の建築物だ。シアトル市土地利用法(Land Use Code)を調べてみると、キャピトル・ヒル地区内、北端は East Olive Street、東端は 15th Avenue East、南端は Madison Street とEast Union Street、西端は Interstate Freeway で囲まれた地域内で、築75年以上の建物を「キャラクター・ストラクチャー」(個性的な建物:Character Structure)と定義している。これらの建物は、文化保存指定建物と違い、建築的な重要性はないが、キャピトル・ヒル地区の歴史的文脈を作る大事な建物というカテゴリに入る。キャピトル・ヒルを歩いてみるとわかるように、この地域にはまだ多くの1、2階建てのレンガ造りの建物が残っており、パイオニア・スクエア周辺のように見栄えのする建物は少なく、目立たない工業的な建物が多い。この土地利用法によると、これらのキャラクター・ストラクチャーを壊して再開発をする時、既存建物を残して増築をする場合、または一部を残して増築をする場合に対して、それぞれ違った比率で容積率または最高建物高さの規制緩和が許されている。これらの緩和は当然、不動産価値の増加につながるので、多くの開発者(デベロッパー)が、建物の一部または、全部の保存をしつつ、集合住宅の増築を試みている(写真2)。
1.サンセット・エレクトリック・ビルディング(Sunset Electric Building)
2階部分までは築1926年の既存レンガ造りの外壁を残し、それ以外の構造は新しくしている地上6階建のこのビルは、中2階のある吹き抜け空間のある地上階の商業空間が印象的だ。92ユニットからなる上部集合住宅部分は、全面ガラスの採光の多いワンベッドルームまたはスタジオのアパートになっている (写真3)。
2.チョップ・ハウス・ロウ(Chop House Row)
前出のサンセット・エレクトリック・アパートから2ブロックほど南に下がったところにある、チョップ・ハウス・ロウは現在工事中だ。向かって左側に既存の2階建の外壁と構造が見え、その横に6階建の工事中の構造が見える。ネットで調べたところ、地上階には延5千平方フィートの商業スペース、2階から5階までは事務所スペース、6階がコンドミニアムになる予定だ。この建物の面白いところは、敷地北側に路地のような通路があり、竣工時にはこの通路とブロックの逆側、La Spiga レストランのある建物の内部通路が直結し、ブロックを東西に横断できることだろう(写真4)
3.600 East Pike Street Building
まだ工事中のため、ビルの名称もない工事現場だが、変わっているので紹介したい。もともと自動車のディーラーシップがあったこのビルは、西側の一部と南側ブロック全面の外壁が残され、地上7階建の集合住宅混合ビルになる予定だ。既存外壁を工事中地震から守るため、巨大な鉄骨の支えが通りの歩行者の妨げになっているのが印象的だ。長い間、2階建の商業スペースしかなかったこのブロックも、この建物が竣工すると、250ユニット以上の住居からなるスーパー・ブロックに生まれ変わる予定だ (写真5)。
この形式の開発は、ベルタウン(第4回参照)やサウス・レイク・ユニオン地区(第24回参照)なども含めたシアトル市内の他の街区には見られないユニークな方式のようだ。その地区のキャラクターを残しつつ、100年のスパンで進化する街は、50年ごとにキャラクターが全く変わってしまう一般の街に比べ、親しみやすく住みやすいと感じるのは筆者だけではないのではないだろうか。
掲載:2014年6月