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第28回 増改築をして生き続けるシアトルの住宅

筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。

シアトルの住宅街を歩いてまず気がつくことは、築50年以上の古い家が圧倒的に多いことだろう。シアトル市内でも比較的古い街並みが残っているキャピトル・ヒルや筆者が住むモントレイクの周辺では、築90年以上の家がほとんどだ。開発が遅かったウェスト・シアトル周辺でも、1950年から60年代にかけて建設された建物が多い。

写真1:プラットフォームフレーミング工法の図式

米国では一般的に、既存の家を潰して新しい家を建てるより、新しい家主がライフスタイルに合わせて改築・増築を繰り返すでほぼ原型をとどめることが多く、米国内の住宅の平均寿命は約100年とも言われている。その理由として、外装材にペンキを多用することにより、外装木材が傷みが少なく、同時に外装材に守れらた内側の構造材の損傷が少ないことや、20世紀初頭から導入されたプラットフォーム・フレーミング式(日本では一般的にツーバイフォー工法と呼ばれている)と呼ばれる熟練職人を必要としない合理的な構造システムが挙げられる。これにより、西ヨーロッパの建築物で多用されているブロック造に比べ構造フレーミングの改造が比較的簡単にできるため、増改築の普及をもたらし、建物の寿命を延ばしていると言えるのではないだろうか(写真1)。もうひとつの大きな理由として、一般の米国の住宅では、建物の増改築をした場合、工事費の60%から80%が建物の評価額の直接増加分として追加され、増改築が資産投資として幅広く認識されていることが挙げられるだろう。しかし、決定的な理由は、建物の資産価値が日本のように年代と共に減ることがないことと言える。

写真2:増築前1999年当時

写真3:2階増築後

では、筆者の家を参考に、具体的に評価額の歴史的推移を見てみよう。1923年築、地下室付一階建の3LDKのこの住宅は、1999年の購入当時、土地と建物の評価額がほぼ同額だった(写真2)。そして、2年後に2階の増築及び1階、地下室の改築を行い、その結果、2階には1階と同じ面積分にベッドルーム4室、バスルーム2室、ウォークイン・クローゼットができた。そして、1階は既存のリビングルームとダイニングルームとベッドルームをそのまま残し、既存キッチンの拡張、ファミリールームの新設、地下室のユーティリティ・スペースのレクリエーションルームへの改装が完成した(写真3)。増改築にかかった費用は1999年当時の土地、建物評価額合計とほぼ同額だったため、その次の年の評価額査定時、建物の評価額が土地評価額の約3倍になった。その後、2008年に起きたリーマンショックの不動産価格暴落によって価格が一時的に下がったが、2014年現在で建物の評価額は増改築直後の価格の約1割増し、土地の評価額は3割増し、建物、土地総合評価額で約2割増しになっている。

写真4:シアトルの住宅街

一方、日本では、50パーセントの戸建住宅の平均寿命が38年しかなく、日本全体で60%の住宅が1980年以降に建てられたものと言われている。日本の住宅の寿命が極端に短い原因は、必ずしも建物の耐久性が米国に比べて低いというわけではなく、簡単に言えば建物不動産評価額が20年で押しなべてほぼゼロになることに起因していると言えるだろう。これはどういう意味かというと、日本では住宅は消費財であって、米国のように資産投資の対象にならないということだ。文化的資産としてごく一部の住宅が取り壊されず残っているが、建物が消費財として認識される限り、自動車と一緒で、いずれ性能の高いものが市場に出現すれば、すぐに取り替えられてしまう。日本の住宅メーカーの宣伝の内容の大半は新しいテクノロジーや耐震性能や断熱精度の高さであることに対し、米国では周辺環境、景観、使用しやすいキッチンや、大きなマスターベッドゾーンなどで、両国の住宅に対する文化が明らかに違うことがわかる。そのような中で街並みの均一化は日本では不可能に近く、文脈がなくなった日本の街では、従うべきスタイルがないままに、とりとめのなく落ち着かないの顔の街が日本中で広がっているよう思われてならない。それに比べ、シアトルの街は建築家にとって新しい建物を設計する機会が少ない半面、歴史的な建物を生かして街並みを保存しつつ、その中に現代に必要な用途をいかにして取り入れていくかというチャレンジを建築家に課しているようだ(写真4)。

掲載:2014年4月

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