筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。
1870年、日本では明治維新の騒動がまだ収まらないころ、現在の 3rd Avenue 沿い、Spring Street と Madison Street の間にシアトル市初の公立学校が竣工した。その当時のシアトルの人口は約1,200人。100人の生徒が木造2階建ての約3千平方フィート(約90坪)の新築校舎で学校生活を始めた。その後、30年間で人口が約60倍以上に増えたことを受け、スラム化も含めて悪化しつつあった社会環境を教育から立て直す動きが始まった。その動きに啓発されたシアトル市教育委員会は、1899年に科学的で安全な学校はより良い教育環境を提供する “Model School Plan” と称した学校建築の基準計画書を発表。この計画書に基づいて、20世紀初頭にたくさんの公立学校が建設された。それらの建物の多くは生徒数の減少を理由に閉校または近隣の学校と統合され売却された後、他の用途の建物として再生され、築100年以上たった今も第一線で活躍している。
ウォーリングフォード・センター(Wallingford Center)
ウォーリングフォード・センターは、45th Street と Wallingford Avenueの角、ウォーリングフォード商店街の中心にある。地下1階、地上2階建、総面積53,000平方フィートの建物はもともとインターレイク小学校(Interlake Elementary School)として1904年に竣工し、1971年まで利用されたが、周辺の児童数が減ったことを理由に閉鎖され、1982年に24ユニットのスタジオ形式のアパートを含むショッピング・モールとして再生された。アメリカン・ルネッサンス様式と言えるこの建物の特徴は、ギリシャ神殿を思わせる破風と柱が象徴された入り口を中心とした左右対称形の建物構成と、整然とグループ化された細長い大きなダブルハング窓。また、それぞれのテナント・スペースは8フィート以上もある大きな窓から入ってくる自然光のお陰で、普通のモールに比べて電力消費量が少ないこともあげられる。
クイーン・アン・ハイ・スクール・コンドミニアム(Queen Anne High School Condominium)
歴史的保存建築物に指定されているクイーン・アン・ハイ・スクール・コンドミニアムは、クイーン・アン地区の丘の頂上からダウンタウンを見下ろす絶景の場所にある。地下1階、地上4階建の建物はもともとクイーン・アン高校として1909年に建設された。美術館を思わせるテラコッタのギリシャ神殿風の装飾がちりばめられた新古典主義の外装を持つこの建物は、1909年当時、シアトル市内で最も近代的で建設費の高い建物と言われた。1925年と1955年に増築され、1981年まで使用されたが閉校になり、2006年に開発業者によって139ユニットの高級コンドミニアムに生まれ変わった。往年の鹿鳴館を思わせる装飾、天井高14フィート以上あるユニットを持つこの建物は、他のどの高級コンドにもない歴史的質感とスケールを加味して、とても魅力的なコンドミニアムとなっている。
ノースウェスト・アフリカン・アメリカン博物館(Northwest African American Museum)
ノースウェスト・アフリカン・アメリカン博物館は、天気の良い日はオリンピック山脈が見え、ダウンタウンとインターナショナル・ディストリクトが見下ろせるジャトキン地区の丘の上にある。地下1階、地上3階建の建物はもともとコールマン小学校 (Coleman School)として1909年に竣工した。1985年に隣地の高速道路の建設に伴い閉校されたが、2008年に2,260万ドルの建設費が投じられ、36ユニットの中収入所得者用のアパートとアフリカン・アメリカンの歴史・文化を紹介する博物館として再生された。ウォーリングフォード・センター同様、アメリカン・ルネッサンス様式と言えるこの赤レンガ造の建物はクイーン・アン・ハイ・スクール・コンドミニアム程ではないが、入口周辺の装飾や天井まで伸びたオリジナルの木造窓が保存され、100年を超える歴史的重みを感じさせる、落ち着いた空間を持つ博物館となっている。
上記以外にも、シアトル市内の公立学校の校舎の多くが廃校の後に私立学校に払い下げられたり、改築を経て他の目的の建築物として利用されている。これらの再生された学校建築物は、「資源を大切にし再利用できるものはする」という、今世紀になってからは当たり前になってしまったグリーン設計を実践している先駆的建物と言えるだろう。
(2010年11月)