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第22回 街造りの隠れた仕掛け-シアトル市デザイン・レヴュー審査

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筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。

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写真1:混合商業集合住宅例:Rainer Blvd と33rd Avenue 付近 大型低所得者向けアパート開発例。通り側には店舗スペースがある。

「デザイン・レヴュー」という言葉を聞いたことがある人はそう多くないのではないだろうか。デザイン・レヴューは簡単に言うと市民ボランティアからなるデザイン審査会で、シアトル市である一定以上の大きさの商業または公共の建物を建設する場合、建築申請の手続きの一部としてデザイン・レヴュー審査会を開き、申請する建物の外観デザイン及び敷地デザインが認可される必要がある。シアトル市への建築申請を学校の入学試験に例えるなら、建築基準法に照らした建築申請設計図面の審査は筆記試験、このデザイン・レヴューは建物デザインの個人面接と言えるかも知れない。

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写真2:周辺の低層住宅部分に対しての圧迫を避けるため出窓、バルコニーを多様化している。基部と上部を切断して、上部は明るい色調の外装をすると同時にセットバックをするこによって周辺との高さの違いをできるだけ少なく見せるよう努力している。

シアトル市で行われるデザイン・レヴューは細かく言うと、デザイン・コミッション、デザイン・レヴュー・ボ-ド、プランニング・コミッション、歴史的地区審査会、歴史的建築物保護審査会等に分かれている。デザイン・コミッションは主に市が直営する建物もしくは公園施設の設計を審査するが、その大きな目的はこれらの計画された建物が市の目的にかなっているかどうかを判断すること。デザイン・レビュー・ボードは一定サイズ以上の商業もしくは集合住宅建設(大型コンドミニアム等)のデザインを審査し、地区ごとに近隣の住民を含めた審査会を月2回の頻度で開いて、開発者が地区周辺でこれから開発予定の建物設計内容を周辺の住民に説明し、参加している住民からの質問に回答する義務がある。その大きな目的は、周辺住民の積極的設計参加と同時に開発者に法規を越えた法解釈の柔軟性を与えること。そして、歴史的地区審査会は4つの地区(パイオニア・スクエア、パイク・プレース・マーケット、インターナショナル地区、バラード・アヴェニュー)内でそれぞれの地区の歴史的・建築的キャラクターを保護することを前提に、新しい、または改装開発を審査する。最後に、歴史的建築物保護審査会は、歴史的建物を保護権建築物に指定することにより、歴史的建物が将来倒壊されたり、改装されることを防ぐ役割を果たしている。

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写真3:混合商業集合住宅例:Hiawatha Place South と South Charles Street 付近 街区全体の開発例。大きさによる圧迫感を減らすため建物に凹凸をつけ、またモジュール化していない個々の外壁部分にコントラストのある色つけることにより、小さいビルが接続されているように工夫されている。

実は著者も10年ほど前にデザイン・レヴュー・ボード審査会の委員として4年間に渡り、50回以上の審査会に参加した。審査会ではそれぞれのプロジェクトの建物配置、高さ、容積、スケール、建築的装飾または外装一般、通りと周辺の植栽計画を中心に審査をすることになっている。通常、市の担当者が予定された審査会の2週間前に地域住民にダイレクト・メールで審査会への招待状を送付し、その地域の学校またはコミュニティ・センターで行われた審査会には毎回約20-40人程度の近隣住民が参加していた。10年前はまだコンドミニアムのバブル全盛期でもあり、大型混合商業集合住宅ビル(地上階が店舗、上部がコンドミニアムもしくはアパート)の開発が多かった。審査会の大きな役割はまず、新しく開発される建物がきちんと現状の地区に溶け込むことができるかを判断することだった。近隣の建物の多くが低層階で、開発建物がゾーニング法の許容範囲一杯(6-7階建物)に設計された場合は、できるだけ近隣に対し圧迫感を与えないように、建物の上部をセットバックさせる等の設計変更を審査委員会が開発者に指示することもあった。また、近隣住民が外観設計に納得がいかない場合、数回に渡って開発者(設計者)にデザイン変更を再提出するように指示することもあった。大型ショッピング・モールの開発を近隣住民が受け入れず、長期にわたり審査会での設計差し戻しを繰り返すうちに、経済状況が悪くなり、開発者自身が開発を諦めるというプロジェクトもあった。

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写真4:街区の中ほどに全くスケールの違う建物を接続することで建物の威圧感を少なくし、また通りからの外観に変化を持たせている。

街造りという観点で言えば、シアトル市ゾーニング法(街路樹2012年12月参照)が街全体の開発・再開発に貢献するのに対し、個々の建物の開発を通して行われるデザイン・レヴューは、その建物を利用する人、また建物を取り巻く地域、そして街のイメージを作る重要かつユニークな審査機構と言える。街造りをもし料理に例えるなら、ゾーニング法は料理レシピ、その味付け・盛り付けがデザイン・レヴューと言えるのではないだろうか。また、忘れてはいけないのは、このデザイン・レヴューの最も大きな理念は市民による市民のための審査会であることだ。その理念の根底にあることは、街造りは役所や開発者まかせではなく、そこに住む地域住民が責任を持つということだろう。

掲載:2013年4月

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