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第30回 シアトルの路面電車

筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。

写真1:20世紀初期の2nd Avenue

今からは想像もつかないが、100年前のシアトル街中は路面電車だらけであった。最初の入植者がウエストシアトルのアルカイビーチに船から降りたってから20年後のシアトルの人口はたったの千人程度だったのが、1890年ごろには4万人を超える中小都市に発展したのに伴い、膨張するシアトルの街をつなぐ交通手段の金目として、路面電車は1930年代までシアトル市民の欠かせない足として利用されていた。1880年代初期に、馬車鉄道として、シアトルダウンタウンの1st Avenue、2nd Avenue を中心に開通した路面鉄道は、1889年に最初の電気式路面電車が導入されると、その3年後には全長48マイルの路面電車の軌道が市内に敷設され(写真1)、1936年には全長231マイル、使用車両数410台、全26系統を有する、世界でも有数の路面電車網に成長した。しかし、1908年にフォード社T型車(いわゆる Model T)が発売されることで始まった米国国内のモーターライゼーションの波はシアトルにも及び、車線一杯にのろのろ走る路面電車は、残念ながら1941年にトローリー・バスに取って代わられてしまった。

約60年後の2005年、サウス・レイク・ユニオン地区で10年以上にわたり不動産投資をしてきたマイクロソフトの創業者ポール・アレン氏の影響を受け、シアトル市議会は同地区に約5千6百万ドルをかけて全長1.3マイル路面鉄道、サウス・レイク・ユニオン・ラインの運行を開始することを決議した。全工事費の約50パーセント近くは、軌道に隣接するビルのオーナーが税金として拠出し、残りは国と州と市からの資金を充てた建設工事は決議後2年後の2007年に終了し、同年12月から3両編成でオペレーションを開始した。日本の市電でも最近当たり前になっている低床型のトラム車両はチェコ製で、若草色に塗られた車両は、混雑した通りのなかでもひときわ目立つ(写真2)。サウス・レイク・ユニオン地区は、路面電車の建設と平行してアマゾン・ドットコム社のキャンパスの移転を含めた大オフィス地区へと変換していっている。職住空間の近接を謳い文句にした新しい市条例を活用して、2014年現在、最高16階建の高層集合住宅棟を含む8棟の建物の建設が予定されており、同地区の人口はさらに増えるであろう。2011年内に70万人の利用客があったと言われるこの線の利用客数はさらに増えるはずである。

写真2:ウェスト・レイク・ハブ駅、右上にモノレールが見える。

写真3:サウス・レイク・ユニオン・ラインの車庫

写真4:オクシデンタル・モール、パイオニア・スクエア駅

上記の路面電車は、キング郡メトロ社の管轄下にあるシアトル・ストリートカー会社が運営している(写真3)。同社は現在、ダウンタウン・シアトルの南側、パイオニア・スクエアからインターナショナル・ディストリクトを通り、キャピトル・ヒル地区までの全長2.5マイルのファースト・ヒル・ラインの建設を進めている(写真4)。今年の秋にこの線の運行が始まれば、一日約3千人の利用客があると見込まれており、サウス・レイク・ユニオン地区で起きたような大規模な不動産開発は行われないにしても、沿線のパイオニア・スクエア、インターナショナル・ディストリクトなどの再開発は当然起こるだろうと想像できる。この線はすでに完成している地下を走るライトレールとインターナショナル・ディストリクトで連結するだけでなく、2016年完成予定のライトレールのワシントン州立大学までの延長線がキャピトル・ヒルで連結する予定だ(写真5)。まだ構想段階ではあるが、すでに上記のサウス・レイク・ユニオン・ラインとファースト・ヒル・ラインをつなぐ計画も進行している。このことによって、シアトル市のダウンタウン、また東側と北側も路面電車で結ばれることになる。

写真5:ブロードウェイ、デニー、キャピトル・ヒル駅
奥に見えるクレーンは現在建設中のライトレールの駅

路面鉄道の建設は、一見時代錯誤のように見えるかもしれない。しかし、地下鉄の建設は路面鉄道に比べ何十倍もの建設費用がかかる上、建設時間も長く、利用者が長い時間をかけて地下のプラットフォームに降りなくてはならいのに対し、路面鉄道は建設費を抑え、道路からすぐに乗降できる便利さと、バスに比べ一回の乗客数が多いため、ヨーロッパをはじめ、日本でも21世紀に入ってから改めて注目されている交通手段である。

ニュー・アーバニズム、またはコンパクト・シティなどと呼ばれる新しい都市再開発理論において、路面電車は、自動車から解放され、住みやすい街を作る重要な要素であるようだ。

掲載:2014年8月

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