筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。
ショッピングモールの先進国である米国には、4万7,000の屋外型モール、1,100近くの大型屋内型モールがあると言われている。シアトルにも、大規模屋内外混合型モール(ノースゲート・モール)、大規模屋外型モール(ユニバーシティ・ビレッジ)、そして中小のモールが無数にある。
ショッピング・モールのルーツは実は古代ローマ帝国時代までさかのぼる言われている。15世紀に建てられた世界でもっとも古くて大きいイスタンブールにあるグランド・バザールは、60を超える通りと3,000を越える店からなる屋内型ショッピング・モールだ。これとヨーロッパを中心に19世紀初頭までに開発されたショッピング・モールはどちらかと言えば都市部人口密集部にあり、客は常に徒歩によってモールを訪れる、近隣密着タイプだった。一方、米国では、20世紀初頭からの自動車の普及により、1928年にオハイオ州に初めて駐車台数350台の駐車場を中心とした郊外型ショッピング・モール、グランビューハイツ・ショッピング・センターができてから各地でモールの開発が進み、第2次世界大戦以降に現在のような超大型駐車場を中心とした屋内外ショッピング・モールができるようになった。
ノースゲート・モール(Northgate Mall)
シアトルの建築家、ジョン・グラム・ジュニアが1950年に設計したノースゲート・モール(Northgate Mall)は、規模、デザイン、コンセプトの斬新さによって、米国で当時最も注目された郊外型ショッピングモールだった。オープン当初、開発された62エーカーの敷地の回りは、高速道路も住居もまったくなく、農作地や牧草地ばかりであった。モールは敷地南北中心線上に島状に並び、その周りに地上駐車スペースが配置された。モールの南端にシアトル発のデパートだったボン・マルシェ(Bon Marche:その後、Macy’s と合併し、名前がなくなった)があり、そこからミラクル・モールと呼ばれる通り(モール)が一直線に北端まで伸び、その両側に店舗が並んでいた。また、モールはそれぞれ銀行、大手スーパーマーケット、ハードウェア・ストア、ノードストローム靴屋(Nordstrom:現在の高級デパート、ノードストローム)等の人気の高い大型店につながり、利用客はそれぞれの大型店舗やデパートの行き来する間に70店舗近くの小型店舗にも寄ることができるという、現在の郊外型モールの典型になる設計であった。高速道路のインターステート・フリーウェイが敷地に隣接して完成した1965年ごろまでにはノースゲート・モールは増築された25店舗、映画館、アパート、オフィスビル、病院を含む大型混合モールになっていた。1968年当時、一日の利用自動車台数が5万台を超えたという記録もある。2006年には10万平方フィートに及ぶ改築をして、さらに店舗数を増やし、現在では125以上の店舗、店舗総面積98万4,000平方フィートの超大型屋内外型ショッピングモールとなった。
ユニバーシティ・ビレッジ (University Village)
ワシントン大学キャンパス東端のスタジアムがある地域は、もともとレイク・ワシントンにつながる湿地帯の埋立地だった。1956年、その北側の24エーカーの土地にユニバーシティ・ヴィレッジ(University Village: 通称ユー・ヴィレッジ)がオープンした。1993年にオーナーシップが変わるまでは、ユー・ヴィレッジはローカルのスーパーマーケットの QFC とラモンツ・デパート(Lamonts)を中心とした、ローカルなショッピングセンターであった。
ユー・ヴィレッジはノースゲート・モールとは対称的に店舗がすべて駐車場に面する、いわゆるオープン・モールだが、建物群と建物群の隙間の空間を利用した路地のようなスペースがあったり、また道幅の狭い通りのような空間があったりと、単なる屋外型モールとは形態が違っている。1993年以来、数回にわたる大規模な改築・拡張工事の結果、現在は夏場にコンサート場として開放する駐車場を含む8つの独立した地上駐車スペース、2つの立体ガレージを含む、150店舗以上のライフスタイル・オープン・モールになった。
このモールの特徴は、映画館とデパートがないことだろう。郊外型ショッピング・モールによく見られる集合したカフェテリアもない。内装費を十分にかけた、独立したレストランが10数店舗あるだけだが、これらのレストランは常にお客が入っているようだ。アップルストア、マイクロソフトストア、スターバックスコーヒーを含む、全国チェーンの大型アパレルストアがいくつか入っているが、60%以上は地元の店舗が入っていることも、このモールを特徴づけているだろう。
建築的に見て面白いのは、他の屋外型ショッピング・モールに比べ、ユー・ビレッジでは個々の店舗の正面全体がそれぞれ独自にデザインされているので、一見すると古い街並みのようにも見える。駐車スペースにも植栽の手入れがよく行き届いた街路樹が植えられ、歩行者のストレスを少なくしているようだ。「ユニバーシティ・ビレッジ=大学村」という名の通り、モールというより小さな町のような雰囲気があるので、一年中人気が高く、シアトル近郊だけでなく、遠くはカナダからもお客が来るらしい。
もともと密集した街区の一部から発生したショッピング・モール。しかし、現在のモールはある意味で街からまったく孤立した空間になってしまったようだ。これらのモールには、本来、街の空間にあるべき多くのキャラクター(騒音、ゴミ、ホームレスの人々、ストリート・ミュージシャン等)がない分、安全でかつ清潔である。また、シアトル市内各地で駐車スペースが足りず、利用客の増加に苦心しているのに対し、これらのモールではその問題もない。オンライン・ショッパーの人口が急増し、外で買い物をする人がどんどん減ることで、今後も従来の市内商店街で買い物をする人が減少していくことは目に見えている。10年後のシアトルの街並みは今とはまったく違ったものになっているだろう。
掲載:2013年12月