著者プロフィール:水口 典久
兵庫県ワシントン州事務所所長。2012年4月にワシントン州にある同事務所に赴任し、兵庫県とワシントン州の経済・文化・教育交流の促進、および姉妹都市交流の支援を担当しています。兵庫県ワシントン州事務所の公式サイトはこちら。
はじめに
日本の製造業が持つ高い技術力は、世界から広く信頼を得ています。例えば、ワシントン州内のボーイング社の主力工場であるエベレット工場では、アメリカと日本の国際共同開発で次世代機の787型機が製造されており、その機体の約35%を川崎重工業、三菱重工業、富士重工業などの日本メーカーが製造を担当しています。
この中で、川崎重工業は、航空機のほか、鉄道車両、ガスタービン、バイオマス発電、造船、産業用ロボット、モーターバイク、ジェットスキーなど、幅広い分野で高い技術力を有し、世界展開をしています。
特に、鉄道車両製造は、1907年(明治40年)に車両製作を始められ、その4年後の1911年に国産化第1号の蒸気機関車を完成させるなど、長い歴史を有しています。現在、新幹線などの車両製造は兵庫県神戸市の兵庫工場で行われていますが、米国にも工場があり、ニューヨークの地下鉄車両に採用されるなど、世界展開をしています。
昨年夏の兵庫県ワシントン州姉妹提携50周年記念事業に参加後、井戸知事は、8月23日に、同社のニューヨーク市のすぐ北にあるヨンカース車両工場を訪問しました。
その時に、私も米国の鉄道車両の製造や同社の市場開拓の現状についてお聞きする機会を得ましたので、今回は、そのお話をさせていただきます。
海外企業が激しく競争する米国での車両市場
川崎重工業は、米国において1979年に初めて車両のプロジェクトを受注し、その後、1986年にニューヨーク州のニューヨーク市のすぐ北のヨンカース工場、2002年に中西部の米国のほぼ中心のネブラスカ州のリンカーン工場を設置しました。1979年の最初の受注以来、約4000両以上の車両を受注しています。
ワシントン州のシータック空港からのシアトルのダウンタンまでのライトレールは日本製であり、日本の企業が米国の鉄道分野でがんばっているのだと思っていましたが、全米での鉄道車両の状況については、今回の訪問時に初めて知りました。
米国の車両製造は、米国の鉄道車両メーカーではなく、川崎重工業や他の日本メーカー、カナダのボンバルディア、ドイツのシーメンス、フランスのアルストムなどの海外の有力鉄道車両メーカーがほとんどのシェアを占め、激しく競争しています。その中で、川崎重工業は、約25%と高いシェアを占めています。
米国での車両ビジネスの特徴のひとつとして、車両調達に連邦資金が充当された場
合は、車両に搭載する機器や装備などの調達コストのうち60%以上が米国品で、最終組立が米国内で行われるという、バイ・アメリカ(Buy America:米国物品使用義務)ルールがあります。この要求や米国内での雇用確保というルールを遵守して、米国経済に貢献をしながら、海外企業が米国市場で競争しています。
川崎重工業の米国での鉄道車両製造の流れ
川崎重工業の北米市場での鉄道車両製造は、基本的に次のとおりです。まず、1) 今回訪問したニューヨーク市のすぐ北のヨンカース市の Kawasaki Rail Car,Inc が営業・受注、プロジェクトの管理、そして、2) 神戸市兵庫区にある川崎重工業(株)の車両カンパニーで、設計、プロトタイプの製作、各種試験が行われます。その後、3) 米国で最大級の地下鉄・通勤車両一貫製造工場である中西部のネブラスカ州のリンカーン工場で構体製造・内装、最終組立が行われます。
車両製造の技術ノウハウを持つ国内の拠点と、米国内に設置された営業と生産の拠点のこの3社の連携が、同社の車両製造の強みであり、北米でのビジネスの拡大の源泉となっています。
ニューヨーク市地下鉄など主要都市の鉄道車両を製造
現在、同社では、「R160型」地下鉄車両の納入でニューヨーク市交通局の地下鉄車両のトップクラスのシェアを占めるなど、ニューヨーク州やワシントン DC など米国の主要都市の鉄道車両の設計、製造、納入を行っています。
新たに、昨年の9月には、ニューヨーク州交通局傘下のロングアイランド鉄道とメトロノース鉄道が共同で調達する通勤電車92車両を受注しました。この契約には最大584両のオプションが付随しており、そのオプションが行使された場合は、総数676車両、受注総額18.3億ドル(約1,830億円)と、同社の過去最大規模の鉄道車両契約となるなど、ますます、そのシェアは拡大しています。
「高い信頼性と安全性」がブランド力を形成
こうした米国での販路を拡大する川崎重工業の鉄道車両のブランド力の源泉は、「信頼性」と「安全性」にあります。
例えば、ニューヨーク市の地下鉄は24時間運行であり、故障が少ないことは、車両の有効活用・メンテナンスコストの低減など大きなメリットになります。
このため、米国では「車両信頼性」の要求項目の一つに、車両故障の発生までの最低走行距離が契約上定められており、同社では、ニューヨーク市営地下鉄の基準が100,000マイルであるのに対して、川崎重工業製のR160B車両は、2007年にはその基準の約3倍を達成しました。その後も最低走行距離は毎年伸びており、2012年には約10倍を超える実績を記録しています。
また、「安全性」については、日本では信号や運行管理を含めたシステム全体で安全性を確保しようと考えますが、米国では万一の事故も想定して、高い衝突耐久性が求められているとのことです。
以前、同社製造の台湾の高速鉄道に乗ったことがありますが、台北から高雄までの約340キロを約1時間30分で走りぬけ、とても快適でした。日本と同様に地震の多い台湾において導入されたことは、日本の高速鉄道技術に対する「信頼性」と「安全性」の成果だと思います。米国でも高速鉄道へのニーズが高まってきており、近い将来、同社の製品が導入されることも期待できます。
100年を超える車両製造の歴史によって積み重ねられてき同社の高度な技術力。「信頼性」と「安全性」の日々の積み重ねがブランド力となって、米国での市場の拡大につながっているのです。
ニューヨークを訪問された際にはぜひ、川崎重工業の地下鉄に乗ってみてください。
掲載:2014年4月