MENU

第3回 世界最大の消費財メーカー「P&G」から兵庫県が学んだこと

  • URLをコピーしました!
兵庫県・ワシントン州姉妹提携50周年

著者プロフィール:水口 典久
兵庫県ワシントン州事務所所長。2012年4月にワシントン州にある同事務所に赴任し、兵庫県とワシントン州の経済・文化・教育交流の促進、および姉妹都市交流の支援を担当しています。兵庫県ワシントン州事務所の公式サイトはこちら

兵庫県に日本での事業拠点を置く世界最大の消費財メーカー「P&G」

P&G 米国本社

P&G 米国本社

プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)社は、米国オハイオ州のシンシナティ市に本社を置く世界最大の消費財メーカーで、世界に約48億人の顧客、約70カ国の事業拠点、約120,000人の社員を有しています。

日本には、1972年に合弁企業を設立して進出し、1982年には兵庫県明石市に主力製品のパンパースなど紙製品の工場を設置、1993年には大阪市にあった事務所を統合して、神戸市の六甲アイランドに日本本社とテクニカル・センターを設置、兵庫県を代表する外資系企業として、地域経済に大きく貢献してくださっています。

同社は、世界で年間売上高が10億ドル(1,000億円)を超えるグローバル・スケールのブランドをはじめ、消費者になじみの深いブランドを展開しており、日本では7分野、24品目の製品を販売しています。

【日本で販売されている P&G ブランド】
jp.pg.com
分類 製品名
洗剤・ファブリックケア アリエール、ボールド、さらさ、レノア、ジョイ、ファブリーズ
ヘアケア パンテーン、パンテーンクリニケア、h&s、h&s for man、ヴィダルサスーン、ハーバルエッセンス、ウエラ
紙製品 パンパース、ウィスパー
スキンケア・コスメティック製品 SK-Ⅱ、マックスファクター、イリューム
シェーバー ジレット、ジレットヴィーナス
小型家電製品 ブラウン、ブラウンオーラル B
ペットケア製品 アイムス、ユーカヌバ

多分野に商品展開しているように見えますが、「油脂」という一つのコンセプトによって商品展開されています。

米国本社のあるシンシナティ市は、P&G が1837年に設立された当時は豚の生産が盛んな街で、その副産物のラード(油脂)を使って、ウィリアム・プロクターがロウソク、ジェームス・ギャンブルが石鹸を作っていました。お二人の奥様が姉妹ということもあって、共同で1837年にプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)社を起業。このため、177年が経った今でも同社では「油脂」と関連のある製品展開が行われているのです。

日本で販売されている P&G ブランド

日本で販売されている P&G ブランド

兵庫県と P&G 日本本社との共同プロジェクト

 (1) 「ひょうご・神戸外資系企業誘致プロジェクト」の取り組み

ガイスラー副会長

ガイスラー副会長

兵庫県では、知事と県内の外資系企業のトップが意見交換を行う「外資系企業サミット」という会議を毎年開催しています。2002年3月に開催したこの会議後、当時の P&G 日本法人のヴァーナー・ガイスラー社長(2001年~2004年、現在、米国本社の副会長)から、「ブランド・エクイティ」をテーマに「P&G のマーケティング・スタッフと一緒に兵庫県の外資系企業誘致活動を考えてみませんか」との提案がありました。

当時、外資系企業誘致を担当していた私にとってマーケティング用語の「ブランド・エクイティ」は初めて聞く言葉でした。

その後、P&G の六甲アイランドの本社ビルにて会議が定期的に開催され、P&G からはマーケティング・スタッフ(西口一希ディレクター、久世浩司マネジャー、福吉潤アシスタント・マネジャー、岩原雅子マネジャーほか)と、当時、私が所属していた兵庫県国際経済課投資促進係メンバー(係長の私、林謙太郎主査、石津雅之主査)がチームとなって、マーケティング思考に基づいた兵庫県の外資系企業誘致戦略の策定作業が始まりました。

マーケティングに関して全くの素人の県職員に対して、ガイスラー社長も出席して P&G が取り組むマーケティングの基本を教えてくださり、その基本に従って、兵庫県の外資系企業誘致が置かれる現状の分析、戦略の策定、ホームページなどの広報 PR ツールの作成に共同で取り組みました。

約2年にわたったその取り組みについて、井戸知事とガイスラー社長が2004年6月18日に東京にて発表し、その後、この戦略に基づいて兵庫県の外資系企業誘致の取り組みが展開されています。

その取り組みは、P&G 米国本社のホームページの中のガイスラー副会長の紹介の中で、次のとおり記載されています。

(以下、P&G 米国本社ホームページ、ガイスラー副会長の紹介より抜粋)

彼は常に自分が住む地域のコミュニティ活動に関わっています。ジュネーブ国際大学からは、名誉博士号を、また、海外からの直接投資促進を図るためのマーケティング戦略を開発したことに対して日本の兵庫県と神戸市から名誉大使として任命されています。

He regularly engages in the communities in which he has lived and holds an honorary doctorate from the International University in Geneva, as well as an honorary ambassadorship from Hyogo Prefecture and Kobe City, Japan for which he developed a marketing strategy to attract more foreign direct investments.

(2)ブランド構築フレームワーク-WHO、WHAT、HOW-

外資系企業誘致戦略を作る上での基本的な考え方は、P&G のビジネスで導入されていたブランド構築フレームワーク「WHO、WHAT、HOW」を基本とするものでした。

P&G ではこのフレームワークを基本に、各種マーケティング手法を使って商品開発やビジネス戦略が進められており、私たちもその手法を学びながら、P&G のマーケティング・スタッフと一緒に外資系企業誘致戦略を策定していきました。県庁職員である私たちにとっては初めて聞く内容であり、とても興味深い内容でしたので、一部を紹介させていただきます。

WHO 戦略的ターゲット
WHAT ブランドエクイティ
HOW 具体的な提案方法
  1. WHO の設定 -戦略的ターゲット-

    戦略的ターゲットである「WHO」の設定では、パレートの法則と呼ばれる「80:20ルール」が特に印象に残っています。売上額の8割は全顧客の2割の購入によって成り立っているという考え方です。例えば、P&G においても、各商品の売上げと顧客の相関関係を見てみると、80:20ルールに近い数字になっていると説明がありました。

    この考え方は逆に、100%をターゲットとする商品は誰にも伝わらないという意味であり、ターゲットを絞ることによって具体的な商品イメージが固まっていきます。地方自治体では公平性が基本的な考え方であり、全ての県民を対象に考えることが多いですが、80:20ルールから外資系企業誘致の取り組みにおけるターゲットを絞ることの意味を学びました。

  2. WHAT の設定 -ブランド・エクイティ-

    「ブランド・エクイティ」の WHAT の設定では、5C(顧客、競合、市場、地域、自社)分析、SWAT(強み、弱み、機会、脅威)分析などを学びましたが、特に、Points-of-Difference(POD:差別化要素)、Points–of-Parity(POP:同質化要素)が印象に残っています。

    POD はそのブランドを選択させる固有のブランド価値であり、POP はその商品が基本的に備えておかないといけない同質化要素で、POD があっても、一部の顧客には売れても、POP がないと、第2、第3のニーズの顧客の満足を満たすことができません。このため、顧客ニーズを理解して、ブランドとしては POD と POP の両方を提案することが重要とのことでした。

    例えば、油汚れに強い他社とはまったく違う特殊な差別化要素(POD)を持った洗剤を開発しても、手荒れをしないなど一般家庭で洗剤に求められる、他社と同様な要素(POP)を備えていることが必要とのことです。

    こうした視点で、海外企業から見た兵庫県の持つ魅力であるブランド・エクイティ(ブランドの資産価値)は何かを探っていったわけです。

  3. HOW の設定 -具体的な提案方法-

    HOW の設定では、 商品と顧客の接点という視点での、「第一の真実の瞬間(Win the First Moment of Truth:最初にブランドの触れる瞬間)」、「第二の真実の瞬間(Win the Second Moment of Truth:ブランドを体験する瞬間)」という考え方です。

    商品と顧客が触れる接点(タッチポイント)としては、1)認知、2)閲覧、3)購買、4)使用、5)想起、6)再購買、7)主張と7つのタッチポイントがあるとのことです。

    P&G では、小売店の店頭を「第一の真実の瞬間」ととらえ、それを購入して家庭で使用・消費する瞬間を「第二の真実の瞬間」として、顧客との商品の重要なタッチポイントとして位置づけています。

    海外企業と兵庫県のタッチポイントはどこか、また、効果の高い具体的な提案方法を考えていきました。

マーケティングの考え方を学ぶうち、例えば、自動販売機、コンビニエンスストアで、ペットボトルのお茶を買うとき、私たちは、自然とそのブランドが持つ「ブランド・エクイティ」を判断して買っていることに気がつきました。

同じお茶であれば、家で飲めば値段も安いですが、何かの必要性やニーズがあって、自分の好きなブランドのお茶を買って、そのペットボトルのお茶から家で飲むお茶とは違う「幸福感」「満足感」など、何か新たな「価値」を感じています。これがその商品の持つ「ブランド・エクイティ」なのです。

(3)基本理念・原則 -Investor is Boss(投資家がボス)-

P&G では、「Consumer is Boss(消費者がボス)」が基本理念・原則となっていますが、「ひょうご・神戸外資系企業誘致プロジェクト」では、「Investor is Boss(投資家がボス)」を基本理念・原則として、「売り手視点」から「買い手視点」への思考の変更であり、ガイスラー社長はこれが大切なポイントであると話されていました。

「ブランド・エクイティ」としては、1)外資系企業に最高の事業開始サービス 2)外国人に最高の生活環境が提供できる「日本でのビジネスの最適な入口 ひょうご・神戸(Hyogo-Kobe, Best Portal Zone)」として設定するなど、「ひょうご・神戸外資系企業誘致戦略」を策定して、次のとおり具体的な取り組みを行いました。

  1. Best Portal Zone を目指す「6つのベスト」の設定
    「進出サービス、優遇制度、ビジネス施設、生活環境、交通アクセス、安全環境」
  2. コミュニケーション・ツール(パンフレット、DVD)の作成
  3. 提案型ウエブサイト「Hyogo-Kobe, Best Portal Zone」の作成
  4. ひょうご・神戸ナレッジエンジェル
  5. ひょうご・神戸アラムナイネットワーク

これらの取り組みから10年以上が経過しましたが、「日本でのビジネスの最適な入口 ひょうご・神戸」として、当時の基本的なマーケティング思考を活かしながら、外資系企業誘致サイト、パンフレット、DVD の活用や毎年開催する外資系企業サミットと併せて「ひょうご・神戸アラムナイネットワーク」の下、ひょうご・神戸にゆかりのある方々との交流会を開催するなど、「Investor is Boss(投資家がボス)」の基本理念・原則に基づく活動を行っています。

外資系企業誘致サイト「Hyogo-Kobe, Best Portal Zone」
>> www.hyogo-kobe.jp/best/
ひょうご・神戸投資サポートセンター
>> www.hyogo-kobe.jp/his/

(4)観光分野への WHO、WHAT、HOW のフレームワーク活用

2008年4月から兵庫県の観光 PR である「あいたい兵庫キャンペーン」を担当することになり、同じフレームワークを使って戦略的ターゲットを定め、それにあったブランド・エクイティを見つけ、観光パンフレットやホームページなどの作成を行いました。

その際、12年間にわたり P&G 日本法人で化粧品等のブランド・マーケティングを担当され、退職後の2010年9月にリ・ブランディング ジャパン株式会社を立ち上げられた高田雄生氏にお会いする機会がありました。

高田氏は、「世界水準のブランド・マーケティングを観光・ホスピタリティの領域へ」をテーマに、ホテル・旅館、観光都市などへのコンサルティングを行っています。同社のサイトを見ると、私たちが学んだ P&G の WHO、WHAT、HOW のブランド構築フレームワークをその道のプロフェッショナルがどのように観光ブランディングに使用しているのかがよくわかります。

P&G は人材を一番大切な経営資源と位置付けて、特に人材教育に力を入れており、P&G を巣立った人材は、高田氏のように独立したり、他企業マーケティング分野の第一線で活躍しています。

 -世界水準のブランド・マーケティングを観光・ホスピタリティの領域へ-
【企業名】 リ・ブランディング ジャパン株式会社
【代表】 高田雄生
【設立】 2010年9月
【所在地】 神戸市東灘区向洋町中6-9
【公式サイト】 www.rebranding-jp.com

「Rising Tide」-Lessons from 165 Years of Brand Building at Procter & Gamble-

マクドナルド前会長兼 CEO

マクドナルド前会長兼 CEO

2013年6月末、P&G 本社を訪問し、ボブ・マクドナルド前会長兼 CEO(1996年~2001年:日本法人社長)に兵庫県功労者表彰をお渡ししました。その際、同社の歴史をブランディングの視点でまとめて2004年7月に発行された 『Rising Tide』(Harvard Business School Press 発行:Davis Dyer 氏、Frederick Dalzell 氏、Rowena Olegario 氏共著)という本をいただきました。

画像をクリックすると、Amazon へリンクします

それには、1837年にロウソク職人のウィリアム・プロクターと、石鹸職人のジェームス・ギャンブルが共同でプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)社を設立し、世界最大の消費財メーカーになるまでの軌跡がまとめられています。

題名となっている「Tide(タイド)」は1946年に P&G が開発した合成洗剤で、P&G の発展を大きく支えた商品。1879年に開発された純度の高い石鹸「Ivory(アイボリー)」や「Tide(タイド)」など、顧客が必要とする消費財を開発するために、科学を取り入れて研究開発に取り組む地道な姿勢と、グローバル企業として他社との競争に勝つために、ブランディングという視点で新たな価値を生み出す取り組みが歴史を追いながら詳細に書かれています。

毎日何気なく使っている歯磨き粉やシャンプーなどが、そこまで考えて作られていることに驚きました。

「Rising Tide」と「P&G ウェイ」

「Rising Tide」と「P&G ウェイ」

画像をクリックすると、Amazon へリンクします

これを日本語に翻訳したものが、P&G の日本や海外のマーケティング部で活躍され、現在、神戸市に本社を置く株式会社ワールドの執行役員・海外本部本部長の足立光氏と、同じく P&G 日本法人でブランドの宣伝を担当し、現在は翻訳家の前平謙二氏によって2013年7月に『P&G ウェイ』として東洋経済新報社から発行されています。私もこの記事を書くにあたってたいへん参考にさせていただきました。P&G の歴史やブランド・マーケティングに関心をお持ちの方はぜひお読みいただければと思います。

P&G から学んだこと -研究開発力とブランディング力-

P&G は世界の中でも商品の品質に対して厳しい目を持っている日本の消費者から多くのことを学び、「日本で成功すれば、世界で成功する」と考えているそうです。世界最大の消費財メーカーである P&G の力の源泉となっている「研究開発力」と「ブランディング力」は、市場環境の異なる各国の市場から学ぼうという謙虚で粘り強い姿勢から生まれているのでしょう。私たちが学ぶべきことは、この学ぶ姿勢だと思います。

ガイスラー社長の発案で、兵庫県は、P&G からマーケティング思考を学び、その発想は、外資系企業誘致、日本企業誘致、そして、観光キャンペーンに活かされています。

また、私自身、何かの事業に取り組む時は、自然と「WHO、WHAT、HOW」と考えて行動しています。例えば、今回の事業の対象は誰で、その対象に伝えるべきブランド・エクイティは何か、そしてそれを伝えるためには、「第一の真実の瞬間」はどこで、「第二の真実の瞬間」はどこであり、一番効果がある提案方法は何かと考えるようになっています。

2013年からラフリー会長兼 CEO が米国本社に復帰されましたが、ラフリー氏は日本法人社長の時に、1995年1月17日の阪神・淡路大震災を経験され、日本法人のビジネスの復旧に取り組み、また、被災者の支援活動に尽力してくださいました。2016年春には神戸市内の三宮エリアに建設される新たなビルへ移転する P&G 日本本社。兵庫県はこれからも P&G から多くのことを学んでいきます。

掲載:2014年9月



  • URLをコピーしました!

この記事が気に入ったら
フォローをお願いします!

もくじ