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第52回 子育てとスーツケース

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娘が大喜びで見つけた、神戸ハーバーランドの煉瓦倉庫にあるオールド・スパゲティ・ファクトリー

娘が大喜びで見つけた、神戸ハーバーランドの煉瓦倉庫にあるオールド・スパゲティ・ファクトリー

行き交う船や、ポートタワーの優雅な曲線を見つめる。神戸を訪れるたびに、このハーバーランドに来る。神戸では「山側」・「海側」という表現をよく使うが、私は海側を好む傾向にある。だが、今日来たのはそのためだけではない。「あの近くにさあ、オールド・スパゲティ・ファクトリーがあるの。行こうよお。」娘が懇願したからだ。そういえば、シアトルでの週末、オールド・スパゲティ・ファクトリーは、気軽にランチを楽しめる家族向けレストランとして、時おり足を運んでいた。まだ子供たちが幼かった頃は、店内の汽車に陣取ったものだ。日本では、神戸と名古屋にしか店は出ていない。ポートタワーの展望台から一望できる港と市街地、六甲山のパノラマも、今日の娘にはさほど意味を持たない。彼女の頭の中は、オールド・スパゲティ・ファクトリーで一杯に違いない。

一方、息子は、梅田の紀伊国屋書店で買ったアメリカ小説のペーパーバックを読みふけっている。夫は夫で、手持ち無沙汰に土産物を眺めている。やれやれ。神戸の風景に心躍らせ感傷に浸るのは、私だけか。六甲山の連なりを背景に、テニスラケットを振り回していた中学生時代や、生意気な新聞記事を書いてはお目玉を食らっていた高校生時代を思い浮かべる私の横で、家族はそれぞれの世界に浸っている。無理もない。彼らの中にあるふるさとは、私のふるさととは違うのだから。

娘が嬉々として探しあてたオールド・スパゲティ・ファクトリーは、幾分こじんまりとしているものの、店内の雰囲気やインテリアはどこかシアトルの店を彷彿ともさせた。パスタを食べながら子供たちが繰り返し言う。「なつかしいねえ。」「シアトルに帰りたくなるねえ。」詰襟の学生服が板につこうとも、漢字テストで満点を取ろうとも、彼らの心の故郷はエメラルドシティにある。その反面、「ママ、シアトルでも剣道を続けられるかなあ?」と真顔で尋ねる剣道部キャプテンの息子や、「東京オリンピックの時には日本に戻って来て、通訳のアルバイトをやるんだ」と熱を込めて語る娘に、安堵の息もつく。二つの国の文化を背負った国際人に、などと気負うつもりはさらさらない。

「お宅はいいわよね、バイリンガルで。」その手のコメントをもう何度受け取ったか判らないが、子供たち自身は二ヶ国語を活かし文化の架け橋となる道を選ぼうとしている訳ではないし、親もそれを期待はしていない。「ハーフのバイリンガル」だからといって、皆が皆、外交官よろしく国際舞台で活躍する訳などない。肩に力を入れず、自然体でいいじゃないか。それでも、母親の国で積み重ねてきた日々が、彼らの中に何かを残し、何らかの形で生きていく上での原動力に繋がるのであれば、それはとても嬉しい。

子育てとかけて、スーツケース、ととく。いや、正確には、スーツケースを詰めることの手助け、かな? 東京都心のビルの狭間であっても、緑滴るシアトルであっても、または全く異なる地であっても、それぞれの場所でそれぞれの「いいとこどり」をして、彼らのスーツケースを一杯にし、いつの日か巣立つ彼らに渡してやりたい。その中から、何を選び取り、何を糧にするかは、彼ら自身の選択である。少々重くなるかもしれないけど、これがお母さんからのプレゼントだよ。心で呟く。雪が舞う大阪を発った新幹線「のぞみ」は、東京駅に向かって滑り出した。

掲載:2015年1月

お断り:著者は、一個人として、また弁護士として、プライバシー尊重という理由に基づき、当コラムで扱う人物名や場所名、または設定などにおいて、ある程度の内容変更を余儀なくされる場合があります。御了承ください。

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