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第49回 5分間のエメラルド・シティ:スターバックスへの想い (1)

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もうひとつの部屋

この広告に目を奪われ、バレンタイン・チョコレート・プレッツェル・モカを注文した東京の某スターバックス。

この広告に目を奪われ、バレンタイン・チョコレート・プレッツェル・モカを注文した東京の某スターバックス。

ぐり、ぐら。ぐり、ぐら。私が絵本を読む。マッシュルームカットが似合う息子。プリンセス気取りのワンピースを着込んだ娘。二人が神妙な顔つきで耳を傾ける。イーストサイドの自宅近くにあるスターバックス。ゆったりと流れる時の中、暖炉の前のソファに身を沈め、冷えた体を温めながら、即席ストーリータイムとしゃれ込んだ。子供たちが赤ん坊の頃から、私はこの店内で過ごすひと時に小さな喜びを見出していた。髪振り乱し、乳幼児の子育てと格闘していた頃。苛立ちも焦りもあった筈なのに、思い出という名のフィルターを通す瞬間、その日々もきらきらと煌いて映るから不思議だ。昨日の繰り返しに過ぎないじゃないかと溜息交じりの日常の中、ささやかな非日常の空間を創り出そうと、無意識のうちに居場所を確保していたのだろうか。バリスタや常連さんとのsmall talkも、いつしか店でのひと時に華を添えていたのだろう。時には、同じ年齢の子を連れた母親仲間と、プリスクールの情報を共有したこともある。店内でチューターとして高校生にスペイン語の手ほどきをする、やはり常連組の女性と親しげに話し込んだ時もある。彼女達は、今、どうしているのだろう。

「ほら、『らっぱ』は、こういうふうにかいてね。」 子供たちが成長するにつれ、スターバックスは読み聞かせをする場所から、「おべんきょう」をする場所へと変わっていた。「さあ、おうちをでようよ。」日本語補習校に入学したはいいものの、宿題に根を上げ、時には日本語への嫌悪さえ示す息子をせきたてるように、ワークシートや日記帳をバックパックに詰めさせ、車を走らせた。まさか、その数年後に子供たちが東京の学校に通おうとは夢にも思わなかった。まがりなりにも二人が日本語を操れるようになった陰に、実はスターバックスという環境が一役買っていたのだ。

私が司法試験の準備をした場所も、スターバックスにほかならない。大半の受験者は予備校に通うのに、ケチな私はお金を節約したかったこと、そして単独で勉強する方を好んだことなどから、連日、店に陣取っては問題集をひもといた。海の街で潮風と戯れ気分転換を図ろうと、ウエストシアトルくんだりまで足を運び、ビーチの脇にあるスターバックスを勉強部屋に見立てた午後もある。週末には喧騒に辟易させられるアルカイ・ビーチも、平日には異なる空気が漂う。波も風も光も、心なしか、もっとやさしく感じられる。フラペチーノを片手にその空気感に身を浸しながら、刑法や民事訴訟法の練習問題に取り組んだ。Third Placeとは、よく言ったものだ。こうして書きながら、改めて驚く。スターバックスは、いつだって私に、もうひとつの空間を提供してくれたじゃないか、と。

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