ラッシュ時の電車でもみくちゃにされながらも、器用な手つきでスマートフォン、いや「スマホ」を操りゲームに興じる会社員。丹念にブローされた茶髪を艶やかに光らせ、パンプスの踵の音を涼やかに響かせながら表参道や丸の内の舗道を闊歩する女性たち。中学受験の名のもと、参考書でパンパンに膨れ上がったカバンをたすきがけにし、夜のプラットフォームに立つ塾帰りの小さな戦士。説明会や会社訪問に駆けずり回るのだろう、就活報告会も兼ねてか喫茶店に陣取る、ぎこちないスーツ姿の大学生グループ。東京の空の下、この日常の風景を、アメリカ暮らしの長い私は、珍しいものでも眺めるように視界に入れる。同時に、その風景に溶け込めず立ち往生する自分に気づきもする。世界有数のビル街の真ん中で、どうしても、ひとときの「故郷」の温もりを味わいたくて、スターバックスへと足を早める。5分間、いや時にはたった2分間のエメラルド・シティ。ドアを開くと、そこに拡がる小さな空間はシアトルの店で見慣れた色彩に欠けるようで、少し淋しくもなる。それでも掌の中のラテは温かい。
スターバックス本社で出会ったスティーブが言う。「君が日米のスターバックスは違いがあると書いてきたから、当初は店のレイアウトやインテリアでも違うのかなあ、なんて思ったんだけどね。」「アメリカのスターバックスは、small talk を通して、お客さんとの交流を大切にすることを奨励してるけど、日本ではアプローチが異なるみたいだね。」私の説明に耳を傾けていたスティーブは、そんな風に感想をもらした。「確かに、日本では、アメリカのような small talk は根付かないかもしれない。でもね、できることから始めていけば、いいんじゃないかな。たとえば、ダークスーツを着込んだ58歳の重役を前に、いきなりバリスタが、『最近いい天気が続いてるけど、今度の週末は何かプランでもあるの?』なんて聞いたら、どうも不自然だよね。だけど、フリーランスっぽい20代の常連客に聞くのは悪くないだろう? そんなところから少しずつ始めていくと、どこかで変革が起こるかもしれないよ。」スティーブの言葉に、私は頷いた。日本には、日本のやり方がある。そんな解釈がある反面、グローバル社会へと歩を進めるのであれば、それなりの変革が必須だという見方もある。何かを皮切りとして、日本も徐々に変革を遂げていくべきなのかもしれない。梅雨入りで傘が手放せない東京の雨空の下、ラテの温もりを後生大事に包み込みながら、ふっと海の彼方のエメラルド・シティへと想いをめぐらせた。
エバーグリーン・ステートで足を踏み入れた数々のスターバックス。アルカイ・ビーチで、潮風を頬に感じながら、司法試験の問題集をひもといた海沿いの店。シアトル市内から乗ったフェリーで辿り着いたブレマートンの噴水公園で、遊び疲れた子供たちを引き連れ、休憩がてらにひと息ついた店。宿題に読み聞かせと、学習や子育ての場も提供してくれた自宅近くの店。あの匂い、あの空気、あの会話、あのシーン。エスプレッソの香りに包まれて、それぞれの小さな物語が息づいている。そして、それは、私がいつか帰る世界でもある。
掲載:2014年7月
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