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第54回 アップルが教えてくれたもの

著者プロフィール:神尾季世子
弁護士として、雇用法を土台としたコンサルティング・ビジネスに携わる。ライターとしても、雇用法、移民法、憲法、遺産相続など幅広い分野において執筆。代表作は GLOBAL CRITICAL RACE FEMINISM: AN INTERNATIONAL READER (2000, New York University Press)に収録された。フィッシュ・アンド・リチャードソン、モリソン・フォースターなど日米の国際法律事務所で訴訟関連プロジェクトに関わる。連絡先は、info@kamiolaw.com。当コラムのタイトルにある「プロセ(Pro Se)」は、ラテン語で “on behalf of oneself” という意味であり、弁護士を雇わずに個人の力で訴訟を起こす原告を指す専門用語。「自力で道を拓く」という私的解釈により著者の好む言葉である。

一枚の写真がある。皇居のお壕を背景に、千鳥ヶ淵の緑道に佇む二人の少年が肩を組む。一人は真剣な面持ちでカメラを凝視し、もう一人は笑っている。ライトグリーンとグレー。色違いの T シャツを着ている。その胸にあるのは、りんごのロゴ。皇居のお壕を背景にしたその写真を通して、北カリフォルニアの初夏の風が、心を吹き抜けるかのようだ。

グローバル化の必要性が提唱される日本社会。「日本文化を超越した国際舞台で、より多彩なオーディエンスを対象に自己表現する能力を培わねばならない」。そんな意識が浸透した。今回は、この観点から、聴く人の心に響くスピーチやプレゼンテーションとは何かを考えたい。高さを競う東京都心のビルの狭間で、心なしか頬を掠めるウエストコーストの風を感じながら。

出張時に面談の機会を持ったシリコンバレーのアップル社。

仕事の一環として、役員クラスの人を含め法務やコンプライアンスの責任者と面談するため、アメリカと日本で数え切れない程多くの企業を訪問してきた。オハイオの小都市・シンシナティの中心部に、お城のごとく君臨する世界的企業、P&G。ジーンズ姿の若い社員が颯爽と闊歩し、活力漲るYahoo。エスプレッソの薫りが漂う、カフェのように洒落たオフィスが素敵な Starbucks。日本国内での訪問先には、外国人社長抜擢でメディアの注目を浴びた企業もあれば、ベンチャー精神を保持し、異端児の集団のような風土を醸し出しながらも伝統的大企業と肩を並べるまでに成長を遂げた若い会社もある。のべ100社にも達するのではないかと思われる日米の訪問企業の中で、私の心に最も鮮明に残ったのが、アップル社だ。

サンフランシスコ市内での仕事を終えた後、ゴールデンブリッジが描く優美な曲線を目のあたりにしながら、Caltrain に乗り込み汽車旅に出た。赤坂のネオン。六本木の喧騒。渋谷の交差点を埋めつくす人の波。車窓越しに流れるカリフォルニアの景色に心を浸すうちに、東京で見慣れたシーンがひとつ、またひとつと遠ざかっていく。都内での目まぐるしい生活に、無意識のうちに肩で息をしていたのかもしれない。そんな私の目に、西海岸の景色はやさしく映った。「Hi, Are you Kiyoko? I’m Glen. Nice to meet you.」ロビーで、初対面の私にそういって手を差し出したグレン(仮名)は、濃紺のポロシャツにジーンズが似合う、いかにもアップルの空気に溶け込んだ若き幹部社員だった。彼との話の内容は多岐に渡るが、社内研修などの場におけるプレゼンテーションのスキルについて聞いたことをここでは取り上げたい。「日本企業の研修を見学したことがあるけど、あれは最悪だ。That was awful!」日本を頻繁に出張で訪れるというグレンは、ウンザリとした表情で単刀直入に言ってのけた。「研修が終わったら、参加者は、『勉強になりました』 とか何とか褒め言葉を使うんだよ。でもさ、それが社交辞令に過ぎないことは明白だ。本当につまらないんだよ、日本の研修って。あれじゃ、眠くなるのも当然だ。」随分とズケズケ言う人じゃないか。心の中で苦笑する反面、彼の言葉に頷きもした。確かに一理ある。

「皆さん、寝ちゃいそうな内容ですけどね。」以前、私が日本で参加した研修の冒頭では、聴衆を前に司会者がそのような言葉をこともなげに発していた。「寝ても、いびきだけはかかないで下さいよ。」受けを狙ったのだろう。涼しい顔で、司会者が言った。だが、仕事が多忙を極める中、わざわざ時間を作って参加した当方にしてみれば、笑う気にもなれない。それから2時間近くにわたって展開した研修は、確かに無味乾燥としか言いようのないものだった。同じ内容でも、創意工夫でいくらでも「眠くならない」ものにできる筈なのだが、その工夫を凝らそうという気概にさえ欠けるのだろうか。会議にしても、しかり。丹念に作成されたスライドの各ページに所狭しと文字や数字が埋められ、それをただ復唱するに過ぎないような発表を聞かされることがある。「あのう、その資料を印刷したものを戴けますか? 自分で読んだ方が早いですから。」懇切丁寧な「音読」を延々と聞かされる立場としては、つい横槍を入れたくなる。

しかし、この傾向は、ビジネスの場のみならず、学校でもよく見られる。入学式や卒業式といった、子供にとっては生涯一度の晴れ舞台でさえ、校長先生や来賓客は、あらかじめ準備した原稿から顔も上げず棒読みをしたりする。「友達を大切にしましょう。」「勉強にスポーツに全力を尽くし、充実した学校生活を送りましょう。」これでもかとばかりに聞き古したフレーズが繰り返され、何の印象も残さない、そんなスピーチが目立つ。延々と続く単調なトーンに愛想をつかし、あくびを噛み殺すような生徒もいる。たとえ断片的なフレーズでもいい。成長した子供たちが、その晴れのイベントを何年か後に振り返る時、ふっと心に蘇るような言葉を贈ってはくれないものか。そう切に思う。

シリコンバレーへの汽車旅へと発ったサンフランシスコ市内。

これまで私が日本で聴いてきたスピーチやプレゼンテーションは、概して無味乾燥なものが多かった。むろん、例外はある。だが、それらはあくまでも例外でしかない。文化的背景を考慮すれば、やむを得ないことなのかもしれない。アメリカでは、幼稚園児にして、Show & Tellというパブリックスピーキングの練習の場が与えられる。ぬいぐるみやミニカーなど、お気に入りの一品を手に仲間に紹介するものである。年齢が上がるにつれて、授業でのプレゼンテーションの機会も与えられ、時にはチーム対抗のディベートもする。言葉を使っての自己表現が日本より何倍も重視され、日常的に実践されている。自分の意見を的確に言葉で表現するコミュニケーション能力が、成功する上での要素として重視されるのがアメリカ社会である。それを反映するかのように、キャリアで業績を上げるアメリカ人には、コミュニケーションのスキルに長けた人が圧倒的に多い。

だが、アメリカ人に学ぶところが多いと私が痛感するのは、彼らが発揮する Storytelling の力である。以前のコラムで、日米のスターバックスの比較を通し、アメリカの small talk culture を描写した。その文化の延長線上とも言えるが、アメリカ人は、自らの体験や見聞きした話などを題材として、大なり小なりストーリーをスピーチに織り込み活用することに長けている。アップル社でのミーティング中も、その話が登場した。「ストーリーこそが人の心に語りかけ、人の心に残るんだよ。」面談中、グレンが熱を込めて語った。アメリカ人のスピーチがインパクトを生みやすいのは、必ずしも、ダイナミックな手振り身振りや抑揚のついた話し方、アイコンタクトなど外的な要素に左右されるからではない。彼らは、内容にストーリー性を持たせることにより、ともすれば単調で印象が薄くなりかねない話に息を吹き込み、奥行きを持たせ、聴衆の心に訴えかけようと努める。"Keep looking. Don’t settle." "Stay foolish. Stay hungry." そんな呼びかけが、スタンフォード大学卒業式で多くの人々の心を揺さぶった、元アップル CEO のスティーブ・ジョブズ氏によるスピーチ。それもまた、ジョブズ氏が、挫折や試行錯誤も含め彼自身が歩んだ道を振り返りつつ、若い世代へのメッセージを贈るという、ストーリー性のあるものだった。

アップルの面談中には、社内コンプライアンス研修へのアプローチについても聞く機会に恵まれた。アップルでは、コンプライアンス研修に、日本の相撲界における八百長の話を一種のストーリーに仕立てて使用していた。なるほど、iPad で見せてもらった研修用資料には力士のイラストが描かれていた。「八百長について聞いた時、これはうってつけの題材だと思ったんだよ。日本じゃ、こういうのは使わないの?」グレンは言った。後日、都内で訪れた外資系企業でもまた、コンプライアンス研修にストーリーを活かしていた。差別問題についての研修で、日系アメリカ人が戦時中に強制収容所に送り込まれた歴史的事実をストーリーに仕立てていたのだ。それも、歴史の授業のように話すのではなく、実話を題材に取り入れ、血の通ったものを創り上げたのである。コンプライアンス責任者(私の友人の日系アメリカ人女性)が、戦争の影で自らの母が辿った道を、彼女自身の口で語ったものだ。簡潔に要約すると、次のようなストーリーである。彼女の母が日系であるがゆえに受けた人種差別。しかし、強制収容所へと発つ前も、そこを後にした時も、彼女に対して常に温かい眼差しを注ぎ、彼女を守ろうと立ちはだかる白人の親友がいた。二人の絆は歳月を経ても途絶えることなく、年老いた今も彼女らの友情は固い。この研修のビデオを見せてもらった私は、感銘を受けた。「肌の色で人を差別するのは、やめましょう。」そんなスローガンを耳にしたところで、その言葉が心の琴線に響くことはないが、実話を元にしたストーリーには深みが感じられる。

アップル社の建物

別の企業訪問中も、喫煙に関する話を通して、ストーリーの持つ意味を再確認させられた。「喫煙は健康に悪いので、やめましょう。」いくら声高に叫んだところで、それは意味をなさない。今どき、煙草の煙をくゆらせる本人も喫煙が体にいいと思ってはいないだろう。「悪いのは頭ではわかっているんだけどね。なかなか、やめられないんだ。」そんな悩みを抱える人が多数いるのが現状だ。訪問先の会社では、禁煙に成功した元ヘビースモーカーの役員が、「孫の顔を少しでも長く見ていたい。だから、禁煙に踏み切ることにした」と、孫への愛情を軸に、自らの体験を社員と分かち合った。そのストーリーに心を揺さぶられた社員の中から、一人、また一人と禁煙に挑戦する人が出てきたという。ダークスーツに身を包んだ企業戦士が語るストーリーの向こうに、幼子を膝の上に乗せて相好を崩す一人のおじいちゃんの姿が見え隠れしたのかもしれない。「何も規律化した訳じゃないですけどね。禁煙に挑もうという風土が、自然に培われつつあるんです。」人事部長が語ってくれた。

血の通ったストーリーには、聞く人の心にまっすぐに届くメッセージがこもっている。ボディランゲージやアイコンタクトといった要素も、確かに重要だろう。(日本人にはこれらの要素が欠けていると辛らつに批判する声も大きい。)しかし、そのような事にこだわり過ぎるのも逆効果に思われてならない。日本人が欧米人の真似よろしく、大袈裟に肩をすくめてみたりしても不自然に映るだけだ。身振り手振りを取り入れたり、ユーモアたっぷりに聴衆を笑わせたり、そんな小手先(と私には思える)のことは二の次でいい。直立不動で、訥々と話すのだって、構わないと思う。いや、内容によっては、むしろその方がふさわしい場合もある。最終的に、人に感銘を与え、人の心を動かすのは、あくまでも内容である。

あるチャリティ・イベントで聞いたスピーチを思い出す。都内のスラムとされる町で、路上生活者も受け入れるホスピスの代表者によるスピーチだった。ホームレス、貧困、死。そんな深刻極まるテーマが重なるだけに、正義の味方による説教じみたスピーチを聞かされるのではないか。不謹慎ながら、一瞬、そんな危惧が私の心の片隅に生じた。だが、訥々と語った彼のスピーチは、よい意味で私の予想を裏切ってくれた。「あるホームレスの男性が、ホスピスで息をひきとった。職員が彼の遺品の整理をしていた時、タオルが見つかった。男性が生前通いつめていたパチンコ店で景品にもらったタオルである。そこには、『ありがとうございました』 という文字が書かれていた。最期を看取った職員に対する故人からの感謝の言葉のように思われ、居合わせた人は涙を流した。」記憶に頼らざるを得ないのが残念だが、そんなエピソードだった。その簡潔なストーリーから、大都会の片隅で、世間から切り離されたように存在するドヤ街のホスピスの簡素な建物や、こじんまりとした寝室、そこでささやかな生涯の幕を閉じた男性、そして図らずも彼が遺した言葉。そんな情景が一枚の絵画となって、私の脳裏に映し出された。淡々と語られた、おそらくは一分にも満たないこのストーリーは、これからも私の心の奥で静かに呼吸を続けていくのだろう。

シリコンバレーに向かって揺られた汽車・Caltrain

アップル社訪問時、私自身もひとつのストーリーを面談相手のグレンに披露した。「へえ、さんざん偉そうなことを書いておきながら、その程度の話をストーリーと呼ぶの?あんたの腕も大したことないね。」読者の方からは、そんなお叱りの声が飛ぶかもしれない。それでも、グレンはこのストーリーに真摯に耳を傾け、「いい話だ」と言ってくれた。そして、帰国後、彼からの思いがけないプレゼントが職場に届いた。その小さなストーリーをここで披露させて頂きたい。

「私には、東京で公立中学に通う息子がいます。アメリカで生まれ育った彼は、日本の学校教育に馴染めず、時には級友からガイジンと呼ばれたり、『お前の国は、俺の国に原爆を落としたんだよな』 と言われたりと、いわゆるハーフであるがゆえの苦しい体験もしてきました。『ママ、アメリカに帰りたい。』 何度、私にそう言ったことでしょう。母親として、当然ながら私も心を痛めていました。そんなある日、私が遠地へ出張中、息子から電話がかかってきました。『A 君から、今度の週末、うちに遊びに来いって誘われたんだ。』 私は、仰天しました。A 君とは小学生の頃から仲が険悪で、喧嘩を繰り返していたからです。どう考えても、その A 君が息子を自宅に招待するとは合点がいかず、これは何かの悪戯ではないかと心配をしました。行かせるのはやめようと考えましたが、私は出張中の身、何もできないまま週末が訪れ、息子は A 君宅へ出かけました。そこで、A 君は、息子にこう頼んだそうです。『俺に英語を教えてくれないか。』 そして、A 君は目を輝かせました。『俺の将来の夢は、シリコンバレーへ行って、アップルに就職することなんだ。俺はアップルが好きでたまらない。夢をかなえるためにも、英語を習いたいんだ。』 実際、彼はアップルの製品を愛用し、家族旅行でシリコンバレーへの本社へも出向いた程、アップルを敬愛しているとのことでした。その A 君に息子は英語を教えて帰ってきたそうです。その日をきっかけとして、A 君と息子の間には、小さな友情が芽生えました。12歳の少年が海の彼方から頬を紅潮させ、目をキラキラさせて、『何がなんでも就職する』 とまで言い切る会社。今、この瞬間、世界中でどれだけの少年や少女が、この会社の製品を手にし、「アップルって、かっこいい」「アップル、大好き」と、心の中で憧憬を膨らませていることでしょうか。それが、あなたの会社なんです。『苦手な英語も、アップルのためならマスターしてみせる。』 一人の人間の生き方に影響を及ぼす程のパワーを秘める。それが、あなたの会社です。」

後日、東京のオフィスへと舞い戻った私に、シリコンバレーから郵便物が届いた。「息子さんと A 君に」と贈られたのは、お馴染みのりんごのロゴが付いた色違いのTシャツ2枚。早速、二人に着せ、皇居のお壕を背景に写真を撮影した。息子の肩に手を廻す A 君。笑いながら V サインを掲げる息子。その写真を見ると、カリフォルニアでの出会いが蘇る。人の心に染み入り、人の行動にさえも影響を及ぼすようなストーリーを紡ぎ、分かち合えるようになりたい。よき語り部となるべく、一瞬一瞬を懸命に、そして丁寧に生きたい。心にノートを携えて、その時々の想いを記しておきたい。道端の紫陽花が色濃く彩りを添える東京の街で、心の中を吹き抜けるシリコンバレーの風に、想いを馳せる。その瞬間、後生大事に握り締めたアイフォンのりんごのロゴが、掌の中から微笑みかけてきたような気がした。

掲載:2015年7月

お断り:著者は、一個人として、また弁護士として、プライバシー尊重という理由に基づき、当コラムで扱う人物名や場所名、または設定などにおいて、ある程度の内容変更を余儀なくされる場合があります。御了承ください。

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