大小さまざまな IT 企業が集中するシアトル地域で行われているコンピュータ教育とは? Google で働くエンジニアの今崎憲児さんによる実録エッセイ。
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筆者プロフィール:今崎 憲児(いまさき・けんじ)さん(通称:ケンジ先生)
Seattle IT Japanese Professionals (SIJP)スタッフ。現職は Google の Android 部門のテストエンジニア。神戸市生まれ、熊本県育ち。九州大学情報工学科修士課程修了、カールトン大学コンピュータサイエンス PH.D. 卒。シアトルには2004年から在住。その間、Amazon と Google でさまざまな職種を経験。今興味があるのは、子供に対するコンピュータ教育と熊本地震救済活動。公式ブログはこちら。
前回は SIJP でコンピュータ講座を始めたきっかけなどをお話ししました。
今回は、教材を開発する手順についてご説明します。
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最初にテーマを決める
基本的に、カリキュラム(CS Unplugged、連載第2回でご説明した code.org、または SIJP 独自のもの)に沿ったテーマを選んでいます。CS は奥が深く、全米の学校で採用されている CS Standard に定められているように、本当にたくさんのテーマがあります。
また、技術ではなく、CS の基礎を教えることにより、長期的に利用できる基礎を教えるよう心掛けています。さらに、クラウドや UX デザインの講座のように、よく仕事で使われているものをわかりやすく解説することも行っています。
教材を開発する
テーマが決まったら、子供達が楽しめて、かつ学びたいと思えるような教材(スライドやアクティビティ)をデザインします。その際に考慮するのは、次の項目です。
- 楽しさ!
- Gamification(さまざまな要素をゲームの形にする)
- Role Playing
- ツールを最大限使うこと
- 体を使うこと
- 競争原理
- 効果を実感できること
- チームで課題に取り組む
- たくさんの人の意見を取り入れる
- 動画を使うこと
良い教材を開発するためには、次のことも考える必要があります。
- 異業種のプロフェッショナル(例:学校の先生)からのフィードバックを素早く取り入れる
- 教材の再利用
1. 楽しさ
これは、SIJP のコンピュータ講座の開始時から、スタッフが常に口にしていた言葉です。昔(ちょっと古いですが)、「楽しくなければテレビじゃない」という言葉がありましたが、「楽しくなければコンピュータ講座ではない」と思っています。それによって、勉強していることを忘れさせることができれば、大成功と言えるでしょう。
2. Gamification
楽しさと関係することですが、ゲームをたくさん取り入れるようにしています。例えば、コンピュータロジックの講座では、飲み会で行われる山手線ゲームやなつかしのマジカル頭脳パワーのリズム系ゲームのような楽しいロジックゲームを考えました。
3. Role Playing
Role Playing の大切さ・面白さは、去年の夏休みに訪れた東京のKidzaniaで実感しました。Kidzania は、子供達がさまざまな仕事(例えばクロネコヤマトの配達員やお医者さん)を体験できるので大人気。開場の数時間前から子供達が列を作って並んでいます。稼いたお金を銀行に預けることもできます。
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クラウド講座では、『ナベザラス』 という架空のおもちゃ会社の社長(クライアント)を SIJP のスタッフが演じ、子供達はソフトウェア会社の社員となって、クライアントの要求に答える設定にしました。
Role Playing においても、うまい比喩を使って難しい概念をやさしく子供達に説明するように気をつけています。アルゴリズムを教えるときも、最初にジグソーパズルの効率的な組み立て方を子供達に聞き、その後、IKEA の組み立て説明書や料理のレシピを使って説明します。できるだけ子供達が興味を持てるものをと考えています。
また、子供達に何らかの役割を与えて、それを成し遂げることによって、見えないものを見えるように理解することも面白いです。例えば、一人一人の子供をインターネット・プロトコルのパケットに見立てて、インターネットで実際にどうやってデータが転送されるかを見るのも面白いと思います。また、子供達がコンピュータのそれぞれの部品やデータになって、コンピュータの仕組みを学んでいくというアイデアもあります。コンピュータロジック講座の時に行ったモンスターバトルも、子供達にコンピュータの流れ(制御)を自分で体験してもらうためでした。
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モンスターバトル:実際のコンピュータの制御を歩いて体験する
4. ツールを最大限活用する
教材を開発するツールは、3D Printer のようなハイテクなものも使いますし、紙や鉛筆、トランプやパズルなどのアナログの教材も使用します。
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次の写真はサーチアルゴリズムで用いた数字の入った鍵です。3D プリンタで作成しました。
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5. 体を使ったアクティビティ
また、体を動かして体感することで、学習内容の吸収力を高めることが期待できるため、体を使ったアクティビティもできるだけ取り入れています。
運動会にも似ていますね。
6. 競争原理を取り入れること
バイナリーダッシュもそうですが、子供達の間に適度な競争原理を取り入れます。運動会の一種目みたいでしょう。
7. 効果を実感できること
簡単に授業で習ったことの効果がわかるような取り組みも必要です。例えば、クラウド講座では最初に紙を使ってやってみて、それからクラウド(Google Docs)を使って、同じ問題に取り組みました(例えば、アンケートの実施など)。それによって子供達が授業で学んだ考え方や技術による仕事の効率アップを実感できるようにしました。
8. チームで課題に取り組む
最も大切にしている点は、できるだけチームで課題に取り組むようにすることです。
時には一人で問題に取り組みことが必要ですが、社会ではチームで働くことが求められます。バイナリーダッシュもクラウド講座も、チームで協力するような課題があります。そのような課題を通して、子供達がチームで働くことの大切さに少しでも気づいてくれればと思います。
9. たくさんの人の意見を取り入れる
教材開発には、たくさんの人の意見を聞き入れることも大切です。クラウド講座も最初はアイデアがあったものの、講座で使うアクティビティなどは全然面白くないものでした。しかし、SIJP スタッフとブレインストーミングを行ったことにより、見違えるような教材ができました。SIJP はここでもクラウドや Slack(Chatアプリ)を導入して、IT のプロフェッショナル達の意見を瞬時に取り入れています。
10. 動画を取り入れること
今は動画の時代です。ユーチューバーにならないにしていも、動画を利用した教材は人気があります。
例えば、サーチアルゴリズムの講座では、バイナリーサーチの原理を簡単に学ぶために、次のようなビデオを作成しました。
「バイナリーサーチを使って、KitKat を盗んだ犯人を捕まえる」というのは子供達に好評でした。犯人は、ほとんどの子供達が知っているキャラクターだったのです。子供達が興味があるキャラクターを登場させるというのは、なかなか効果があります。
その他
教材の再利用ができるように、教材は極力壊さないようにします。例えば、モンスターバトルでは、モンスターを倒すごとに、最初はパンチで穴を開けるようにしていましたが、ポストイットを使うように変更しました。
前述のとおり、教材の開発には Unplugged(コンピュータを用いないアクティビティ)の考え方を使っています。逆説的ですが、コンピュータをできるだけ使わないようにして、コンピュータを学びます。特に、Unplugged の考えを使えば、キーボードに慣れていない小学校低学年の子供でも授業に参加できます。また、コンピュータを使わないことで、より子供達と触れ合うことができ、その反応を間近に見ることができます。
次回は、実際のクラスの準備や実際の授業についてご紹介します。
掲載:2017年5月