
フードテックをキーワードにした第5回スマート・キッチン・サミットが10月7日・8日の2日間にわたりシアトルで開催され、テクノロジーやサイエンスを使い、課題を解決しようとする起業家、フードテック企業や IT 企業、キッチンメーカー、イノベーター、シェフ、投資家などが一堂に会しました。2015年にシアトルで始まったこのサミットは、最先端のフードテックイベントとして認知度が高まり、毎年規模が拡大しています。
そんなスマート・キッチン・サミットで今年始まったのが、オリジナル、またはサステナブルな材料を使った商品を開発するスタートアップにスポットをあてる「Future Food」コンペティション。ノンアルコールのカクテル、免疫力を高めストレス管理を助けるガム、コオロギを使ったスパイスなど、トレンドを意識した商品が多勢を占める中、完全食の麺とパンという主食の開発を通じて健康そのものを改善しようとするスタートアップのベースフード社が唯一、日本から選出されました。
優勝こそ逃したものの、創業者でCEO の橋本舜さんは「ファイナリストに選ばれたことには意味がある。自分たちは誰かが作ったトレンドの枠内にとどまらない、新しいトレンドそのものを作りだしているんだと再確認できた」と、笑顔で話してくれました。
日本語公式サイト:basefood.co.jp
英語公式サイト:basefood.us
完全栄養食の主食を開発する
ベースフードが開発したのは、1食で1日に必要な栄養素の3分の1がすべて取れる "完全食" の麺とパン。橋本さんは、東京大学への入学を機に大阪の実家を離れ、東京で仕事に忙殺される生活を送るようになってから、食の大切さに気づいたのがそもそものきっかけだったと振り返ります。
「母親は外食で食べたものや旅行先で食べたものを家でまた作ってみるのが好きな人。例えばギリシャ風サラダなど、新しい食べ物、健康的な食べ物をよく作ってくれました。それが、僕が新しい食べ物に対してオープンであること、忙しい中でどうしたらリーズナブルで効率的に栄養バランスの良い食事をとれるか考えることにつながったと思います」。
最初は遊びのように始めた麺作りも、「主食をイノベーションして、健康を当たり前に」というビジョンとなり、次第に「手軽に完全な栄養がとれる、美味しい主食の開発」という明確なミッションが定まりました。
「日本の課題といえば少子高齢化。そこで当時28歳の僕に何ができるか考えたとき、それは健康寿命を延ばし、支えられる人を減らし、支える人をより元気にすることではないかと思い当たりました。え、健康って当たり前じゃないのという世界にしたいんです。お金や知識がないと健康的な食生活が送れないようでは、健康は一部の人に限られてしまいます。でも、健康が一部の人のためであってはならない。低価格で完全な栄養がとれる。安く健康を手に入れられる。それを実現して成功するには、肉と同じぐらいの市場である主食のイノベーションが本丸ではないかと」。
父親が中小企業の経営者であることから、会社勤めを辞めて起業することに抵抗を感じず、2016年4月に起業。食品業界人やシェフなどからのフィードバックを受けながら独自に改善を続け、翌2017年2月に最初の「ベースヌードル」のオンライン販売を開始しました。
「"健康的だから、味に多少問題があってもいい" というわけではなく、香ばしさや美味しさを重視している」という生麺は、大豆、海草、フラックスシードや全粒粉の小麦粉など10種類を超える食材を練りこんだもの。「特徴のある麺なので、シェフも一般の方も腕を奮ってくれます」と橋本さんが言うように、販売開始後もシェフや一般消費者から丁寧なヒアリングを続け、2018年12月には洋風や和風、焼きそば風など、アレンジしても美味しいように工夫した改良版を発売しました。

また、2019年3月に発売した冷凍パンは、糖質・脂質・カロリーを抑えてあるのに美味しいとすぐに数万個を売り上げ、最近では消費者の要望にこたえて冷凍パンから常温で保存できるパンに改良しています。
アメリカの食生活の改善にも貢献したい

創業当初からグローバル展開を視野に入れていたという橋本さんは、2018年にシリコンバレーにアメリカ本社を設立。市場規模の大きさや、肥満・医療費の高騰などから健康を考える消費者が増えていること、西海岸では特に食の多様性が見られることなどがその理由です。2019年5月には日本でのシリーズAラウンドで総額約4億円を調達。2019年9月から英語の自社サイトで消費者に販売する D2C モデルで、ベースヌードルのみのアメリカ西部での販売もスタートしました。
「多くの日本企業はアメリカ進出というと巨額の投資をしてアメリカ市場と対決するかのように考えているように見えるのですが、僕は日本人としてアメリカにどう貢献できるかを考えています。自分たちのノウハウが詰まった独自商品を、ある程度のローカライズもしながら、たくさんの人の食生活の改善に貢献できれば、これほどいいことはないですよね」。
そんな橋本さんには、今回アメリカで初めて参加したスマート・キッチン・サミットは、決まったトレンドの中で何ができるかを考えている人たちが多いように見えたそう。
「ベースフードは、サステナブルなのかと問われればそうですし、ベジタリアンなのかと問われればそう。でも、僕がやりたいことは、健康を当たり前にすることなんです。おいしくて、手軽で、安い主食で健康になるというトレンドを作るという、他の人がやらないことをやる。そこに意味があると思っています」。
アメリカでは今後、西部だけでなく、全米に展開できるようにしていくのが目標とのこと。また、D2C モデルの利点をいかし、日本同様、一般消費者からのフィードバックを商品開発に反映していく計画です。
最後に、橋本さんに、シアトルについての印象を伺ってみたところ、「サミットの2日前に来たばかりですが、それほど前情報なく立ち寄ったところでも食事やコーヒーがおいしい。こんな食べ方があるんだという発見ばかりです。なので、おいしさにこだわりがある人が多いのかなと思わせられますね」と、やはり食に対する好奇心が旺盛なことがうかがえました。「また、すごく都市化が進んでいるので、生活の効率化の部分も進んでいるのかなと。健康的な麺の中でも一般的な麺に近いおいしさのベースヌードルなら、茹で時間2分でパスタソースをかけるだけとか、ちょっと焼きそばにアレンジするだけで、栄養士さんが栄養計算したような食事が作れて、しかも一食あたり4.99ドル。そういう意味では、おいしさを犠牲にせず、自分の時間や健康を改善していける効率的な商品なので、シアトルの人に向いているのではないかなと思っています」。
橋本 舜(はしもと・しゅん)略歴
ベースフード株式会社 CEO。1988年生まれ。東京大学教養学部卒。株式会社 DeNA に新卒入社し、月商10億円規模のソーシャルゲームのプロデューサーを経て、新規事業の駐車場シェアリングサービス 『akippa』 の立ち上げ支援やロボットタクシーの立ち上げに携わる。2016年6月に退職し、ベースフード株式会社を創業。「主食をイノベーションして健康を当たり前にする」というビジョンを掲げ、完全栄養の主食ベースヌードルを独自開発。2018年にアメリカに進出し、2019年にアメリカでもベースヌードルの販売を開始。詳しくは公式サイト参照。
日本語公式サイト:basefood.co.jp
英語公式サイト:basefood.us
掲載:2019年10月 聞き手:オオノタクミ