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「いろいろな世界をもっと見せてあげたい」 中高生海外体験プログラム GPI US, Inc. マネジャー 板津文さん

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板津文さん

GPI US, Inc. マネジャー 板津文さん

「このプログラムに参加する前は自信がなく、自分をネガティブに評価していました。でもこのプログラムが私を変えてくれました。他人に自分を見せる自信と能力がつきました」。中高生の海外体験プログラムを企画運営している板津文さんがご自身の LinkedIn にポストされていた、日本からの留学生の言葉です。聞けば、今の勤務先で最初に企画した、女子の自己肯定感を高めるプログラムの参加者が書いてくれたコメントとのこと。そこで、板津さんがこのプログラムの作成にいたるまでにどのような経験をされてきたのか、どのようにして教育の分野に携わることになったのか、また、仕事を通しての経験が現在6歳というお子さんとの時間にどんなふうに影響しているかなどについて、お話を伺いました。

日本の大学を卒業後に留学、海外就職を実現

板津文さん

GPI US, Inc. の同僚たちと

私は岡山市外の田舎で祖父も教師、両親も高校教師という家庭に育ちました。「実家から通いなさい」という親の言葉に従って岡山大学教育学部に進学したのですが、大人になって振り返ってみると、自分に挑戦しようという思いを一切抱くこともないまま、なんとなく敷かれたレールで高校から学部に申請し、大学を決めていました。

でも、教育学部に進み、教育実習をした段階で、「教えるのは、自分とは違う」と気づいたのです。そして、大学卒業と同時に1年間の留学プログラム「IBP」に参加してシアトルへ。そのときもまだ自分の核は出来てなかったので、シアトルに研修に来る高校生たちに偉そうなことを言える立場ではないのですが(苦笑)、教育には何らかの形でずっと関わっていきたいと思うようになりました。

留学中に私立の中高一貫校でインターンシップをしたのですが、その学校は、私がなじんでいた日本の教育方法と違い、子供たちの個性とアイデンティティをとても重視している、とてもいい学校でした。その後、その学校の国際部のインターナショナル・プログラムに就職し、8年間にわたって国内外の子どもたちの面接や入学手続きに携わり、とても面白い経験をさせてもらいました。

そして、新しいことに挑戦したいと思ったとき、私がシアトルに来るきっかけとなった留学プログラムの IBP を運営している ICC から声をかけていただきました。このプログラムの対象は日本の大学生と社会人が中心で、年に2回、たくさんの参加者が日本から到着します。自分自身も参加したプログラムを回し続け、改善できるところは改善するという、新しいチャレンジでしたね。留学生をインターンとして受け入れるところは企業が多く、シアトル界隈のビジネスコミュニティとのつながりもできました。

そうこうするうち、自分で一からプログラムを作ってみたいと思うようになり、今の会社に転職して3年になります。アメリカではシアトル、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ボストン、ニューヨークにオフィスがあり、それぞれの地域ならではの研修プログラムを開発運営しますが、長年にわたり一緒にプログラムを行っている学校の希望に沿ったものを運営していくケース、こちらから提案したプログラムを親会社が学校に提案するケース、プログラムの作成を依頼されるケースなど、さまざまなケースに対応しています。企画から運営となると、先生の採用、場所の確保、ホストファミリーの確保など、いろいろあるので、これまでやってきたことを総動員して、一からプログラムを立ち上げるのですが、それがとても面白いです。

この仕事では、自分自身もいろいろな業界のことや人を知ることができますし、教育という分野の中だけにいては知ることができないことがあったりします。いろいろな業界の人のキャリア観、生き方、高校生に伝えたいメッセージをその場で一緒に聞きながら、自分も総合的に成長できますし、業界のことが見えてくるのがおもしろいですね。常にワクワクしてチャレンジがある仕事をし、キャリアを伸ばせるようにしたいと思ってやっています。

研修先としてのシアトルの魅力、企画運営のチャレンジ

板津文さん

研修先としてシアトルを選ぶ理由には、「IT産業がある」「STEMに強い」「自然が豊か」といったことがあり、最先端の技術者を生み出している街ということでも触れて欲しいものはたくさんあります。なので、大学生や大人、ビジネスの視点から見ると、シアトルはとても熱く、いくらでもその魅力を語れるのですが、イチローがいた2000年代と比べると、一般の日本人にはシアトルのイメージが薄れてきているようです。

そこで、私たちのプログラムの大部分を占める高校や高校生への伝え方にやはり工夫が必要になってきます。どんな商品でもそうだと思いますが、アイデアをどんどん出しても、自分で100%盛り上がって、「やりませんか?」と日本の親会社に売り込んでも、反応がなかったりして、「盛り上がってたのはわたしだけ?」というときもあります(苦笑)。より多くの情報を持ってきても、良さが伝わるとは限りません。自信満々のものでも、すぐに参加者が集まるかというとそうではない。理由は、予算だったり、高校生だったら保護者や学校のタイミングだったり、現場の教師陣と校長の意見の違いだったり、いろいろあるでしょう。

高校の中でもスーパーサイエンスハイスクールなど、サイエンスに力を入れている学校や学生にとっては、シアトルは魅力的。サイエンスやITの業界で働いている人から話が聞けて、そういう企業に行くことができるということを伝え続けているので、シアトルに魅力を感じ始めてくれているのを実感します。なので今は、自分たちが本当に信じていて、いいと思えるものを、どのようにうまく伝えるかがチャレンジです。

ホームステイの受け入れのキャパシティをどうやって増やしていくかもチャレンジの一つです。ホストファミリーの確保は基本的に外部のリクルーターがやってくれますが、アメリカはいろいろな人種や国籍の人がいますし、シアトル地域は普段からいろいろな国からの留学生もいれば、日本人も中国人も、その他の外国人もいたるところに住んでいるので、日本からの留学生は昔のように興味を持って受け入れてもらえる、珍しい存在ではないんです。それでも大学生のように一人で行動できるわけではない高校生のホストファミリーになってくれる人は、本当に子供たちのことを考えてくれている人たちです。研修で先生やクラスで盛り上がって、ホストファミリーとも人と人との生のお付き合いができたら、とても効果があります。また、今年から、夏のプログラムでは大学の寮を宿泊先に使ってみました。私の前任者は寮は使っていませんでしたが、とりあえずなんでもやってみようと思ってやってみたら、とても良い結果が出ました。来年以降もオプションとして使いたいと思います。

子どもたちの素朴な気づきや実感が、次につながる

板津文さん

入社してすぐ企画したプログラム『ガールパワー』の様子

そんなふうにいろいろ試行錯誤していますが、研修プログラムに参加する子供たち、特に中学生や高校生が「参加して良かった」という理由には、「外国に来れた」「アメリカ人が思ったより怖くなかった」「怖いと思ってたけど恐怖心がなくなった」といったことがよくあります。大人がいろいろ計算して、シアトルだからSTEMだろうとか考えても、蓋を開けてみたら、子どもたちは初の海外という子も多いですし、素直な気づきが多いと感じます。

入社してすぐ企画したプログラムに、ガールパワーというものがあります。どういうプログラムかというと、女の子たちが自分を好きになり、自信を持つことはいいということを知る、女の子のエンパワーメントのためのプログラムです。

まず、「自分自身について知ろう」と、家族の紹介や自分の好きな科目などを肩慣らし的にいろいろ書いてもらうのですが、「自分の好きなところを書いてください」と言うと、見事に全員の手が止まってしまいます。何も書けない。あれこれ考えるポイントを与えて、絞り出させても、唯一書けたのが「smile」。一方、グループリーダーとして参加してもらったシアトルのアメリカ人の学生は、単語どころかエッセイのように自分の好きなところを書いていました(笑)。

私自身、ほめられて育ってないので、自分に自信がない部分があるのはよくわかるのです。教師だった親には「もっとがんばりなさい」と言われ続け、自分の容姿にしたって「目が小さいから、メガネをかけてる方が、目がどこにあるかわかっていいのよ」と言われ、ほめられたことはありません。今はこんなふうに笑って言えますが、幼いときから何十年もそんなふうに言われ続けると、自分の中で「私は目も小さいし、口も大きいし、かわいくないし」と思うようになっています。日本の親はそういうタイプが多いですよね。アメリカ人の夫はすごくほめてくれますが、私はどうしても”Really?” “Seriously?” という返事しかできない(苦笑)。

そんなふうに、もともとネガティブ思考で自分に自信が持てなかった女の子たちが、プログラムが終わる時点で、「このプログラムを通して自分を前に出すことができた」「変わることができた」「このプログラムに感謝している」と言ってくれたとき、私の中で、「これなんだよ!これだよ!これがやりたかったんだ!」という気持ちがしました。

短い滞在も、きっかけのひとつにできる

板津文さん

1~2週間では留学とは言えませんし、「1週間であなたの人生を変えます」というものでもありませんが、「なんとなく新しいアイデアが自分の中で芽生えたな」とか、「こんなことしなくてもいいんだ」とか、「こんなことしてもいいんだ」とか、そういうことがわかって、火をともすことができればなと。地道な啓蒙活動かなとは思いますが、ひとつのきっかけですよね。なので、いつも「私たちはあなたたちの中に種をまいているだけだから。明日トトロか来ていきなり木になるかもしれないし、セミみたいに7年とか10年とか土の中にいて、10年後に芽が出るかもしれないよ」と言っています。 

もし、1週間の研修で大きく変わった子がいたら、それはその子のペースであって、それはそれですばらしい。でも、今変わらなくても、10年後にこういうプログラムに参加して考え方が少し変わって、キャリアだったり大学だったり選択肢を与えられたときに、「ああいうことがあったから、A ではなく B を選択してみよう」というように、シアトルでの時間がきっかけになるかもしれません。

「高校の時の1週間のプログラムで、海外に興味を持ったんだよね」「その後に大学の交換留学プログラムで戻ったりした」「大学時代に戻れなかったけど、社会人になってから貯金して戻ってきた」という人もいれば、「自分は自分でいいんだと思った」、「自分の好きなところがたくさん見つかった」という人もいます。短い滞在がきっかけとなって、その人たちが他の人たちにいい影響を与えたり、もっと英語に興味をもって勉強するようになったり。たとえ戻って来れなくても、日本でできることはあると思うんです。

そして、そうした短い滞在で来る日本の子どもたちが、こちらの人たちに影響を与えることもあります。私たちのプログラムは、日本に興味のある現地の子どもを採用して交流したりするのですが、中には日本に行きたくて、日本が好きで、日本語を学んでいるけれども日本に行ったことのない子どもたちがいます。一方、ホストファミリーの大半は、特に日本と関係があるわけではありません。でも、このプログラムに関わり、アメリカに住んでいる日本人ではない日本人に出会うことで、日本をもっと知り、もっと興味を持ってもらえたりするのです。

アメリカにいると、ハングリー精神があり、英語力も高い中国人や韓国人に会うことが多いです。日本も変化したいんですよね。グローバル化だったりとか、英語教育、エンパワーメントだったり。でも、日本を卑下する場合ではないのですが、英語教育が一般的なレベルにまで届いていない。そして、これから必要なのは英語力だけではないので、これからの若い世代である高校生にリーチできるこの会社のプログラムを通して、日本の外に出て、世界を知って、いろいろな人に出会って、吸収して帰ってほしいという思いがあります。

同時に、「外国人は怖くないんだ」「違う言葉でコミュニケーションが取れるって面白いんだ」とか、「ホストファミリーでこういう食べ物が出て、すごく日本と違うと感じた」とか、行ってみないとわからない、経験できない、素朴な気づきもどんどん得てほしいですね。

私の子どもはアメリカと日本にルーツがあるわけですが、やっぱり、アメリカと日本以外の国にも触れて欲しいですね。いろいろな国に行って、違う言葉にふれて、違う食べ物を食べて、自然に視野を広げてあげたい。今まだ6歳ですが、シアトルに住んでいることが普通でも、日本に住んでいることが普通でもないし、いろいろな世界があるんだよということを、これからもっと見せてあげたいと思っています。

板津文さん(いたづ・あや)
GPI US, Inc. マネジャー
岡山県生まれ。岡山大学教育学部を卒業後、1年の留学プログラムでシアトルへ。私立の中高一貫校にインターンシップを経て就職して以来、教育に携わる仕事を続けている。現在は日本の高校生を中心にしたシアトルでの研修プログラムの企画運営を行っている。

掲載:2019年12月 聞き手:オオノタクミ

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