ビジネスの面白さに目覚めた大学時代
YouTube 上で総再生回数1,900万回、登録者数19万人を誇る、大人気の英語学習コンテンツ「バイリンガール英会話」。その企画から出演、撮影、編集をすべて手掛ける吉田ちかさんは、幼少期から16年間をシアトルで過ごした。
小学校1年生の時に、父の仕事の関係で、シアトル北部のアナコルテスという街に引っ越しました。ちょうど夏休み中だったのですが、近所ですぐに仲のいい友だちができて、遊ぶようになったんです。自然と英語が話せるようになり、2年生の授業が始まる9月には、基本的な会話はできるようになっていました。子どもだったので、1年たったころには、ほかのクラスメートと同じくらい話せるようになっていましたね。田舎町で、周囲に日本人がいなかったこともよかったのだと思います。
高校卒業後は、ワシントン大学のビジネススクールに入学しました。「ビジネスなら何かの役に立つだろう」といった気軽な気持ちでしたが、勉強するうちに面白くなって、起業や経営に興味を持つようになりました。ちょうどその頃、日本に一時帰国した際にネイルサロンを訪れたのですが、ネイルアートの高度な技術に魅せられて、卒業後はシアトルでネイルサロンをオープンしようと考えました。大学在学中にネイルスクールに通って、ネイリストの資格も取ったんです。
ただ、いざ卒業してみると、冷静に考えてしまって。当時、私はまだ実家暮らしだったし、親に頼りきりでいいのかと疑問がわいてきたんです。将来に悩んでいたとき、父が「ちょっと日本に行ってきたら?」と言ってくれました。父としては、母国である日本を知ってほしいと思ったのかもしれません。
「ちょっと日本に行く」つもりで帰国したちかさん。ところが、帰国翌日にたまたま参加したキャリアフォーラムがきっかけとなり、大手外資系コンサルティング会社に就職。日本での生活を本格的にスタートさせることとなった。
日本の就職活動では、学生がみんな黒いリクルートスーツを着ますよね。「私も黒いスーツを着ないとダメかな?」と母に聞いたら、「別にいいんじゃない?」と言うんです。それで、全身白のスーツと靴でキャリアフォーラムに参加しました。当然、周囲からはジロジロ見られたのですが、当時はアメリカナイズされていたので、「やった、目立ってる!」なんて悦に入っていましたね。
日本に来たばかりで、正直、出展企業や仕事の中身については、よくわかっていませんでした。日本語の企業説明を聞くだけで、圧倒されてしまった。そんな中、ある外資系コンサルティング会社のブースでは、外国人担当者が英語で説明していたんです。「これなら理解できそう」と思って席に着いたのが、採用試験を受けることになったきっかけです。人事の方には、裏で「あの白いスーツの子」と呼ばれていたようです(笑)。
サロン経営者から動画クリエイターへ
コンサルティング会社に入社後は、金融機関のシステム関連プロジェクトを担当した。だが、元来「おとなしくしていられない性格」。3年ほどたって仕事が落ち着いてきた頃、新たなチャレンジを探し始めた。
「何かやりたいな」と思っていた時期に、知り合いのネイリストが勤めていたお店を辞めることになったんです。そこで、彼女と2人で、昔からあこがれていたネイルサロンをオープンすることにしました。私は会社勤めをしながら、サロンの経営に携わりました。経営の仕事は面白かったけれど、一方で、やってみて初めてわかる難しさもありました。地道な仕事が山ほどありますし、人をうまく使うということも容易ではありません。何より、自分は経営者として裏方に回るよりも、直接お客さんに何かを届けたいんだと気づきました。
「自分にも何かできることはないかな」と考えていたとき、友人から、英文履歴書のチェックを頼まれました。見てみると、a と the の使い分けにミスが多かった。これを説明する動画を作ってみようと考えたのが、「バイリンガール」の第一歩です。実際にやってみるとすごく面白くて、一気にのめり込んでしまいました。当初は動画をアップするだけで満足していましたが、そのうち、見てくれている人が意外と多いことに気づきました。それなら、もっと力を入れたい。ただ英語表現を教えるだけではなく、「どうやって見せたら面白いか」を考えて、いろいろな工夫を凝らすようになりました。面白い衣装を着てみたり、踊ってみたり。「バイリンガール」という名前も、この頃に生まれました。
よりクオリティの高い映像を目指して、撮影や編集の技術も独学で身につけました。海外の YouTube 動画にはクオリティの高いものがたくさんあるので、それらも参考にしましたね。例えば、海外の人気動画はムダな「間」がとことんカットされていて、とてもスピーディーにテンポよく進むんです。また、「バイリンガール」では毎回、動画の冒頭にイントロとして面白いシーンを数秒間流していますが、これも海外の動画からヒントを得たものです。
間違いを恐れず、英語を話してほしい
「バイリンガール英会話」を開設して2年たった頃から、企業にコラボレーション動画の作成を依頼されることが増えてきた。「これなら仕事にできそう」と確信したちかさんは、2013年12月、動画クリエイターとして独立した。
「バイリンガール英会話」のコンセプトには2つあって、1つは「楽しく英語を学べる」こと。勉強という堅苦しさを感じることなく、コンテンツとして動画を楽しみながら、自然と英語に触れられることです。もう一つは、「勇気を出して英語を話してみようよ」と学習者を励ますこと。見てくれる人を元気にすることが、私の動画の一番の目的かもしれません。
日本人学習者の多くは、「完ぺきな英語を話せないと恥ずかしい」と気にして、結果的に英語がなかなか上達しないという状況に陥っていると思うんです。「こんな英語ですみません」と恐縮しながら話しているんですね。だけど、英語なんてただの言葉だから、そんなに恐れることはないはずです。言葉が足りなかったり、伝わらなかったりしても当たり前。相手に “Huh?” と聞き返されると「間違えた!」と焦ってしまうけれど、実際は声が小さくて聞こえていないだけかもしれません。間違いを恐れず、積極的に英語を話す機会を持ってほしいですね。ただ、その一歩を踏み出すまでが難しいのかもしれないので、「バイリンガール英会話」が背中を押してあげられたらいいなと思います。
最初の動画をアップしてから3年。「バイリンガール英会話」は、19万を超えるチャンネル登録者数を誇る人気コンテンツに成長した。視聴者から日々投稿されるコメントの数々は、ちかさんにとって、より面白い動画を作成するためのモチベーションになっている。
YouTube上のコメントや、Twitter でのやりとりを通じて、視聴者の皆さんとは日常的に交流しています。私自身は英語を勉強して身につけたわけではないので、皆さんからのコメントが、「こういう部分がわかりにくいんだな」「この表現を取り上げたらいいかもしれない」といったヒントにもなっています。最近は、視聴者同士での情報交換も盛んになってきました。そういった英語学習の「場」を作れたのはうれしいことですし、これからも盛り上げていきたいですね。
今後は、「バイリンガール英会話」に加えて、英語で日本文化を紹介する動画チャンネル「Japanagos」も積極的に更新していきたいです。そして、将来的には子ども向けの英語学習コンテンツを発信したいと思っています。最近は子ども向けの英語教育に力を入れる親御さんも多いですが、英語教材やスクールの料金は決して安くないですよね。どんな子どもも YouTube 上で気軽に楽しめる、そんな英語学習コンテンツが作れたらいいなと思います。
シアトルのおすすめスポット
ちかさんにとって、実家のあるシアトルは「戻るべき場所」。今でも年に1度はシアトルに帰るが、その際には各地を現地レポートした動画をアップしている。2014年6月には、ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)の楽曲 『Happy』 に合わせて踊る動画を公開。約40名の留学生とともにシアトル各地を巡って撮影した。
見ている人に、シアトルを訪れた気分になって楽しんでもらいたいし、それで英語学習のモチベーションが上がったらいいですよね。私のお気に入りの場所は、アルカイ・ビーチ。雲ひとつない夜にアルカイ・ライトハウスの辺りまで車を走らせると、月の光が海に反射して、すごくきれいなんです。それから、やっぱり子ども時代を過ごしたアナコルテス。田舎だけれど、自然が豊かで本当にいいところです。家の庭先に鹿が寝ていたりして、のどかな場所なんですよ。
取材・写真・文:いしもとあやこ
よしだ・ちか/1984年、長崎県生まれ。小学1年時に、父親の仕事の関係でシアトルに移住。高校卒業後はワシントン大学ビジネススクールに入学し、経営・起業、マーケティングなどを学ぶ。大学卒業後、日本に帰国。大手外資系コンサルティング会社に就職し、金融機関のシステム関連プロジェクトに従事する傍ら、2010年から2年間、銀座にてネイルサロンを経営。2011年より YouTube にて英語学習コンテンツ「バイリンガール英会話」の配信を開始。これまでに200本以上の動画を配信し、チャンネル登録者数は19万人を超える(2014年10月現在)。2014年からは、日本文化を英語で紹介する YouTube チャンネル「Japanagos」も開設。
【公式サイト】 バイリンガール英会話 | Japanagos | ブログ