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「日本の陸上選手に陸上大国・アメリカを見せてあげたい」 EGY America 経営 亜希子・ウィルソンさん

陸上大国・アメリカ

NCAA のD1で最強と言われるサウスイースタン・カンファレンス(SEC)のフットボールの試合風景。6万人収容のスタジアムに設置されたスクリーンのサイズは全米最大。大学は可能性のある陸上選手を招待して大規模な対抗試合を見せ、大学をアピールする。

EGY America 経営
亜希子・ウィルソンさん 略歴
20年以上にわたり幼児教育を中心とした教育プログラムをワシントン州ベルビューで展開した経験をいかし、陸上競技に特化した留学プログラムを2018年に開始。選手にあわせた2週間から1ヶ月の滞在をプロデュースし、滞在中の訓練や試合出場をサポートしている。公式サイトはこちら

子供を通して知った陸上競技に魅せられて「トラックママ」に

最初は幼児教育のプログラムから始め、その後は日本から渡米するさまざまな子どもたちの留学をサポートしてきました。でも、「自分しかできないことはなんだろう」と考えた時、私はいわゆる「トラックママ」(track mom:陸上競技をする子どもを真剣にサポートする母親という意味)で、今年の夏から大学生となる私の子供たちが幼い時から続けている陸上に深く関わっているのだから、それを生かそうと思ったのです。

全米室内選手権

そして、日本の陸上選手のアメリカ留学について情報を集めようとSNSを使い始め、練習や試合の様子の動画、高校生の私の子どもたちのタイムなどをネット上に出してみたところ、日本の陸上関係の方や中高生がフォローしてくれたり、日本からの問い合わせをいただくようになりました。そうするうちに日本から世界に出たいと思って機会を探している子どもたちがいることもわかってきましたので、陸上留学の受け入れを始めることにしました。

アメリカと日本の高校・大学陸上の大きな違いとは

ベルビューにあるクロスフィット
ジムでの留学生のトレーニング

日本の高校陸上の場合、強豪校には陸上のコーチ経験を持つ教師がいる場合もありますが、たいてい専門外の教師が顧問になります。一方、アメリカの高校は強豪チームはもちろん、強豪チームを育てたい高校は外部から専門のコーチを雇います。私の子供たちが通っているタホマ高校もそんな高校の一つ。コーチが仕事の一環でやるか、チームを強くするためにお金をもらってやるか、その時点でチームの作り方もトレーニングの方法も違ってきます。

雇われるコーチはウェイトトレーニングの知識もあり、選手は日々のトレーニングの一環としてやっています。そして、常に音楽をかけながら楽しく練習に集中し、コーチと選手の精神的な距離が近い。コーチが親以上に選手の精神面を知っていたりすることもあります。やらされてやっている感じがある子と、自分のことをすごく見てくれていて、よくするために一生懸命に指導してくれるコーチがいるのだと感じている子は、結果が違うように思います。

日本ではコーチに一方的に言われることを聞かないと怒られるという環境で練習するのが普通だった子たちは、選手とコーチがお互いの意見を出し合い、コーチがそれぞれの長所と短所を見抜いた意見を言ってくれ、選手から「今のどうだった?」とコーチに話しかけることに驚きます。日本から来て練習に参加した高校生の中には、「日本ではまずない」と言う子もいましたし、「練習は軍隊のようで、コーチには一切逆らえず、やれと言われたことをひたすらやるだけ」と言う子もいました。そんなコーチと選手の関係がないのが普通とされる環境で、陸上のトレーニングとはこういうものだと思っているのはもったいないと思います。


タホマ高校の選手と留学生のタホマ高校でのトレーニング

そういう子たちは音楽をかけながら楽しみつつ練習するこちらのやり方に最初は反発し、休むことや短い練習時間ではみんなに置いていかれると感じているので、「もっとやらないといけない」「もっと追い込まないといけない」と言います。でも、アメリカの練習は「量より質」と話をし、日米の違いを本人が体感することで、自然と考え方が変わっていきますね。最初は何も考えずに走っていたのが、プログラムの終盤では自分から「今のはどうだったか」「どこを直したらいいと思うか」とコーチに聞けるようになりました。選手それぞれに必要な技術を細かく教えてくれ、上下関係がなく、真剣にがんばっている選手を年齢に関係なくリスペクトする。私がコーチだから、一番上の学年だから、私が一番偉い、ということはありません。

また、アメリカの高校はどの学校にもゴムの地面のトラックフィールドがあります。日本では運動場は土が敷いてある上、他の競技との共用で、ゴムの地面で練習したければそれがある施設まで行かないといけない。そもそも学校の周りのアスファルトの道路が練習場という環境のところもあります。

ワシントン大学で行われた高校室内試合のタホマ高校の選手と留学生

試合に関しては、日本は高校単位で闘うので、学校の枠を超えられません。一方、アメリカは高校の枠内で戦う時期もありますが、サッカーなどと同じようにクラブ単位で全米対抗の試合で戦います。そうすると、選手の露出もどんどん増え、プレッシャーがあるものの自信もついてきますし、アメリカのトップ、世界のトップのレベルを身近に感じられます。

日本の子どもたちも、陸上大国アメリカで十分闘える

タイムだけ見ると、アメリカでやっていけるレベルの高校生たちは日本にもたくさんいます。私の子どもたちやそのまわりの子どもたちを見ていて、日本の高校生も絶対に同じように練習して試合で闘えると思いました。この陸上留学プログラムで一緒に練習できるのは全日本レベルのタイムを出している選手たちですから、コーチもそれだけの力のある人たちです。

最近は、アメリカに行きたい、海外でスポーツをやりたい、という日本の子どもたちが SNS で発信していますね。でも、その大多数は海外の子どもたちのタイムを見ても、「自分もそこに行けるかも」というようには見てなくて、「それはそれ。どうせ私は日本の中でこれだから」「日本のここでいい」「日本で一番ならいい」と思っているのではないかと思います。まわりがそういうふうに盛り上げてないからかもしれません。日本では選手がSNSで「これこれ失敗しました。みんな見ててくれたのにごめんなさい。次、がんばります」と謝り、周りの人たちが「大丈夫!まだがんばれる!気にしない!」と言う。不思議な光景ですが、それは、日本ではまずできなかったところを説明して反省するように教えられているからなのですね。

タホマ高校の選手と留学生のタホマ高校でのトレーニング

アメリカの子どもたちは、トップなら世界記録やワールドジュニアの記録が目標になっていて、それは当然であって、掲げなくていい。トップでない選手たちもSNSで発信し、自分で盛り上げていきます。自己肯定感が高いですね。全米ナンバーワンでなくても、まわりからの言葉も「すごい」「いつもかっこいい」「憧れる」などの肯定的な言葉で溢れています。「これからも行ける!」そんなふうに盛り上げていきます。そんな自分に自信を持って切磋琢磨している子どもたちの中に入ってみることで、たとえ試合に出ることはできなくても、得られるものは大きいのではないでしょうか。

わずか2週間の滞在でも見える大きな違い

チームのコーチたちと
留学生のトレーニング最終日

陸上留学で提供しているプログラムは滞在期間が1週間以上からとなっていますが、1-2週間の短期間でも明らかに変化があります。今は主に短距離と跳躍のトレーニングが中心ですが、新しく棒高跳びのプログラムを加えるなど、変化しています。毎日のスケジュールは陸上の練習が中心で、パーソナルトレーニングを追加することもできますし、コアなことは私が担当して予定を組みます。自由時間はこちらが言ってあげないとアイデアが出なかったり、部屋にこもって勉強しているパターンが多いので、今後は細かいスケジュールを組んであげる方向で進めています。

英語力の乏しさをひしひしと感じる子が多いですが、「答え方が決まっていて、文法が大事で、発音が大事」という日本の英語教育では、話すのが怖いでしょう。「せっかく来たからには」と、全部英語でやり取りすることを希望する子どもたちも多いのですが、まったく意思疎通ができないまま1週間がすぎ、あきらめて日本語に切り替えたら、最初に話していたことと答えが全部逆だった、食べ物も行きたいところも全然違っていた、なんてことはよくあります。

ホームステイで現地の子たちとゲームをする留学生

でも、滞在中に家では日本語を話して、外は英語を話すという方法にしても、「最初はすべて英語じゃないと英語力は伸びないと思っていたけど、それは間違っていた」と言ってくれる子もいます。トレーニングで選手やコーチと話したり、他の選手とゲームをしたり、出かけたりする時は英語なので、勇気を出して一声かけられれば、それのほうがよっぽど意味があると言う子もいました。


タホマ高校の選手と留学生のタホマ高校でのトレーニング

「英語で話せない自分は嫌われていると思っていた」という子もいましたが、「アメリカ人はこう」というイメージが勝手にあるんですね。というより、言葉を話せないとうっとうしがられるというイメージが日本でできている。なので自分で勝手にハードルを上げているけれども、「実はあの子たちのほうがシャイで、自分は日本語を話せないからと思ってあなたに話しかけないだけ。同じ立場だから、気にせずしゃべってみれば、みんなしゃべってくるよ」と言って機会を作ると話ができて、アメリカ人に対して勝手に作っていた高いハードルが下がる子もいます。

「世界を見てみたい」という子どもたちには、どんどん手を差し伸べたい

ワシントン大学での高校生の試合にて。
全員が自己ベストを更新。

日本でもトップで、世界でもトップを争える選手の場合、日本でも試合は盛り上がりますし、日本でのランキングや試合結果がネット上に公開されます。でも、私が一番連れてきたいランクの子どもたちは記録が日本語でしか公開されていないので、こちらの試合で走れないパターンが多いのです。日本の全国大会の記録もランキングも英語でネット上に公開されていないと証明になりませんし、世界のコーチから目をつけてもらえません。例えば、日本に良い女子選手がいることを世界が知らないのは、彼女たちの記録がほとんどどこにも英語で公開されていないからです。

日本の高校のトップで記録とランキングが英語で公開されていれば、NCAA(全米大学体育協会)の最高峰レベルのディビジョン1(D1)の学校からスカウトが来るチャンスも増えます。そうでなければ、自分で陸上部への入部を希望する「walk on」というシステムを利用し、アメリカの大学に自費留学し、陸上部に入ることができるかもしれません。また、その後にいい結果を出せば奨学金を獲得できる可能性もあります。

留学生たちとシアトルの
パイク・プレース・マーケットへ

少しでも「アメリカに行きたい」「もうちょっと世界を見てみたい」という子どもたちには、「必ず道は見つかるから、行動してみて」と言ってあげたい。みんなが日本代表になれるわけではないですが、こちらに来てアメリカのコーチに指導してもらい、試合に出場して、ランキングに入るようになれば、モチベーションも上がりますし、気分も違ってきます。日本で評価されてるよりももっと評価されるはず。お金の問題もあるでしょうが、一度おいでと言ってあげたいです。

そして、陸上だけでなく、日本の外から日本を見せてあげたいですね。日本は情報統制がされているので、よくわからないことが多いと思います。例えば、日本の汚染状況についてアメリカの高校でも学んでいますが、なぜ日本でそれが報道されないのかを考えるチャンスになります。その時は考え方は変わらなくても、そこにスポーツをからませてくると違う。学校が決めた留学は修学旅行の延長のようですが、自分で「行きたい」と考えて来るなら、持って帰るものが全然違うと思います。日本の小さな世界だけで終わってほしくない。がんばる人にはどんどん手を差し伸べたいと思っています。

掲載:2019年3月 写真:EGY America



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