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「人生は一度きり。自分の信じる道を歩み、新たな夢を叶えたい」峰 順子さん(Café Juanita ペイストリー・シェフ/パティシエ )

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2015年12月に開催された『2015 StarChefs Seattle Rising Stars』にて

昨年11月に業界紙 『StarChef』 の新進シェフ(Rising Star)に選ばれ、一躍注目を集めたペイストリー・シェフの峰順子さん。そして今年2月、”米国の料理界のアカデミー賞” と言われるジェームズ・ビアード賞の最優秀ペイストリー・シェフ(Outstanding Pastry Chef)部門でセミファイナリストに選ばれた。紆余曲折を経て自分の信じる道を歩み続ける峰さんに、現在の心境を聞いた。

もくじ

冗談かと思ったジェームズ・ビアード賞ノミネート

“料理界のアカデミー賞”、ジェームズ・ビアード賞最優秀ペイストリー・シェフ部門のセミファイナリストへのノミネートは、突然の朗報だった。

自分にはまったく関係のないことと思っていたので、同僚から連絡を受けた時は冗談かと思いました。ここに至るまで、自分のやっていることを理解してもらえず、正直、辛い日々を送っていました。スランプに陥ってキャリアを変えることも真剣に考えました。でも、自分を信じ、ただ黙々とやってきて良かったと思います。私のことを見守ってくれた家族や友人たちへの感謝の気持ちでいっぱいです。

2015年12月に開催された『StarChefs』で作ったエスプレッソ・クロスティーニ。
エスプレッソ・チョコレートパンを薄くスライスし、パリパリになるまで低温焼成したものに
手作りのヘーゼルナッツチョコレートペーストを塗り、手作りリコッタ、はちみつ、季節のフルーツを添えて。

アメリカ留学時代 シアトルからサンディエゴへ

菓子教室の手作り飴細工に衝撃を受けたのが、料理の道へ入るきっかけとなった。

もともと料理好きで、小さい頃からいろいろ作っていました。シアトルでの英語留学の後、心理学を専攻しようと入学したサンディエゴの大学在学中、パン教室を受講した際、クラスメイトに誘われて行った菓子教室の手作りの飴細工に衝撃を受けたのです。それから1年間のプログラムでお菓子作りを勉強しました。

結局、心理学からアートに専攻を変えて卒業した後、サンディエゴやロサンゼルスなどのレストランやホテルでペイストリー・シェフ(パティシエ)、クックとして働きました。でも、カリフォルニアもいいのですが、「シアトルに戻りたい」という気持ちが強くなっていったのです。シアトルは最初に留学したところでインパクトがあったのかもしれませんが、人が良く、自分にあっていると感じました。

そこで、シアトルのレストランなどでパティシエのポジションで求人しているところを見つけるたび、飛行機で飛んできて面接を受けていました。でも、カリフォルニアで働きながらでは、面接を受けてもうまくいきません。経営者にとって州外から人を呼ぶのは、もしうまくいかなかった場合のリスクも高いですよね。そこで思い切ってシアトルに引っ越してしまおうと決めました。まだ仕事はない状態でしたが、引っ越してすぐ、友人の用事でついて行ったラミ・アイランドのレストラン『The Willows Inn』で仕事に就くことができ、ロビーのスイーツや、館内にあったカフェの仕事をまかされました。それはそれで楽しかったのですが、もっと自分の可能性を見出したかったので、島を出ることにしました。

ラベンダーの酵母びん

その頃、かねてから興味があった酵母の研究をしたいと考え始めました。自然の味を追求したかったからです。それで、あちこちのレストランやシェフに問い合わせましたが、シアトルでは小麦粉には興味があっても酵母には興味がないシェフが多いんですね。「意味がわからない」とまで言われて、落ち込みました。

酵母はヒトの遺伝子と似ているんですね。酵母を使って病気の原因を探る研究をしている研究者と知り合いになり、研究所に2ヶ月ほど通いました。とても面白かったので、科学者になったらどうだろうと考えたこともあります。主任研究者は本当に良い方で、いろいろと考えてくださったのですが、簡単にはいきません。また、改めて学校に入りなおして学位を取得して・・・と考えると、私にはその費用も時間もありませんでした。

ジェームズ・ビアード賞受賞シェフ、ホーリー・スミスとの出会い

たまたま見つけた求人情報に応募。ペイストリー・シェフとしての人生が加速する。

自分はこれからどういう方向に進めばいいのか。このままパティシエとして働くか、別のキャリアにするか。いろいろ悩んでいたその時、たまたま店の改装中にポップアップをしていた カークランド市の『Café Juanita』 がペイストリー・シェフを探していることを知りました。

峰順子さん

『Café Juanita』と言えば、全米に知られる人気レストランですし、オーナーシェフのホーリー・スミスは2008年にジェームス・ビアード賞のノースウェスト地域最優秀シェフに選ばれたセレブリティ・シェフ。ものすごく忙しい人なのに、彼女は私が送った応募のメールにすぐに返事をくれ、面接が実現、採用となりました。その後、「あなたが一番早く応募してくれた」と話してくれました。

ホーリーは、おもてなし好きで、バイタリティにあふれ、発想がすごいんです。旬を大切にしていて、見た目が良くても旬でなく、味が良くないものは使いません。研究熱心で、私たちスタッフが提案する高価な食材でも惜しみなく買ってくれますし、似たようなものと食べ比べしたりして味を体感させてくれるんですね。例えば、ハマチにオリーブオイル、ラズベリーパウダー、パッションフルーツをあわせるような、自分にはない、まだ行き着いていない発想に刺激を受けます。「酸味を加えてみて」「塩を少し入れてみて」 - そうした、彼女のちょっとしたアドバイスで味が引き締まって、見た目だけではない、本当に食べておいしいものができあがります。

そんなホーリーだから、KPLU による私の酵母についての記事も見てくれていたらしく、面接の際、「ぜひ自分の店で作ってみないか」と言ってくれました。

天然酵母の面白さ

峰順子さん

「自然の生命を感じること」が、自家製酵母の面白さ。農産物が豊かなワシントン州ならではの味が堪能できる。

『Café Juanita』 では、パン、そしてデザートを担当していますが、お店のパンは基本、生イーストで作られています。私は、前菜用、またはメインディッシュに添えるパンを自家製酵母で作っています。

春なら梅や桜の花、夏ならプラムなどのストーンフルーツ、さくらんぼ、秋ならりんごに梨、冬はりんごに柑橘系。季節の果物を瓶に詰めて醗酵させ、ふたを開けた時に酵母が生きていると、生命を感じます。うまく酵母が起こると、天然のハードサイダーのよう。香りも良く、季節のものを使うのは大事だと思わせられます。

新鮮な果物が限られてしまう冬季や発酵時間、他の料理とのペアリングによっては、季節のおいしさを閉じ込めたドライフルーツを使うこともあります。果物の味を1年を通じて味わえるのは、農産物が豊かなワシントン州ならではですね。

今後のひそかな夢

峰順子さん

微生物の世界を絡めたサイエンス &アート作品の展示会を美術館で開きたいと、かねてから夢に描いている。

2年前、酵母研修先の 『畑のコウボパン タロー屋』 で見せていただいた金木犀酵母ビンの動画がとても印象的でした。その非現実的で美しく、淡い色彩で創り上げられた独特の世界を、美術館でプロジェクターを通して見せる光景が思い浮かびました。

そして酵母学者の研究所で見せていただいた細胞の動画。自然界の美を目の当たりにした瞬間で、その美しいフォルムを3Dオブジェとして表現できたら・・・なんて思いました。ただきれいだったからという単純な動機ではなく、(微生物界を通しての)酵母を使った人体の未解明な病気研究への理解や、微生物の世界から学ぶ、互いに支えあって生活する「生き方」などといった主旨を、アートを通して表現できたらと思っています。

微生物の世界と科学、歴史、音楽、食、アートは繋がっています。酵母作りを通して微生物の世界を知れば知る程、奥の深さを実感します。「あなたはパンさえ焼いてればいいのよ」なんて言われたこともありますが、人生は一度きり。いつかこの夢を叶え、いろいろな人と繋がってみたいですね。

取材時には金柑の天然酵母を使って焼きあげたパンと、エスプレッソとチョコレートを入れて焼き上げたパンをいただいた。金柑のさわやかさが食欲をそそり、魚でも肉でもいろいろな料理とあいそうな味わい。エスプレッソとチョコレートのパンは甘みと苦味が優しい甘みがあり、デザートとしてではなく、それだけでいくらでも食べられそうだった。

みね・じゅんこ/徳島県出身。シアトルでの語学留学を経て、サンディエゴの大学で心理学・アートを専攻。大学卒業後に菓子作りのプログラムを受講し、サンディエゴとロサンゼルスの会員制クラブやホテルでペイストリー・シェフ、クックとして勤務。2015年5月から人気レストラン 『Café Juanita』 のペイストリー・シェフ(パティシエ)を務める。

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