結婚を機に渡米するまで、動物との接点がほとんどなかったという恵子・スワンバーグさん。でも、夫の提案で始めたアニマルシェルターでのボランティアを機に、たくさんの犬や猫と過ごすことになっただけでなく、プロのポジティブ・トレーナーの資格を取得してドッグトレーナーとして独立し、毎週90匹近くの犬と関わるようになりました。今回は、愛犬との関わり方を変えてくれたポジティブ・トレーニングについて、そして、ドッグトレーナーとしての活動についてお話を聞きました。
アニマルシェルターとの出会い

日本で大学を卒業後に就職し、2000年に結婚してアメリカに渡るまで、ペットを飼ったこともなく、動物にはほとんど興味がありませんでした。渡米して間もない頃に夫が、「近くのキング郡アニマルシェルターでボランティア募集してるから行ってみたら?」と言ったのが、アニマルシェルターやレスキューで犬や猫と深く関わることになる始まりでした。
それまで私は、アニマルシェルターにどれほど多くの犬や猫が保護され、そして多くが殺処分される現実をまったく知りませんでした。保護される動物たちは、迷子になったり、飼い主が手放したり、虐待されていたりと、さまざまな事情を抱えています。初めてこの現場を目の当たりにしたとき、強い衝撃を受け、気がついたらすっかり夢中になっていました。
当時は働いていなかったので、毎日朝8時から夜6時までシェルターでボランティアをし、多くの仲間にも出会いました。楽しくもあり、同時に保護動物たちの悲しい現実をみる非常に深い経験でもありました。
「アキラ」との出会い、そして決断

まもなく私達は2匹の猫を飼い始め、さらにシェルターに迷子で保護されたアキラと出会いました。彼は4カ月の子犬でしたが、普通の子犬のように人に甘える様子がなく、ずっとシェルターの壁を見つめ続けていました。その姿に強く心を惹かれ、それから毎日のように散歩させるようになりましたが、結局オーナーが現れなかったため、アキラをフォスターすることに決めました。
でも、当時住んでいたアパートでは猫はOKでも犬は禁止。私は「フォスターなら大丈夫だろう」と思い込んでいたのですが、マネージャーさんに「犬を手放すか、2週間以内に退去するか」と迫られ、夫と相談した結果、「アキラを正式な家族にするために引っ越そう!」と決めたのでした。2004年のことです。そしてこの決断が、その後数え切れない程の犬猫をフォスターすることにつながりました。
アマンダ・ボイドさんとの出会いとドッグトレーニングの学び

シェルターで何年もボランティアを続ける中、「なぜこれほど多くの犬猫がシェルターに来るのか?」という疑問を持ち続けました。迷子の犬、飼い主が「もう飼えない」と手放した犬、そして虐待を受けていた犬——その数の多さに圧倒される毎日。虐待の場合は、飼い主が裁判にかけられることも多々あります。
当時の私は、「トレーニング」という概念をほとんど持っていなかったので、ただ「どうすればこの数を減らせるのか?」「どうすればもっと多くの動物たちを救えるのか?」ということばかり考えていました。そんな中で出会ったのが、Seattle Humane Society でドッグトレーニングのクラスを教えていたアマンダ・ボイドさんでした。
アマンダさんはワシントン州で尊敬されているベテラントレーナーで、特に攻撃的な犬や問題行動を持つ犬を専門としていました。たまたま彼女のクラスでアシスタントとしてボランティアをするうちに、トレーニングの奥深さを知るとともに、犬の問題行動を改善するためには「科学に基づいたポジティブ・トレーニング」が重要だということを学んでいったのです。
犬のポジティブ・トレーニングとは

犬のトレーニング方法には大きく分けて、科学的な動物行動学と心理学に基づき、痛みや強制力を使わない(犬を傷つけない)「 Positive Reinforcement」、「Compulsion」、そして「Balanced」の3つがあります。
私が行っているのは Positive Reinforecment トレーニング(以下ポジティブ・トレーニング)で、”Fear Free, Force Free” という言葉を使います。「恐怖を与えたり、力の行使をしない」という意味です。犬が怖がったり興奮しすぎたりして問題行動を起こす理由を探り、代わりにどのような行動をすればよいかを教えます。
例えば、来客に飛びつく犬に対して、「飛びついてはダメ」と言うだけ、首輪をつかんで大きな声で叱るだけ、何らかの痛みを与えて罰するだけでは、犬がイライラしたり痛みに恐怖を覚えるだけで、問題行動は解決しません。代わりに、何らかのポジティブなものを与えて、「人が来たら座る」という行動を教えることで自然と問題行動を減らすことができます。例えば、「人が来たら、座らせ、トリートを食べさせて褒める」というようにトレーニングしたとします。犬はジャンプできなくても、座るという代理行動をすることで、ご褒美となるフードを貰えるので、座る行動が強化され、来客も嫌な思いをしないで済みます。
これに対し、Compulsion トレーニングは全く逆で、問題行動を起こした犬に痛みや恐怖を与えて、一時的にその行動を抑えます。例えば痛みを与える首輪、電気ショックを与える首輪など、何らかの方法で怖がらせて罰するやり方です。一時的な効果があるので、犬は問題行動をストップしたように見えますが、痛みと恐怖で抑えられただけ、一時的に蓋をしただけで、罰を受けた犬はイライラと恐怖が増していき、臆病、狂暴になったり、他の問題行動が始まったりと、その後さらに悪化することが多くあります。
3つめの Balanced トレーニング は、上記の Compulsion をして一時的に蓋をした後でトリートを使うため、「ポジティブトレーニングだ」と誤解されがちですが、Compulsion を使う限り結果は同じで、科学的に証明されたポジティブ・トレーニングとはまったく違います。
Compulsion と Balanced では、結局犬の考えは変わらず、人間が道具を使って強制的に犬のリアクションを一時的に止めているだけなのです。例えば、犬が他の犬を見てリーシュを引っ張り、飼い主は引っ張らないよう訓練をするために、犬に恐怖や痛みを与えたとします。でも、犬は「自分が引っ張ったから痛いを思いをした、だから引っ張ってはいけないのだ」と必ず理解するわけではありません。「他の犬を見た」ということと、「痛い思いをした」ということがつながってしまうのです。「罰を与えたら、犬の行動が改善された」と思っても、それは改善されたのではなく、ただ人間が痛みや強制力を使って犬の止め方が上手になっただけなのです。「他の犬に向かっていかなくても大丈夫だよ」とか、「ここは怖くないんだよ」ということはまったく教えていないのです。

かつてアキラがひどく怖がりで、一時は他の犬にアグレッシブになってしまったので、散歩に連れていけず苦労していました。一時期、他の人のすすめで Compulsion トレーニングを試したのですが、問題行動が止まったと思ったのは最初だけ。それどころか逆効果で、もっとアグレッシブになってしまいました。そんな時にアマンダに出会って、私がやっていたことは明らかに「ほら、犬はもっと痛いよ、怖いよ」と教えていただけだとわかった時は、とてもショックでした。その後、ポジティブ・トレーニングを勉強して、時間はかかったものの、最終的にアキラは他の犬や人とも仲良くできるようになりました。
トレーナーとしての道を歩み始める

アマンダさんのボランティアを始めて4年後、彼女に有給のアシスタントとして働かないかと誘われ、その後3年間にわたり、別の会社で正社員として働くかたわら、週三回のペースでアシスタントトレーナーとしても働くようになりました。
その後、彼女が引っ越しすることになったのと、当時はコロナ禍で人生について改めて考えさせられていたので、「プロのトレーナーになって、もっとたくさんの動物を助けて、シェルターやレスキューに送られてくる動物の数を減らしたい」という思いを胸に、他にもたくさんのトレーナーのアシストをしたりクラスをとり続けながら、より専門的な知識を身につけ、ポジティブトレーナーの資格を取得しました。

そして、2021年に独立して自分の会社「 Zen Dog Seattle, LLC」を設立し、イサクアとビュリエンでクラスを教え、個人レッスンも行いながら、毎週90匹近くの犬と関わっています。
ポジティブトレーナーの資格を取るには、動物行動学をしっかり学び、実際の犬のハンドリングを鍛錬した上で、やっと資格テストの機会が与えられます。テストに受かって資格を持ってもそれで終わりではなく、最先端のトレーニング方法や科学データを学ぶため、Continued Educationを続けて単位を毎年取り続けないと、資格更新ができないようになっています。ちなみに、CompulsionとBalancedには資格はまったく必要ないので、残念ながら誰でも「私はトレーナーです」と言えてしまいます。

アシスタントの時期も含め、プロのトレーナーになって改めて再確認したことは、痛みや力を与えてトレーニングしても、犬をコントロールしているように見えるだけで、犬の思考回路はまったく変わらないどころか、恐怖やイライラが増し続け、最後にはこんなはずではなかったという Reactive、アグレッシブな行動に繋がる危険を増しているということです。ちなみに、トレーニングにやってくる犬はレスキュー犬が多いと思われがちですが、私の所にやってくる犬の半分以上は純血種です。
ドッグトレーナーの選び方

1. まずは資格を持ったポジティブトレーナーか確認すること。ウェブサイトの「どんな犬でも治します」という言葉だけに惑わされず、資格(Certificate)が明記されていない場合は要注意です。
ポジティブトレーナーの主な資格
- CPDT, CBCC (Certification Council for Professional Dog Trainers)
- CTC (Academy for Dog Trainers)
- KPA (Karen Pryor Academy)
- CDBC, ADT (IAABC)
- CCUI (Control Unleashed)
- VSA (Victoria Stilwell Academy)
- CAAB (Animal Behavior Society)
2. 資格を確認したら、そのトレーナーの専門分野(speciality)を聞くこと。人間の医者と同じで、トレーナーにも専門分野があります。例えば私の場合は、リアクティブやアグレッシブな犬のリハビリを専門としています。残念ながら、CompulsionやBalancedトレーニングで間違った訓練を受けて問題が悪化した犬と飼い主さんをサポートすることが多く、その割合は全体の約70%にも上ります。

犬の健康状態、置かれている環境、これまでのトレーニング方や期間にもよりますが、飼い主が正しいトレーニングを継続すれば犬の行動は変わります。犬の過去は変えられません。今から変えられるのは、飼い主の接し方や環境です。犬を正しく理解して、どう行動すればよいのかを飼い主の方に教えるのが、ポジティブトレーニングの神髄だと思っています。

犬も人間も、変わろうと思えば変われると思います。ただ、その機会を与えられ、正しい訓練方法を知る必要があるのです。トレーニングは犬のためだけではなく、飼い主自身のためにもなります。飼い主が正しい知識を持って、正しく理解することで、犬も人もストレスなく暮らせるのです。そのお手伝いをするこの仕事に、とてもやりがいを感じています。

犬を飼っていない人ができることもたくさんあります。例えば、周囲と距離をあけて犬と歩いている飼い主さんがいたら、その犬は他の犬や人間が苦手なのかもしれません。なので、近づかずに、よけてあげるのが一番優しい気づかいです。それから、幼いお子さんが急に犬をハグしに行ったりしないようにするなど、気をつけてあげてください。
怖がりな犬、リアクティブまたはアグレッシブな犬の飼い主であることは、決して簡単ではありません。私自身もアキラで経験したので、気持ちは痛い程わかります。でも、大変な犬を飼ったお陰で学ぶこと、教えられることもたくさんあります。短い犬との時間をどうか大切に過ごしてください。そして、もっとたくさんの人が動物を理解し、皆が住みやすい社会になることを心から願っています。
恵子・スワンバーグさん(略歴)
Keiko Swanberg
Certified Professional Dog Trainer(CPDT-KA)、Certified Control Unleashed Instructor(CCUI)
AKC CGC & Trick Evaluator
Zen Dog Seattle, LLC
info@zendogseattle.com
www.zendogseattle.com
www.facebook.com/ZenDogSeattle/
2021年にプロのドッグトレーナーとして独立。2023年の Sniffspot による トップドッグトレーナーコンテストで、ワシントン州第2位、全米第13位に選ばれる。リアクティブ犬やマナークラスはもとより、さらに多くの犬たちに楽しんで欲しいと、アジリティ、ノーズワークなど、多彩なクラスをイサクアとビュリエンで提供中。イーストサイドを中心に個人レッスンも行いながら、毎週90匹近くの犬と関わっている。