「新しい宗教が生まれつつある。その名を『シンギュラリティ』という」
なんとも印象的な文章から始まる新書『世界の中心でAIをさけぶ』が、今年7月に出版されました。筆者は『世界の中心で、愛をさけぶ』の片山恭一さん。シアトルからマウント・レーニア、ヤキマ・バレー、ワラワラ、スポケーンなどワシントン州の各地を、写真家の小平尚典さんと共に旅して書き上げたエッセイ集です。日本の国土のおよそ半分もある広大なワシントン州を巡り、おふたりは何を感じたのでしょうか。お話を聞きました!
片山恭一さん
小説家。2001年4月、故郷の愛媛県宇和島市を舞台にした青春恋愛小説『世界の中心で、愛をさけぶ』を刊行。2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となる。「セカチュー」と略されて流行語になり、「セカチューブーム」として社会現象を起こした。現在は福岡県在住。
小平尚典さん
写真家。株式会社コヒラ・パーソンズ・プロジェクト 代表取締役社長。新潮社の写真週刊誌『FOCUS』の創刊メンバーとして、報道写真ジャーナリズムを展開。1987年から2009年までロサンゼルスで活動する。現在は東京を拠点にメディアプロデューサーとして、書籍やIT関連フォーラムのプロデュースも行っている。
進化する AI について、世界の中心で考える
– まずは今回出版された 『世界の中心でAIをさけぶ』 について教えてください。本のテーマとなった「シンギュラリティ」とは何ですか?
片山:人工知能(AI)がこのまま進歩すると、2045年くらいには「人間の知能を超えるAI」が誕生するという予測があり、これをシンギュラリティ、または技術的特異点と呼んでいます。ただ、何をもって「人間を超える」とするかの定義は人によってさまざまです。現在のぼくの解釈では、「人間の中身がAIに置き換わってしまう」という現象がこれに当たると考えています。
– 人間の中身がAIに置き換わる、とは?
片山:たとえば、病院のお医者さんの診察です。採血の数値やレントゲンの画像などのデータを見て診断するのは、今はお医者さんの役目です。しかしそのうち医療用のアルゴリズムが出てきて、診断そのものをAIが行い、お医者さんはそれを患者に伝えるだけの存在になるかもしれない。つまり、お医者さんの中身は「AIに置き換わっている」という状態になるわけです。そういうことが、これからいろんな分野で起こってくるだろうと。
しかもこの変化は、ぼくたちの目に見えないところで起こっています。たとえばAmazonでおすすめ商品を教えてくれる「レコメンデーション機能」はAIによるもの。買い物するときに、これが自分の欲望なのかAIのアルゴリズムなのか、だんだん区別がつかなくなってくるのです。いつの間にか暮らしの大部分がAIにとってかわられて、ぼくたちの中身が空洞化していくと言えます。
– それはネガティブな変化なのでしょうか。
片山:ネガティブでもあるし、ポジティブでもあります。AIが加速度的に進歩する流れはもう誰にも止められないので、じゃあそこで人間であるぼくたちがやれることって何だろうか。人間が人間らしく生きていくために、どんな風に新しい世界を構築して、どうやって自分らしさを表現していくのだろうか。まだ誰も明確な答えを出せていません。
そう考えてみると、これは一部のエンジニアやIT専門家に限った問いかけではなく、文学の話にもなってくるんですね。だからぼくのような小説家にも口を挟む余地がある。というよりは、一人ひとりがそれぞれに考えなければいけない問題です。
小平:世界がハイスピードで変わっていく中で、AIに振り回されることなく、私たちはこれからどう生きていけばいいのか。それを片山さんと私で旅をしながら考えてみようということで、今回はシアトルへ行くことに決めました。
「旅を楽しむ」ための自由気ままな珍道中
– 訪問地としてシアトル、ワシントン州を選んだのはなぜですか。
小平:以前ロサンゼルスに住んでいた頃、何度も仕事でシアトルを訪れていました。シアトルはアマゾンやマイクロソフトの本社をはじめとした、IT企業の集積地。まさにテクノロジーの最先端を行く街です。これをぜひ片山さんに見てもらって、感じたままを表現してほしかった。
旅の中で片山さんはメモ帳を片手に感じたことを書きとり、私はカメラ片手に写真を撮る。お互いに興味の対象が違うから、何を見てもすごく楽しい。本にするためというよりは、旅を楽しむために旅に出たという感じです。
片山:5年ほど前から、小平さんのアイデアで、日本国内のいろんなところを旅しています。ぼくらの旅のコンセプトは「ストレスフリー」。自分たちのポケットマネーで行ける範囲で、好きなところに行って見たいものを見て、夜はおいしいお酒を飲んでしゃべり倒す。さながら弥次喜多道中のような雰囲気です。3年前にふたりでシリコンバレーを訪れたのが、ぼくにとって初めてのアメリカ訪問でした。
小平:なるべく縛りを作らないで、自由気ままに旅をしています。いつもはふたりだけでまわっているのですが、今回はシアトル在住の友人夫婦にアテンドを頼んだので、出発の半年前にはスケジュールをばっちり組んでもらいました。
テクノロジーと自然の両方を見たからわかること
– この旅はシアトル市内から始まり、南東の自然が豊かな地域をぐるりとまわって、また都市部のレドモンドを訪ねていますね。これはどういう意図が?
小平:大きな目的のひとつに「マウント・レーニア」がありました。マウント・レーニアはシアトルの人たちにとって、日本人の富士山みたいな存在だから、いわば東京に行って、富士山に登って帰ってくるようなもの。とても象徴的です。
片山:ぼくたちは主にコロンビア・リバーの流域に沿って旅をしたのですが、これは非常によくできたプランでした。最初にAmazon Goやアマゾン本社などの最先端のスポットを見たかと思えば、小麦の単作地帯を何時間もひたすらドライブしたり、ハンフォード核施設や、風力発電のためのウインドミルを見たり。最後はマイクロソフト本社に行きました。
小平:ワシントン州全体がテクノロジーに支配されているのではなくて、200キロくらい内陸部に入るとまったく違う世界が広がっている。当然、住んでいる人たちも全然違う。それは本当にアメリカらしくて、さまざまな発見がありました。
片山:あの両極端さは、日本にはなかなかないですよね。テクノロジーと自然、人間と科学、あるいは民主党と共和党。まるで別の惑星みたいにバラエティに富んでいて、コントラストがはっきりしている。大自然の中に入ることで、シアトルの都市部で今何が起こっているのかを、より深く客観的にとらえることができたと思います。外から見て初めてわかる本質というのがありますから。
– 都市と自然、両方見たからこそ感じられるものがあったのですね。
片山:そう、そしてそこに仲間と行った、たしかにぼくはそこにいた。その事実が大事です。言葉に強さが出る。それは文章を書く上での最後の拠りどころです。
– 特に印象的だった場所はありますか?
片山:ヤキマ・リバーのほとりでのキャンプです。夜にワインを飲んで酔いがまわってきた時に、川の流れを眺めながら、どうしようもなく人恋しさを感じて。人間というのは、どんなに孤独でも「ひとり」になれない生き物だと思いました。たぶん、人間の起源は「ふたり」だったんじゃないかな。これはまだうまく言葉にできないので、これから10年か20年かけて形にしていければと考えています。
小平:私はとにかく、マウント・レーニアの美しい星空が印象的でした。ロッジに泊まって真夜中にわいわいしながら、みんなで夜空を見上げるんです。宇宙を目の当たりにすることで、日本人とかアメリカ人とか関係なく、自分は「地球人」なんだと実感しました。小さなことで悩んでいるのがばかばかしくなる。つぎつぎと流れ星が飛んできて、まさに私が撮りたかった写真が撮れました。
小平:キャンプやロッジ、ホテル、Airbnbなどいろんなところに泊まって、いろんなものを見て、そこで感じたことを話し合って、飲んで食べて。本当にいい旅でした。こうして旅を楽しむというのは、今のところ人間にしかできないことのひとつだと私は思います。
ワシントン州は、ハイテクと大自然という真逆の良さがあって、懐が深い場所。ワシントン州の魅力がたくさん詰まったこの本は、シアトルに住む人にこそぜひ読んでいただきたいですね!
掲載:2019年8月 取材・文:小村トリコ