2014年11月にオープンし、5年目を迎えた今は多い時で1日に1,000個以上のサンドイッチを売り上げる人気店に成長したベルビュー市のサンドイッチ専門店『トレス』。「自分たちがおいしいと思ったものだけを作っています」と話してくださったのは、共同オーナーの小笠原実(まこと)さん・松村美奈子さん。とにかく研究熱心で創意工夫にあふれるお二人に、起業や商品開発などについてお話を伺いました。
西海岸全域でリサーチし、サンドイッチ専門店を起業
– ジャングルシティ:サンドイッチ専門店を起業したきっかけは何だったのですか?
小笠原:きっかけは、松村ともう一人がパン屋さんをやろうとしたことでしたね。
松村:と言うより、私は離婚後にアメリカで生きていくために起業しようとしていて、もう一人はアメリカでの滞在資格を取得するための投資という形で考えたのがパン屋さんだったのです。たまたま売りに出ていたこの店舗が予算に見合ったので契約することができました。
小笠原:僕はその頃、旅行業界での前職を辞めたところで、シェールオイル掘りの出稼ぎにでも行こうかと考えていたのですが、彼女がパン屋をやると聞いて「素人がやるのは難しいだろう」と思い、口を出しました。
松村:当時は私たちはパンを焼いたこともありませんでしたから(苦笑)。
– ジャングルシティ:そこからのスタートだったのですね。
小笠原:そうなんです。で、僕は料理が好きで、どこかで食べた味を再現できるまで工夫し続けるのが好きですから、「サンドイッチのパンさえ確実に作れば、中の具材は自分たちで作れる」と考えました。ターゲットはもちろん、ここに住んでいる人たち全員。でも、「僕たちを含む日本人が食べて "おいしい" と思えるものを作らないといけない」と。
– ジャングルシティ:なるほど。
松村:まず、サンドイッチ屋をやろうと決めた段階で、みんなで車に乗って、ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州まで、パン屋さんというパン屋さんをまわって、売られているサンドイッチを全部食べてみました。どういう具材を使って、どういう順番で挟んであるのかリサーチしたのです。
– ジャングルシティ:オレゴン州、カリフォルニア州まで!すごい行動力ですね。
小笠原:日本人の多いロサンゼルス地域でも三角サンドを売っているのはミツワの一部とか、マルカイに少しあるぐらいで、売っていても3種類ぐらい。どれも僕たちの口に合いませんでした。
松村:パンにミルクやバターが入っていたのがその理由です。そこで、私たちの口に合うパンを独自に開発しないといけないと話し合いました。
小笠原:いろいろなレシピで具材を作り、このあたりで売っている食パンをすべて買ってきて、挟んで食べてみました。でも、どの食パンも具材に合わない。
– ジャングルシティ:そこが自家製パンのアイデアにつながっていくんですね。
松村:2014年の開店当初から、普通の水道水ではないアルカリウォーターを使っていますが、粒子が細かくて醗酵にすごく影響するんですね。食パンは蓋をして焼きますが、その蓋が飛んでしまうのです。
小笠原:それをシアトルのフジベーカリーさんに調整しながら焼いてもらい、レシピの開発を続けました。でも、採算面や数量制限も考えると大変なのです。そこで、少しずつ自分たちで焼く自家製に切り替えていこうと考えました。
まわりに支えられてやってきた4年間
– ジャングルシティ:お二人の徹底したこだわりが、この自家製パンという形になったわけですね。
松村:開店してから1ヵ月後の2014年12月のある日、宇和島屋の前 CEO の森口富雄さんが長野県にあるパン屋『スイート』のオーナーの渡邊匡太社長を連れてきてくださったのです。いろいろお話しするうち、渡邊社長が私たちのビジネスを面白いと思ってくださり、2015年2月に私が渡邊社長の長野県のお店で修行させていただくことになりました。
– ジャングルシティ:偶然のような出会いから、そんな展開に。
小笠原:フジベーカリーさんでも食パンの焼き方を見て「なるほど、そうやってやるんだ」と考えていましたが、自分たちでやるのは全然違いますしね。機械はすべて揃っていても、どれをどう使ったらいいかよくわからない。それを松村が日本での修行を終えて帰ってきて、機械を使っていろいろ直しながら作れるようになっていきました。
松村:渡邊社長もシアトル進出を検討されていたこともあり、職人を連れて何度もシアトルに来られていました。当店でパンを焼きながら教えてくださったりして、とても勉強になりました。その後も長野とシアトルで Face Time でつないで、「こんな風に焼きあがってるんですが」と画面で見せて質問させてもらったりして、本当に助かりました。
小笠原:そして開店から1年と少したった2016年1月にすべて自家製パンに切り替えたのですが、目に見えて売り上げが上がったのです。
松村:すべてタイミングですね。「パンが変わった」とおっしゃってくださるお客さんもいて、「食パンとして買いたい」というお話をいただき、大量に焼くことになりました。私たち、がむしゃらですよね。でも、それを見ていろいろな人たちが応援してくださって、それに支えられています。開店してから、和食弁当のご注文もお受けしていたことがありました。残念ながら、今年から忙しくなってお受けできなくなったのですが、忙しい中でも店頭のサンドイッチとお弁当の同時進行など、いろいろな工夫ができるようになったのは、そういったご注文の経験のおかげだと思っています。
– ジャングルシティ:商品も常に工夫されていますね。新しいメニューはどんなふうに決まるのですか?
小笠原:最初の頃の商品は僕たちで決めていましたが、最近はスタッフも新しいアイデアを提案してくれるようになりました。
松村:「これとこれをあわせたらおいしいと思う」と言われたら、まず作ってみるんですね。そしてみんなで試食してみます。組み合わせるはずではなかったものを組み合わせてしまい、意外においしかったとか、スタッフの間違いから生まれるメニューもあります。なので、「絶対に間違いはないから、間違ったら間違ったと教えてください」と言っています。
– ジャングルシティ:一番売れているのはどの商品でしょう。
小笠原:40種類以上ある中で、一番売れているのは、イチゴとクリームのサンドイッチ。その前まではトンカツのサンドイッチでした。でも最近はトンカツと味噌カツに分けたので、売り上げ数が分散されていますね。味噌カツは名古屋ではご飯と食べますが、サンドイッチにしているところは日本でも多くないと思います。
松村:その他には、照り焼きチキン、玉子サラダ、ポテトサラダ。今では、お好み焼きも。
小笠原:僕らが絶品だと思う玉子サラダとポテトサラダは、アメリカ人の方にもかなり受けています。
松村:ポテトサラダもすごい工程があるんです。普通のポテトサラダではなくて、いろいろなものが入っています。
小笠原:ポテトサラダはベジタリアンの方にも食べていただけるように、かなり苦労して基本形を作りました。お好み焼きのサンドイッチは、以前から「作ろう」と思っていて、キャベツをベースにしてトンカツソース、マヨネーズ、鰹節を加えればお好み焼きの味になると思ってたのですが、全くダメでした。
松村:しかし、スタッフのひとりが、「海老カツをベースにして、トンカツソース、紅しょうが、鰹節、青海苔とキャベツを載せ、からしマヨネーズをかけたら、口の中でお好み焼きの味になるんじゃないか」と言い出し、試作品を作ってくれました。
– ジャングルシティ:それがお好み焼きの味に!?
小笠原:食べたら、本当にお好み焼きなんです!そしてそれを薄焼き玉子で巻いて『エビ玉お好み焼き』という名称にしました。偶然でしたが、大ヒット商品となりました。
松村:味噌カツも最初は名古屋から味噌カツソースを渡邊社長に持ってきていただいてましたが、あっという間になくなるのでコストが合わなくなり、その味を再現するために八町味噌を買ってきて・・・
小笠原:名古屋に「つけて味噌、かけて味噌」というソースがあって、それがうまいんです。とにかくその味を出せばと、あれこれ工夫してみたら、上手にできました。
松村:あの赤味噌のクセはアメリカ人も好きみたいですね。「Miso-Katsu」とオーダーしてくれるようになりました。ちょっと甘いからかも。アメリカの方は甘い味が好きですし。
– ジャングルシティ:確かに甘いものは好きですね。その他にどんな特徴がありますか?
小笠原:一度食べてもらえばリピートする人が多いんですが、アメリカ人は慎重でクリーム系には飛びつきません。見たことがないからでしょう。
松村:初めて誰かに連れてこられた方も、最初に選ぶのはツナ、玉子、ハムときゅうり、BLTなど、見て食材がわかるもの、自分たちが幼い頃から食べてわかるものですね。一緒に来た友達に強くすすめられて、買って車に戻って食べてみて、その場で気に入って戻ってきてまた買うとか、店内で食べてみて気に入ってまた買うとか、そういう方が多いですね。
– ジャングルシティ:口コミは重要ですね。おいしいと言われると食べてみてもいいかなと思う。
松村:あと、面白いことに、見知らぬお客さん同士がおススメし合ったり。「初めてなの?」と聞いて、「自分はよく食べてるから教えてあげる」と。アメリカでは知らない人同士が話すのは普通のことですけど、とてもありがたいことです。そんなふうに広がっていっている気がします。
小笠原:新しいものにチャレンジしてくれる人も多くなってきました。きんぴらごぼうはハードルが高そうですが、食べてみる人が多くなっています。
松村:きんぴらごぼうは、長く炒めて煮るように濃い目の味付けに作ります。パンに味を全部持っていかれてしまいますから。
小笠原:ツナサンドも開店前に何度作ったことか!
松村:日本のツナは油に入ってますが、こちらのは水煮です。それにどう味付けするか工夫が必要でした。
– ジャングルシティ:起業して一番大変だったことは。
松村:スタッフに任すことが増えていきます。信用しないとやっていけません。いきなり経営者になった私たちも任すということを少しずつ学んでいっています。食品業界に長く、知識の深い人が働いてくれたり、料理人だった人が来てくれたり。どうやってスタッフを集めているのと聞かれることがありますが、口コミが多いですね。
小笠原:「キッチンから楽しそうな笑い声が聞こえたので、この職場は良いかところかなぁ」と思って来てくれたスタッフもいましたね。
松村:そんなふうにして、スタッフにとてもいい人たちが集まりました。35人ぐらいパートタイムの方が働いてくれているのですが、日本語を勉強している人もいれば、兄弟姉妹、親子で働いていたりと、いろんな方がいます。経営理念の一つに安心安全に働ける職場の提供があります。お客様が第一なのは当たり前のことですが、ここで働いてくださるスタッフは私たちの宝です。そのスタッフと一緒にお客様に安心安全に食べて頂けるサンドイッチを作っています。接客がまだまだのところはあるかもしれませんが、みんな一生懸命です。
小笠原:楽しく働けるのは大事ですよね。いやいやながらというのはできません。実は、お昼ごはんのまかないがとても充実しているんですよ(笑)。僕は外で食べて美味しいと思ったものを真似して作ることが昔から好きですから、ここでも研究開発のひとつとしていろんなものを作っています。スタッフの人たちが「今日のまかないは何ですか」と到着したとたんに聞いてくれる。毎回アイデアはないんですが・・・(笑)。和気藹々とした感じがなければやっていけません。
松村:もちろん、ランチを持ってきてもいいのですが、おなかを空かせて我慢しながらサンドイッチ作りをして欲しくない。「美味しいものがある楽しいところ」で良いと思ってます。「同じ釜の飯を食う」ではないですが、それも大事だと思うんです。
商品のアイデアは無限大 いろいろな人が新しい味にチャレンジして広がっていく
– ジャングルシティ:開店してから4年と少し。お話を伺っていて、徹底したこだわり、お客さんやスタッフに対するケアなどが人気の秘訣かと感じます。
松村:開店当初は残ったサンドイッチをまかない用にと知人のレストランなどに持っていったこともありましたし、プロモーションで車のディーラーや消防署に持っていったりもしましたがあまり反応がなかったんですよね。
小笠原:夏休みは全体的に減るとは言え、開店した2014年11月の翌年の2015年の夏なんて1日に80個しか売れなかったこともありました。でも、今では平日で600個以上、土曜日は1,000個以上が売れるようになりました。
松村:土曜日が一番忙しいですね。「600個を超えたらパーティーしようね」と言ってたら、いきなり800個、900個、1000個、1200個になって・・・。デリバリー、パーティープレートもあわせると、実際は1日1,500個以上は作っています。そして、今は、ベビーシャワー、ウエディング、誕生日パーティーでパーティープレートが喜ばれます。また、亡くなった方が好きだったからと、お葬式でもご注文いただいたり。お客様が自信を持って買って行ってくださるのがありがたいです。
小笠原:お客様は全体的に見ればアジア系の人が多いかなとは思いますが、英語の媒体に出ることで、他の人種の方々も増えてきています。
サンドイッチに「伝えたいこの店の味」をこめるのが 『トレス』 流
– ジャングルシティ:「自分たちがおいしいと思うこと」という基本は譲らず、それでいて柔軟に新しいアイデアを取り入れること、なかなかできることではないと思います。
小笠原:日本でサンドイッチと言えば、それぞれの店の味で出しますが、人種や宗教や文化がいろいろな人がいるアメリカでは、お客さんが自分の好みのものを自分の好みではさんでもらう、サブウェイみたいな形式が主流ですよね。でも、僕らはそうではなく、僕らとしては「これがおいしいんだよ」というのを伝えたかったんですよ。
松村:パンを焼いて1日寝かせ、スライスして耳を全て手で切り落とします。冷凍の具材以外の具材はほとんど前日に作って、それを当日挟み込んで切ってパッケージする。ゼロからサンドイッチが出来上がるまでは、実際には2日間ぐらい掛かるんです。アレルギー対応はその場でお受けできない場合もあります。特別オーダーは時間がかかります。「サンドイッチだから、パッパッと挟めば完成」と思われがちですが、実はとんでもない工程を経てるサンドイッチなんです。挟めばいい、切ればいい、そういうものではないんです。そのあたりの調整が難しいですね。
小笠原:パンから焼いているわけですし・・・。そして、見た目のきれいさは大事ですよね。
松村:日本食は懐石のように、目で見て楽しむ文化があります。アメリカのサンドイッチのように具がどっさりというわけではない日本のサンドイッチなので、「安いと思ったけど、これだけしか具が入ってない」と酷評されたこともありました。でも、「それが日本のサンドイッチなんだ」と私は思います。目で楽しみながら数種類の味を楽しむ。トレスは日本の食パンで、日本の食文化と遊び心をはさんでいるので、ほかでは真似できません。
– ジャングルシティ:これからどんなことをしたいとお考えですか。
松村:最初は「サンドイッチ屋さんは簡単かも」と思って始めたところもあります。が、とんでもなく大変。でも、始めたからには引けない。ほとんどが自家製です。トンカツソースも既製品では納得いかないので、4時間以上煮込んで毎日作っています。自分たちがここまでこだわるとは思ってもいませんでしたね(笑)。やっぱりおいしいものを食べていただきたいですし、「なぁ~んだ」と思われたくない。何かスペシャルなものであると同時に、日常のものでもあるという商品で、そして子どもを育てている方が「手抜き」という感覚ではなく、「安心して子どもに食べさせられるもの」という存在になっていきたいです。
小笠原:言ってみたら時代に逆行しているのかもしれないけど、「いろんな国の人がいるから、いろんなひとの口に合わせて」というのではなくて、日本の昭和のように「この味」で出したいと思っていました。僕らはそういう昭和の中で育ってきましたから。人に合わせるとかフュージョンとかではなく、この味を伝えたいという思いがあります。それには妥協しない。それでいいと思うんですよね。アメリカにはいろんな国から来た人がいるけれども、みんな日本の昭和時代の美味しいものを知らないんです。だから「これがうまいんだ」というのを素直に出してあげれば受け入れられると思うんですよね。「もっとハイエンドの商品で利益性の高いビジネスにすれば」という考えもあるかもしれませんが、それでは一般的な人が手の届かないものになってしまう。それはそれでさみしいですし。
松村:お客さんに当店のサンドイッチを見ていただいた時に「わーっ」と思っていただいて、自分のために選び、人のために選び、それを食べて「おいしいね」という思いが広がってくれたらと思うんです。「楽しい、おいしい」という思いは「癒し」に繋がると思います。その思いが広がっていったら嬉しいです。
小笠原:日本では繊維関係の商社、アメリカでは旅行関係の仕事をしていましたが、どんな業界のどんな部分でも最終的にはお客さんに喜んでもらえるのがうれしい。サンドイッチも食べて喜んでもらえるということが一番うれしいことですし、たくさんの人にその喜びを届けられたらと思っています。
Sandwich House TRES
1502 145th Place SE, Bellevue(地図)
(425) 643-7333
www.tressandwich.com
月~日 8am-2pm
掲載:2019年7月 聞き手:オオノタクミ