シアトルでの目標
2年前、勤務校である兵庫県立龍野高校の海外研修で、シアトルの高校の授業に参加させていただきました。その時の生徒の皆さんの日本語に対する情熱、そしてそれを可能にしている先生方の実践、クラス活動の中に散りばめられている生徒の意欲を引き出す仕掛けなどを目の当たりにして、自分のこれからのキャリアにとってこれこそが学ぶべきものだと確信しました。そして、兵庫県姉妹州派遣事業に応募しました。
今回の派遣事業参加に際して、掲げた目標は次の事項です。
- 多様化する生徒への細やかな支援の在り方
- ICT 教育の活用
- 授業と評価の一体化
- 評価基準の共有
- 保護者目線でのアメリカの教育を考察
日本の現場では「個に応じた指導」の一層の充実が叫ばれています。多様化する生徒を支援し、育むための理想的な教育環境はどのようなものであるべきか、ずっと悩んできました。アメリカではスクールカウンセラーの先生方が常駐していると聞きましたので、カウンセラーの先生方と教科担当の先生方を中心にした学校としての教育支援体制を勉強したいと考えました。
また、日本の英語教育では、授業での ICT(information and Communication Technology)の活用、つまりデジタル機器をどんどん活用することが近年、頻繁に言われてきていました。実際にはなかなか使えていないのが現状です。私自身は、多角的な理解を深めるための補助として活用してきましたが、実際にアメリカの高校ではどのように活用され、それがどのような学びの支援につながっているのかを知りたいと思いました。
次に「授業と評価の一体化」においては、授業の延長になされるべき評価があるということなのですが、その評価も実際の現場では従来通りの形態からなかなか抜け出せていませんでした。小テスト、課題、定期考査、パフォーマンステスト(プレゼンやスピーチ、エッセイなど英語での表現活動を評価するテスト)どれもが日本の現場では個別化されている気がしていて、アメリカの教育現場では1年を通してどのようなアプローチで外国語活動が行われているか、それを知ることによって日本の現場でも生かせるのではないか、と考えました。
4つ目の「評価基準の共有」ですが、日本の現場では、どのような項目で、どのように評価するということを生徒、保護者そして教員とでなかなか共有できておりませんでした。アメリカの教育現場からヒントを得て、それを活用したいと考えました。
最後に、子どもを同行させていただくことによって、小学校と中学校(シアトルは6年生は中学課程になるということから)の教育活動を保護者の視点で見ることができると思いました。日本では小、中、高、大の連携した教育が進められています。今回の経験によって、生徒たちの教育課程の連なり(小—中—高ー大)の中で、高等学校としての教育活動の在り方ついて、何か示唆が得られるのではないかと思いました。もちろん保護者として学校とどのような関わりがあるか、地域社会とどのように連携されているのかを知ることも大変有意義だと考えました。
実際の授業での予想外の経験
予想外の経験ばかりです。細かいことも大きなことも毎日が驚きと発見の連続です。勤務校のオレゴン州出身のJETの先生に、アメリカの高校生にはびっくりするからと言われて渡米しました。そして、いい意味で驚かされました。
まず、勉強熱心。一つ一つ納得しながら理解しようとする勉強の姿勢にいつも感心しています。授業中ではよく質問をしてくれます。こちらの説明の途中でもいつでも疑問を感じた時には手を上げて、質問をしてくれます。1つ説明したら5つは質問が来ますね。もちろん、いい質問もあれば、話を聞いていないだけのものもありますが。この「いつでもなんでも質問攻撃」は予想外でした。「授業が終わったあとや、説明が終わった後に投げかけたら質問があるかな?」とぐらいにしか思っていませんでした。
そしてグレードにシビアであることも驚きでした。日本の高校でも、成績はもちろん大学入学に必要ではあります。ですが、やはり合否は当日の入試の点数に大きく左右されます。ですが、こちらでは高校でのグレードが大きなウエイトを占めるようで、生徒も保護者もとてもシビアに受け止めていらっしゃると感じました。「成績をA+にするにはどうしたらいいか」など、成績アップのためのアドバイスを求めてくる生徒が多くいます。そして毎週、グレードを入力するたびに評価が更新されていき、疑問点があるとすぐに保護者や生徒から問い合わせが来ることも新しい驚きでした(日本では3学期制の場合は3回しか成績が出ません。保護者の方が成績を知るのはその3回。中には生徒が全く見せてくれないので、保護者面談で初めてご覧になる、ということもあります)
シアトル学区では、source というプログラムにログインすると、オンラインでその時その時のグレードを見ることができます。いついつのクイズ(小テスト)が何点、とか、いついつの宿題が出てないなど、すぐにチェックすることができます。ですので、提出物が出ていない場合、グレードブックに提出物の点数を反映すると、すぐ提出してくれる生徒が多く、教室で提出を促すよりも効果的です。
日本語をこよなく愛してくれて、話したがる生徒ばかりであることも嬉しい驚きでした。日本では英語は必須科目であるために興味関心のばらつきがありますが、こちらの日本語は選択科目。概して、漫画やポップ文化をきっかけに日本語に興味を持ってくれた前向きな生徒が多くいるように感じます。日本語教室に入る時、立ち止まり帽子を脱いで、「失礼します」と言って入室する生徒もいて、本当に驚きました。また漢字の習得においては正しい書き順にこだわる生徒もいて、「漢字は形で覚えて、書き順なんて興味持ってくれないんだろうな」と思い込んでいた私にとって嬉しい予想外の出来事です。
また、昨日まで「女の子」であった生徒が、今日から男の子宣言をして、出席点呼の時に「くん」で呼んでほしいという要望があったり・・・というような高校生と「性のアイデンティティ」については日々考えさせられることばかりです。
今していることで、当初は考えていなかったこと
現在は主に1年生31名と4年生16名の授業を担当しています。2年生1組28名、2組32名と3年生35名はアシスタントとしてメンター先生のお手伝いをしています。日本では基本的に1クラス40名です。
当初はどのような形で関わることができるのかがわからないまま教案を作ったり、教材を持って来たりしていました。できたらスカイプやメールを通して、勤務校の生徒とやりとりができたらと考えていました。
こちらに来て、生徒たちが一生懸命丁寧に日本語を書こうと努力する姿を目の当たりにして、「アナログ路線で行こう!」と決めました。メールやチャットではなく、直筆のやりとりを行っています。年賀状やポスター、手紙は郵便で送りました。時間はかかりますが、心を込めて書いたものは相手に伝わります。 イラストやカラーペンを使って、相手を思いながら作成する姿勢は言語学習以上に大切なものだと感じました。勤務校の生徒も、日本語と英語を使って返事をしてくれます。お互いが学んでいる言語を通して、本物をやりとりし、学び合うことの効果は期待以上のものでした。
また、1年生の授業では、私の子育ての経験が役に立っています。子どもが母語の日本語を話す上で間違えていたミスを共有することで、生徒の心理的負荷が下がるようで「ネイティブでもそんな間違いをするんだ」と安心してくれます。
そして当初は客観的に目的の一つとして設定していた「個に応じた指導」についても実践するようになり、毎日勉強させていただいています。支援を要する生徒については、生徒に応じてアプローチの手法を変えたり、観察や声掛けを工夫して行なっています。またシアトル学区のスローガン[Eliminating the Gap]のもと、対象生徒についてはきめ細やかな観察をして、学習姿勢や能力の伸長を適宜確認することによって、より必要に応じた学習支援ができるようになりました。
日本に帰任してやってみたいこと
今回の経験から、アメリカの生徒も一生懸命日本語を勉強してくれていること、そして同じ年代の生徒の生活や興味関心を知りたいと思っていることを知ることができました。帰国後も続けて、日本語を学ぶ生徒と英語を学ぶ生徒が、互いに学び合えるような活動を構築したいと思います。かつては敵国同士だった私たちの国の若者が、互いを身近に感じ、大切に認め合える、そのような人材の育成に少しでも貢献できたらと考えています。また日本の高等学校では SGH(Super Global High School)、SSH(Super Science High School)事業が活発に進められています。私の勤務校は SSH 指定校ですので、科学分野でも研究交流ができたらと考えています。そしてすべての活動を通して、 生徒自身が自分の国や言葉、文化に誇りを持てるように支援していきたいです。
最後に、こちらの学校は生徒が輝ける場面がたくさんあることに気づきました。音楽やスポーツなど自分の長所を生かして、活動できる。私は生徒が参加するサッカーやバスケット、クロスカントリー、コーラス、ミュージカルなど、応援に行かせていただきました。教室とはまた違った素敵な一面に出会うことができて、とても幸せでした。私の子どもたちも学校のクラブでサッカーやバレー、ウクレレ、プログラミングなどに触れる機会に恵まれました。日本ではなかなか考えられなかったことですが、誰もが認めてくれて前向きにサポートしてくださるおかげだと思います。
日本では私自身、朝早くから夜遅くまで勤務していますので、基本的に、習い事には連れていけません。小学校ではクラブは週に1回、地域のスポーツもあったりしますが、シアトルの学校みたいに、時期によって選択できるシステムではありません。高校や中学校の違いで見てみますと、部活に入部したら3年間が基本です。ですから、サッカーをしている生徒はサッカーのみ。でも、こちらに来て驚いたのは、サッカーをしている生徒が、授業で選択しているためにコーラスもやっていたり、そしてそのコーラスの発表会があって、いろいろな方に見てもらえる機会があるということです。スポーツ、文化的なこと、そして学校の勉強など、幅広く、さまざまな場面で自分を輝かせて、自分の才能に気づくチャンスがあるということが素敵だと思いました。
篠原友妃亜先生(しのはら・ゆきあ)
教職歴17年。2016年8月に兵庫県からの派遣教員としてシアトル市内のバラード高校に赴任。160名ほどの生徒たちに日本語や日本の文化や社会について教えた。