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「シアトルで飲食業に挑戦して、新たな世界が広がった」 デビィソン美雪さん 『Sushi Kashiba』シェフ

シアトルの伝説的寿司職人・加柴司郎さんの店『Sushi Kashiba』で初めての女性シェフとして、お通しや季節の一品を任されているデビィソン美雪さん。結婚を機に渡米し、さまざまな職に挑戦したものの、なかなか長続きせず、一時期は引きこもりがちだったそうです。でも、勇気を出して料理の世界に足を踏み入れてみると、予想を超える楽しさが待っていました。

勇気を出して飛び込んだ仕事が、人生を変えた

夫と日本で知り合い、結婚のために2008年に渡米しました。当時はアメリカに興味がなく、「2年ぐらいがんばってみよう。嫌だったらすぐに帰ってきたらいいよね」と話していたのを覚えています。でも、サーバーや旅行会社など、さまざまな職を経験したものの長続きせず、英語もなかなか上達せず、嫌になって引きこもりのようになってしまいました。

家にいたら料理以外にすることがなく、何時間もキッチンで料理をするようになったので、「もしかしたら、レストランのキッチンで働けるのでは」というアイデアが浮かびました。幼い頃からシングルファーザーの父親の手料理を食べて育った思い出はあって、料理をするのは好きでしたけど、日本でレストランで働いたことはありません。でも、『Sushi Kashiba』の求人を見て挑戦してみたくなり、飛び込みました。

『Sushi Kashiba』は、全米に知られるシアトルの寿司職人・加柴司郎さんが2015年11月にオープンした店。加柴さんは1966年に渡米し、シアトルの和食レストラン『田中』で約4年働いた後、戦前から営業する『まねき』 にてシアトルで最初の寿司カウンターを設置した。翌1971年に開店した『日光』、1994年に『しろう寿司(Shiro’s)』 を開店して、全米に食通に知られる存在に。2014年4月に惜しまれながら引退するも、多くのファンの声に押され、2015年11月に『Sushi Kashiba』 をオープン。その活躍は全米のメディアに取り上げられ、シアトル内外の寿司好きから高い評価を得ている。

日本の伝統的なレストランでは、基本的に女性シェフはいませんし、『Sushi Kashiba』が募集していたのも女性のサーバーでした。でも、キッチンでシェフとして働きたいという私に、チャンスをくださったのです。オープンしてまだ間もなかった2016年で、当時は男性ばかりが働いていました。でも、私は父親に育てられましたし、逆にそんな世界に和みました。

もちろん、自宅で料理としているのとは根本的に違います。最初は自信がなかったのでパートタイムでしたが、他のシェフや司郎さんが厳しく見ていただきながら、お寿司の邪魔をしないもの、お酒に合うもの、季節に合うものを作り、盛り付けも学んでいきました。

その後、スタッフの入れ替わりがあり、私のポジションが上がってフルタイムになり、今は毎月のお通しと季節の一品を任されています。

季節の食材、シアトルらしい食材、日本の食材を取り入れる

季節の一品は、基本的に魚がメインです。お寿司屋さんに合うものをお出しするので、新鮮な魚を焼いてみたり、マリネしてみたり、新鮮な柚子を使ったり、ポン酢を使ったり、試行錯誤して決定します。

今は秋なので、季節の逸品には、牡蠣に鯛の昆布締めを巻いた一品や、蛸の上にキノコの泡のソースをかけた一品、里芋のマッシュに大きなキングクラブを混ぜて柚子胡椒でいただく一品などがあります。アメリカではあまり馴染みのない里芋をどのように美味しく食べてもらうか工夫して出来上がりました。

小さいお通しは、秋はかぼちゃ。寒天を使って羊羹のようにして、くるみを赤味噌でマリネして味噌キャラメルみたいにしたものを乗せます。寒天の分量を試行錯誤したもので、とても好評です。

あとは、スメルトやサーモンの南蛮漬けも、とても人気です。『Sushi Kashiba』があるパイク・プレース・マーケットという場所柄からお客様は観光客の方が多いので、シアトルらしくサーモンをお出しする機会を増やしたいですね。夏はベリーなどのフルーツも。そして、ドレッシングに梅を合わせるなど、日本のものとシアトルのものを合わせることも意識しています。

お客様に「わーっ」と驚いてもらいたいですし、「食べるのがもったいない」なんて思ってもらえるのが好きなので、盛り付けにも工夫しています。

でも、お寿司を邪魔してはいけないので、「お寿司も美味しかったけど、あのサラダも美味しかった」と思ってもらいたいですね。

最近は日本に旅行したことがある方も増えていますから、「日本で食べたものを思い出す」と話してくださる方もいて嬉しくなります。

外食や旅行でアンテナを張り、サーバを通してのフィードバックを役立てる

司郎さんはキッチンで味見や指導をすることも

常にアンテナを張っていて、シアトルや旅行先で食べたりするものにアイデアをもらったりもします。例えば、今、どこに行っても昆布(kelp)をウォッカに漬けて海の味がするようにしているのを見かけるので、ブームかもしれません。それならとヒジキを入れてみたりして、変わったもの、ユニークな食感のものを味わってもらうように工夫しています。

司郎さんはキッチンに来て味見もしてくれますし、指導してくださる時もあります。ブームにも新しいものにもオープンなので、司郎さんにアイデアを話して、一緒に作ってみたりするのも楽しいです。昔一緒に働いていた人は「司郎さんは、すごく丸くなった」と言いますが、私は厳しい司郎さんを知りません(笑)。

サーバから「お客さんが喜んでいたよ」とか、「追加でまたオーダーしていたよ」などとフィードバックをもらうと、メモしています。

例えば、夏に旬のイチジクを揚げ出しにしてチリペッパーでピリッとさせた一品は、「おかわりする人がいたよ」とフィードバックをもらいました。よく知られている揚げ出し豆腐ではなくて、クランチーで甘じょっぱくて、とても好評でした。

そんなふうに、サーバからフィードバックがよく上がってきます。お客様がそうやってサーバに言ってくださるとキッチンに伝わり、シェフにとっても励みになります。

私は魚についてはまだまだ勉強中なので、司郎さんから学ぶことはやはり、旬の魚や新鮮な魚をアレンジしすぎないこと。基本を活かすには、魚を詳しく知らないといけません。司郎さんはやはり職人ですね。食材そのものの味をできるだけ活かすために、それぞれのその時の魚の風味、一つひとつで味を変更しています。同じ料理でも、毎回同じではないんですね。基本を大切にして、自分のバリエーションを加えています。

まだまだこれから

料理は見た目もブームも変わるので、それに遅れないようにしながら、『Sushi Kashiba』に合わせつつ私らしさも出せるようになって、もっと存在を知ってもらえればと思っています。最近はシアトルの北の方にあるブルワリーでポップアップにも挑戦してみました。自分の料理に対する反応が見たかったのですが、ビールに合うもので、若い年齢層が好きそうなチキン南蛮やおしゃれなサラダとかを手頃な値段で出したら、とても好評でした。お客さんと話すことが好きなので、いつか自分のお店を持つようなことがあったら、美雪の小料理屋のようなカウンターの店ができたらいいですね。

シアトルに来た時、自分は何もできない人間だと思ってしまいました。英語力も低くて一人で何もできない赤ちゃんみたいで、仕事も続かなくて、外に出るのが怖くなって、家で料理をし始めました。でも、本当に勇気を出して外に出てみたら、変わることができました。特に、女性でアメリカに来て同じような状況に陥っている方に、「せっかくここに来たチャンスを逃さないで、ちょっとした勇気で外に出ると世界が広がるよ。自信を持って、アメリカに来れたチャンスを活かして、せっかくだからチャレンジしてみて」と伝えて、応援したいです。今回お話したことは私の経験でしかありませんが、私の話が誰かが何かを始めるきっかけになったらなと。ここでの生活が楽しくなり、生き甲斐ができたりするかもしれません。自分はまだまだこれから。この記事を読んだ方に、「私にもできるかも」と思ってもらえたら嬉しいです。

デビィソン美雪さん(でびっどそん・みゆき)
略歴:千葉県生まれ。大阪で幼少時代を過ごし、2008年に結婚を機に渡米。2016年に『Sushi Kashiba』で働き始め、現在に至る。
YouTube:https://youtu.be/RKY3pEgaHTE?feature=shared
Facebook:www.facebook.com/sushikashiba
美雪さん個人のインスタグラム:@chefmiyuki

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