2017年に手打ち蕎麦と季節の天ぷらの店『かもねぎ』を開店し、グルメのメディア 『Food & Wine』 の最優秀新人シェフの一人に選ばれたシェフ・相馬睦子さんが5月に開店した『般若湯』(はんにゃとう)。約50種類の日本酒と、相馬さんが独自に開発したオリジナルの発酵食品が楽しめる、ユニークなセレクトショップ&バーです。
フリーモントの中心地から少し離れたところにある『般若湯』は、カウンターとテーブルで18席という、こじんまりしたスペース。入口を入ったところから壁沿いにテーブル席が並び、左手にはオープンキッチンのカウンター席があります。
店の奥には日本酒が入った冷蔵庫も。気に入った日本酒をボトルで購入できるようになっています。
「輸送中の保存方法が大幅に改善されて、需要も高まっている今は商品の回転が速く、状態の良い日本酒が手に入ります。それに、以前には日本ではファンが多くてもアメリカでは手に入りにくかった日本酒や、蔵元のある県内から外に出されることがなかった日本酒が手に入るようになってきました」と相馬さん。
「たとえば、奈良県にある油長酒造株式会社の『風の森』は、少しシュワシュワ感があって、酸味があるのに滑らか。食前にぴったりです。また、女性杜氏が酒造りをしている岡山県の御前酒 辻本店の『菩提もと にごり酒 火入れ』は、冬季限定の生酒を低温殺菌したもので、ほんのりした酸味の中に甘みも感じられるユニークな味わい。いろいろな料理と相性が良いですね」。
日本全国の約1,730の蔵元が所属する日本酒造組合中央会の最新のデータ(2018年)によると、日本酒の輸出量は9年連続で増えており、2018年は過去最高の総額約222億円を超え(昨年比119%増)、数量では一升瓶で約1400万本。輸出先では金額・数量ともにアメリカが1位となっており、相馬さんもアメリカでの日本酒の人気の高まりを日々の営業から実感できると言います。
「日本酒で一杯やりたいという日本人の方が予想以上に多く来店してくださっていますし、日本酒は初心者という日本人以外の方も増えています。シアトルはビールが好きな人が多く、あちこちにあるクラフトビールのブルワリーではいろいろ学んで試せるようになっていますが、それと同じように、日本酒についてもちゃんと知りたいという人が来店してくれます。そういう方は、当店で作成した『Navigating the Sake List』という日本酒の選び方の説明をきちんと読んで知ろうとしてくださったり、ビールのテイスティングのように複数の種類を組み合わせたセット(flight)なども先入観なく試してくださいますね」。
その日本酒と一緒に味わいたいのが、相馬さんが味噌や酢、麹や漬物など、日本人にとっては身近な発酵食品のアイデアを使って作るオリジナルの発酵食品たち。今回は、S&B カレーパウダーを使ったカリフラワーとニンジンのピクルス、自家栽培した Tokyo Turnip(カブ)のキムチ、きゅうりのキューちゃん風漬物、乳酸発酵したビーツ、ナスの辛し和え、スパゲティ・スクウォッシュの梅酢和え、三色のニンジンの粕漬け、べったら漬けの盛り合わせを試してみましたが、どれも個性的。発酵食品の風味やテクスチャで日本酒の味わいも変化するのが面白く、飽きが来ません。8種類すべて試しても12ドルと手ごろです。
また、メニューには、ヒヨコマメの味噌でいただく焼きマッシュルーム、酒かすとホースラディッシュで発酵させたティラムック社のチェダーチーズなどの発酵食品スナック(軽食)も。小腹がすいたら、みかんで作った胡椒をつけていただく豚タンのおでん、自家栽培セロリで作った酢でしめた鯖のサンドイッチ、チェダーチーズとハラペーニョのベーグルで作った味噌をつけた焼きおにぎりなど、発酵食品と組み合わせたユニークなメニューも試してみれば、新しい世界が開けそうです。
こうしたアイデアはいったいどこから生まれるのか聞いてみると、アメリカ人のシェフから受ける質問で気づくことが多いとのこと。
「日本人にとっては普通のことでも、アメリカでは普通でないこともあります。そこで、”じゃあ、これはどうなの?” と言ってもらうと、”あ、それもやってみよう” と。たとえば、日本人なら “胡麻塩” と聞けば、胡麻と塩ですよね。でも、”どうして胡麻なの?” とアメリカ人に聞かれ、”それもそうだ、じゃあカシューナッツとかヘーゼルナッツでやってみよう” という発想になります。それが意外にご飯とあって美味しかったりするんですよね。柚子胡椒もそう。シアトルではいい柚子がなかなか手に入らないので、簡単に手に入るミカンの皮で作ってみたら、すごくおいしくできました。発酵食品が身近な日本人だからこそとらわれていることが多いのですが、シアトルではそれをいい意味で取っ払ってもらえる。なので、ふと思ったら、どんどん試してみています」。
デザートには、イチジクの葉を牛乳で煮出して作ったアイスクリームや、酒かすのアイスクリームを。イチジクのアイスクリームは、まるで和菓子の桜餅を食べているような香りと味わいが楽しめます。
ちなみに、『般若湯』(はんにゃとう)とは「酒」を意味する僧侶の隠語で、英語では「知恵や英知を得る水」を意味する「wisdom water」と説明しているとのこと。「wisdom water」を味わいながら、漬物をつまむ。そんなゆったりした時間を過ごすシアトライトたちが増えているなんてうれしいですね。気に入った日本酒はボトルで買えるので、家飲みやパーティーでも喜ばれそうです。