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起業家に聞く、シアトルらしい働き方 – 自分だけのコーヒーを焙煎、スコット・マクマーティンさん

スコット・マクマーティンさん

スコット・マクマーティンさん

シアトルらしい働き方、それは「好きなことをやりきる」ということ。情熱を表現する手段として「起業」を選び、その場所として「シアトル」を選んだ人たちには、どんな思いがあったのでしょうか。

今回お話を伺うのは、Fundamental Coffee Company の代表、スコット・マクマーティンさん。コーヒーの生豆を仕入れて、コーヒーショップの奥に間借りした小さなワークスペースで、こだわりの豆を焙煎、販売するマイクロロースター(卸売事業者)です。「コーヒーの街」と言われるシアトルはいわばロースター激戦区であり、同業のライバルは数知れません。あえてこの場所でビジネスを始めたスコットさんにはどのようなストーリーがあったのか、お話を伺いました。

焙煎機は一台のみ。マイクロロースターで生まれる特別なコーヒー

– Fundamental Coffee Company について教えてください。

2014年に設立したマイクロロースターです。現在は12カ国からコーヒーの生豆を仕入れて、7種類のブレンドを作っています。オンラインでの販売のほか、近郊のオフィスに豆を卸したり、最近ではローカルスーパーマーケットのメトロポリタン・マーケットにも採用されて販売量を伸ばしています。

– 業務はすべてスコットさん一人で?

私たちはとても小さなロースターなんです。今は3人のビジネスパートナーがいて、それぞれに生産や焙煎、マーケティングを担当しています。たまに助っ人を頼むこともあり、大体は6名以内の少人数チームで生産販売を行っています。今の時期は一年で一番忙しく、1日に130キロ程度の豆を焙煎しています。

スコットさんのワークスペース。焙煎機の横には何種類もの豆が並ぶ

– 以前からコーヒーの仕事をされていたのですか。

もともと私はスターバックスで19年間働いていました。大学を卒業してサンフランシスコのスターバックスに就職し、その3年後にはシアトルに呼ばれて、生豆の品質を管理するディレクターを務めました。生豆とは、焙煎する前の緑のコーヒー豆のことです。買い付けのために世界各地をまわりました。コーヒー豆を育てている国にはすべて行ったと思います。コロンビア、スマトラ、ケニア、タンザニア、エチオピア・・・など、2,000ヶ所以上の農園を訪ね、スイスのローザンヌに住んだこともありました。

– 責任あるお仕事ですね。

スターバックスで提供するすべてのコーヒーの元になるものですから、重要な役割です。豆がどのようにして栽培され、どうやってここに届けられたのか。国によって事情がまったく違います。とても貴重な経験です。アメリカのような消費国にいたら絶対に見えないことでした。

その後バイヤーとしても働きましたし、エデュケーターとしてスターバックスのテイスターを育てる仕事にも携わりました。コーヒーの品質・販売・教育と、コーヒービジネスにおけるあらゆることを経験できたのです。私はスターバックスで働くのが大好きでした。

大企業を離れ、自分だけのコーヒーを追い求める

– なのに独立された。どうしてでしょうか。

自分の力で働きたいと思ったからです。スターバックスの仕事は心底楽しかったのですが、自分のために働くことがより魅力的だと、ある時期から考えるようになりました。独立すれば自分でスケジュールを決めて、好きな時間に家に帰り、娘と時間を過ごしたりと、すべてを自分でコントロールできます。

それに何より大切なのは、自分が本当においしいと感じたコーヒーだけを作れるようになりたかったのです。自分のビジネスを始めてみたら、上司に言われてローストやブレンドの心配をしたり、コーヒーにフレーバーをつけたり、指示された通りにやらなければいけないことがなくなりました。私は自由が好きなんです。

取材中も絶え間なく焙煎を行うスコットさん

– スターバックスのような大きな会社を離れて小規模のロースターを開くことに心配はなかったのですか。

もちろん、たくさんありましたよ。毎月の固定収入はなくなりますし、特に大企業の健康保険がないのは痛手です。ただ私は、2009年にスターバックスを退職した後、まずコンサルティングの事業を始めました。主にコーヒー関連のサプライチェーン事業者に向けて、品質管理や製品の向上をマネジメントする仕事です。これは現在もロースターの仕事と並行して続けており、独立する上での大きな助けになったと思っています。

尽きない探究心とコーヒーへの思い

– 独立を決めた際の周りの反応はいかがでしたか。

家族は最初、私に対してナーバスになっていました。でも同時に、応援してくれる人もすごくたくさんいました。みんな私のパッションを理解して、コーヒービジネスでの経験を信頼してくれたのです。とても幸運なことです。

大企業で19年もコーヒーの仕事をすると「もう二度とコーヒーなんて見たくない!」と感じてしまう人もいるでしょうが、私の場合は逆でした。コーヒーが本当に大好きで、まだまだ興味が尽きなくて、もっとたくさんのことを学びたかった。ロースターを設立した最初の数カ月はとにかく仕事に追われて大変でしたが、最近は軌道に乗ってきて、たくさんの人が私のブランドを選んでくれるようになりました。今でも毎日新しい発見があります。

ローストされた豆。豆の種類によって焙煎温度や時間を細かく調整する

– なぜそこまでコーヒーが好きになったのでしょうか。

私が初めて飲んだコーヒーは子どもの頃、ファミリーディナーの時でした。東海岸の実家では夕食後にコーヒーを飲む習慣があり、うらやましく感じた幼い私は、祖父のコーヒーを一口もらいました。でも、コーヒーの味を理解するには若すぎました(笑)。まともに飲めるようになったのは高校の終わりです。うれしかったですね。

コーヒーはさまざまな要素を含んでいます。料理であり、サイエンスであり、ソーシャルなツールでもあります。コーヒーを味わうことを知って、家族や友人、いろんな人と集まってコーヒーを飲み、楽しい時間を過ごしました。コーヒーの縁がつながり、Peet’s Coffee & Teaの創立者であるアルフレッド・ピートといった業界の偉人と仲良くなることもできました。コーヒーがおいしいとそれだけで会話が弾んで、いつも元気になれます。

シアトルスタイルは「自分らしく」あること

– シアトルでコーヒービジネスを始めることに対してはどう考えますか。

いい場所だと思います。おそらくアメリカで最も、消費者がコーヒーに対して関心がある街だといえるでしょう。わざわざ「コーヒーを飲んでください」と消費者を説得する必要がなく、みんな当たり前のように毎日コーヒーを飲みます。スターバックスのような企業がコーヒーを広めてきた結果でもありますね。誰もが自分の好きな味を知っています。とても良いサイクルができていて、これからシアトルのコーヒー産業はもっと伸びていくでしょう。

でも同時に、ビジネスをするには難しい場所だともいえます。毎年たくさんの新しいマイクロロースターが生まれているので、競争が激しいです。他とは違う特別な豆を作らなければ、ここでは生き残れません。その点においては自分のスキルを信用しているので心配していませんが。

「1日の始まりにはコーヒーが欠かせない」と話すスコットさん

– シアトルスタイルのコーヒーとはどんなものでしょうか。

西海岸伝統のスタイルはダークローストですが、今はライトもミディアムもある。ロースターがそれぞれの個性を出しています。私のブランドはダークローストですが、その理由は自分の好きな味だからです。消費者の中にはライトな味わいを好む人もいて、そういう人たちは私のコーヒーは選びません。それでいいんです。作る側、飲む側、それぞれにスタイルがあるのがコーヒーという飲み物です。セカンドウェーブという表現もありますが、私自身はまったく意識していません。

– スコットさんの目標は何ですか。

ロースタリーのビジネスを続けて、生産量をもっと増やして、私の豆をもっと多くの人に味わっていただくことです。今はアメリカ国内にフォーカスして販売していますが、今後はカナダにも進出できればと。

コーヒーはただの飲み物ではなく、ライフスタイルの一部です。私の人生はコーヒーによって幸せなものになりました。今後もこれまでに得た知識や経験を他の人にシェアして、同じように幸せな時間を提供していくことが、コーヒー産業への恩返しだと考えています。

掲載:2019年1月

取材・文:小村トリコ
シアトルで編集記者を務めた後、現在は東京でフリーライターとして活動中。人物インタビューを中心に、文化・経済・採用などのジャンルで記事を執筆している。
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